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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    創作戦国、真田兄弟の話

    奥山申威譚【創作戦国】奥山申威譚


    真田信幸ノ噺

    すっかり良い気候になりましたね。
    京の夏は山育ちの私には少々辛いものでしたが、漸く過ごし易くなってきました。
    ふふ、お気遣い有難う御座います。
    三成殿も随分お疲れのようですが…どうぞご自愛なさって下さい。
    今年は天候が良かったので山々は嘸かし実り豊かな事でしょうね。
    昔は良く弟や姉と共に山中へ胡桃や栗を拾いに行ったものです。
    故郷の辺りは胡桃や栗の木が多く、少し山に入れば直ぐに籠が一杯になるくらいでしたから。
    え、源次郎は今でも拾いに行っているのですか?
    全く、何時まで経っても落ち着きのない……。
    ところで、あの子は一人で山に行っているのでしょうか?
    いえ、幼い頃は一人で山へ深く分け入る事を少々恐れている節があったので。
    は、山育ちが山を恐れるとは何事かと。
    確かに仰る通りですが、きちんと原因があるのですよ。

    あれは私が八つ、信繁が七つの時でした。
    従兄弟の矢沢頼康という方の付き添いで木の実や山鳥を取りに三人で山へ 入ったのです。
    普段ならば、少し歩けば籠が直ぐ一杯になる程木の実があるのですが、その日に限って木の実も山鳥も見つかりませんでした。
    父や母の前で張り切って出て来た手前、手ぶらで帰るのは憚られ、私達は普段は殆ど立ち入る事のない山の奥へと行く事にしました。
    その辺りの山には化け物が出ると言う「入らずの山」というものがありまして、地元の者も近寄らない場所があったのです。
    人が来ぬのならば、獲物も沢山あるだろうし、その手前までなら、と三人で山道を歩き出したのです。
    化け物など迷信だと?
    ……私もその時まではそう思っておりましたね。
    まだ子供でしたから獣道のような道を行くのは弟共々随分苦労致しましたが、入らずの山の境付近はやはり誰も寄らぬようで木の実もキノコも沢山残っていました。
    そこで三人は夢中になってキノコや胡桃、栗、団栗などを拾い集めたのです。
    しかし、夢中になる内にいつの間にやら入らずの山へと足を踏み入れてしまっていて……。
    日も傾き始め、入らずの山に入ってしまった事に気が付いた私達は慌てて下山の準備を始めました。
    その時、私の目の前を一匹の蚯蚓が這っている事に気が付きました。
    地面を動き回っているその蚯蚓が何故か気になって手を止め、見つめていると、突然蛙が現れてその蚯蚓をぱくりと飲み込んでしまったのです。
    蚯蚓を飲み込んだ蛙は満足そうに泥の付いた顔を擦るとのそのそと這い出し始めました。
    しかし、今度は横の茂みから蛇が現れ、蛙に飛び掛ると一息に飲み込んでしまったのです。
    偶然だろうと思いながらも何か嫌な予感がして、私は急いで帰り支度の手を早めました。
    その時、頭上からばさばさという羽音と共に一羽の立派な山鳥が降りてくると蛇に襲い掛かりました。
    山鳥が蛇を突き殺し、その肉を啄ばみ始めたのを私は何処か呆然と見ていたのですが、年長の頼康殿は山鳥を獲物にするつもりらしく、隣で持っていた弓に矢をつがえておりました。
    しかし、ふと思ったのです。
    蚯蚓は蛙に食われ、蛙は蛇に呑まれ、蛇は山鳥に啄ばまれ……。
    もし、この山鳥を射殺せば、次は私達の番なのではないか、と。
    そう考え付いた瞬間、ざあっと血の気が引いて慌てて頼康殿の腕に取り縋りました。
    あの鳥を射殺す事はならないと。
    頼康殿は困惑したようでしたが、私の余りの必死な様子に何か感じ取ってくれたのか、速やかに弓を下ろしてくれた、その時です。
    『おのれ、勘の良い餓鬼め……』
    ぼそりと低く、恨めしげな声が森に響いたのです。
    その声に頼康殿は弓も籠も放り出し、私と弟を抱え挙げると一目散に逃げ出しました。
    しかし、私は逃げる頼康殿に抱えられながら見てしまったのです。
    私達がいた場所の、その直ぐ後ろの茂みの中に巨大な金色の目玉が二つ、けたたましい笑い声を上げながらにやにやと私達を見ていた事に……。
    その毒気に当てられたのか、私達兄弟は数日間高熱を出して寝込んでしまいました。
    特に私は生死の境を彷徨う程に。
    ……昔話はこれで終いです。
    あの目玉が魔性のものだったのか、はたまた山神の悪戯か、それはわかりません。
    兎に角、この事があってから弟は山へ深く入るのを恐れていたのですが……。
    そうですか、克服出来たのなら良いのです。



