6月K暁デー「父の日」「汗」「天の川」ただいまと玄関から聞こえてきておかえりと返す。声の主である伊月暁人と同棲を始めて二か月が過ぎた。前回の失敗を繰り返すまいとオレはオレなりに頑張って、暁人も暁人で家事は一通りはできるが所詮男二人住まいなので意外といい加減で、それがちょうど良くてたまに小言をあしらいながらも大したケンカせずにやっている。まだ暁人に自分の感情を飲み込む癖があるので気を付けてはいるが。
そうしているうちに手洗いうがいを終えた暁人がリビングに入ってきて驚く。
「ご飯炊いてくれたの?」
「たまに炊いてるだろ」
今日はたまたま休日の暁人は凛子に呼び出されて、オレは曜日関係なく仕事だが珍しく定時で帰ってこれたからで。まあ般若の野郎がいなくなって時間と心に余裕ができたのはデカイ。
でもありがと、と可愛らしくはにかんでそれから暁人は中身入りの紙袋を差し出した。
「はいこれプレゼント」
「は?何のだ?」
「何のって、今日は父の日だろ」
「はあ!?」
父の日ってのは文字通り父親に感謝しましょうって日で、小売店的には子どもにプレゼントを買わせようって魂胆の日だが暁人はオレの息子ではない。
妹の麻里と共に色々めんどくせえので後見人ってことで世間的には通しているのだが、オレと暁人は二十ほど年が離れているし男同士だが所謂恋人という関係でヤることもヤっていて、だから同居ではなく同棲しているのである。
まあオレもオッサンなのでアレコレ偉そうに言っちまうこともあるが麻里はともかく暁人のことを息子のように思ったことはない。
アレコレ言ったが要するに暁人から父の日のプレゼントを貰う謂れはねえってことだ。
なのに暁人の方は渡すのが当たり前といった風体でオレは背中に冷や汗をかく。
もしや一緒に暮らしている内に世代差が気になって父親のように思えてきたとかか?最近の若い奴は三年どころか三ヶ月で仕事を辞めるらしいし、
「えいっ」
ぐいっと眉間を親指の腹で押されてオレは瞠目する。
「眉間にシワが寄ってるよ。 深く考えすぎてない?」
「いや、そりゃ考えるだろ」
別れた家族がどうでもよくなったわけではないが、今のオレの一番は暁人だ。それをオレは意識して伝えたつもりだが。
「早く帰ってくるって知ってたら直接渡すようにしたんだけど」
「ん? 直接?」
「向こうも夕方から用事があるって言ってたから」
「待て、誰の話をしてる?」
何かが噛み合ってないことに気づいて紙袋を改める。いかにもな包み紙にメッセージカード、父さんへの文字。
「こりゃあオレのガキのじゃねえか!」
「えっ、他にあるの?」
凛子さんから聞いてないの?と逆に驚く暁人の顔を見てオレはガックリと項垂れた。
要するに、ガキが何かの拍子に父の日のプレゼントを用意したがオレの居場所を知る由もなく、たまたま、たまたまだと思いたいが凛子に行き当たり、凛子はオレに黙って暁人経由で渡してきたと。
「寿命が縮んだぜ……」
紫煙を吐き出してぼやくと食器を洗い終わった暁人が
「ホタル族はご近所迷惑だからダメだって言ったろ」
と注意しにくる。ちょうど良かったとオレは逆に暁人を呼び寄せた。
「一反木綿でもいた?」
「違う。 見てみろ」
いつもは妖怪やマレビトを追いかけて飛び回る天を指差せば人工的な光の向こうにうっすらと紫煙のような星の塊が見える。
「ここからでも見えるんだ」
「普段は見えねえよ。 今夜はたまたま天気もいいし空気も澄んでる」
何せ凛子やエドからの呼び出しがない。三途の川を渡りかけたオレたちと縁があるのかもしれない。
「ロマンチックだかホラーだかわからないね」
とは言うものの暁人は満更でもなさそうでオレは胸を撫で下ろした。
「そういえばさっきは何で焦ってたの?」
「なんでもねえよ」
飽きられたかもと冷や汗をかいたなどカッコ悪くて言えるわけがない。
幸いにも暁人はあまり追及する気はないらしい。凛子が絡んでいるので察したのかもしれない。喜ぶべきかわからんが。
「プレゼント開けないの?」
「オレは父親を辞めたんだよ」
今のオレには恋人よりも元家族の方が川の向こうにいる。自分で選んだので後悔はない。むしろ向こうからアクションがあった方が困るってもんだ。
しかし暁人は空を見上げたままぽつりと溢した。
「辞めたって死んだって親は親だよ」
「そうかよ」
息子の方がそう言うのなら否定はできない。それからと暁人はオレを見ないまま
「KKはKKだよ」
と言うので今度こそ正しく意図を読み取ったオレはオレの織姫を抱き寄せた。