    真田信繁ノ噺

    こんばんは、三成殿。
    今日は非番でしたので山に栗を拾いに行って来たんです。
    沢山採れたので是非食べて下さい。
    少し山で焼いて食べてきましたが、美味しかったですよ。
    ……はあ、兄からその話を聞いたのですか?
    また随分懐かしい話をされましたねえ。
    事実なのかって?
    ええ、紛れも無い事実ですよ。
    嘘なんてつきませんよ。
    この栗が証拠ですから。
    どういう事だって?
    そうですね、兄の話だけでは意味がわからないかもしれません。
    実はあの話には続きがあるのです。
    此処から先の話は兄は知りませぬ故、兄には内密にして頂きたいのですが……。
    ……あの日、私達が出会ったアレは魔物でした。
    嘗ては人に崇められていた者が人に忘れ去られ、信仰を無くし、物の怪に堕ちた姿だったのです。
    何故お前が其れを知っているのかと?
    数年後、その時世話になった住職から聞いて初めて知りました。
    何せ当時はまだ幼かった事と、恐怖で一杯いっぱいでしたから……。
    兄からは何処まで聞いておいでですか?
    ……ああ、そこまでは聞いていらっしゃるんですね。
    では、秋の夜長の退屈凌ぎに続きをお話し致しましょう。

    頼康殿により、辛くも妖から逃れて真田の屋敷へと帰り着いた私達は入らずの山に入った事を酷く咎められました。
    特に祖父幸隆は何か事情を知っていたようで顔を青くすると病身の身でありながら直ぐ様近くの寺の坊主を全員呼び寄せるように命じ、自らも太刀を手に走り回っておいででした。
    あの時の大人達の酷い慌て様など例え戦の時でも、終ぞ見た事がありません。
    幼心に何かとんでもない事を仕出かしてしまったのだと理解した私はふと隣にいる兄の様子が可笑しい事に気が付きました。
    ずっと俯いたまま何も反応しないのです。
    不安になった私が兄の手に触れてみれば、氷のように冷たく、更には良くよく耳を澄ませてみれば、小声で何かを呟き続けていました。
    後にも先にもあんな様子の兄を見たのは初めてで……。
    兄の様子に尋常ではない事態を悟ると私は直ぐに父を呼びに行きました。
    直ぐ様駆け付けた父は、兄に声を掛け、肩を揺さぶりますが、兄は何の反応もなく只管に何かをブツブツと呟き続けています。
    思えば、山中であの眼を見た時に兄は既に魅入られていたのでしょう。
    兄の姿に騒然となる大人達の様子を見ながらも、私は山で出会った者の仕業なのだと直感しました。
    兄は直ぐ様寝所へと運ばれ、様々な祈祷や治療が施されましたが、何れも効果はなく、遂には高熱が出て酷く苦しみ始めました。
    大人達が様々な手段を講じ、失敗しては落胆する姿を呆然と見ていた私は部屋の隅に異様なモノがいる事に気が付いたのです。
    魘される兄の部屋にいたのは巨大な猿でした。
    黒い毛並みは毛羽立ち、汚れてみすぼらしいのですが、その大きな猿は金色の大きな目玉をにやにやと細めながら兄が苦しむ姿を眺めては楽しそうに時折笑い声を上げているのです。
    禍々しくも巨大な猿は私にしか見えない様子で誰一人としてその猿に気が付かず、必死で兄の介抱をする横で巨大な猿が大人達を小馬鹿にしたようにゲタゲタと大きな嗤い声を上げる……そんな異様な光景に私は怯えて動けずにおりました。
    そこにやって来たのは祖父である幸隆でした。
    やはり祖父は事情を知っていたのでしょうね。
    私が部屋の隅を見て怯えている様子を見ると祖父は何かを察したのか、私を抱き上げて外へと連れ出してくれました。
    祖父の腕の暖かさと猿が視界からいなくなった事で気が緩んだ私は祖父の腕の中で泣きに泣いたのです。
    そして、嗚咽の中、兄の部屋に大きな猿がいた事を告げれば、祖父は深い溜息と共にやはりと呟きました。
    「アレは人に棄てられた神だ。源三郎はアレに魅入られてしまった……」
    重苦しい祖父の言葉に幼いながらも強い恐怖を感じ、また兄が死んでしまうのではないかと不安になって、縋るように祖父の着物の袖を握り締めました。
    あの時ほど、祖父の大きな手に安心した事はなかったですね……。
    恐る恐る兄がどうなるのか尋ねれば、祖父は暗い表情のまま小さく呟きました。
    「あのままでは源三郎はアレに憑き殺されてしまう。だが、手がない訳ではない……。その為には弁丸、お前の協力が必要だ。きっと怖い思いをするが、耐えられるかい?」
    重苦しい祖父の言葉に、大好きな兄が助かるのならば、と私は直ぐに頷きました。
    祖父は直ぐに腕の良い仏師達を呼び寄せ、幼い私に良く似た木像を作らせ、私には三日三晩の禊ぎをさせました。
    周りの者達は祖父の行動を疑問に思いつつも、好転しない状況に藁にも縋る思いで皆必死に祈り続けていたそうです。
    三日後、仏師達が寝ずに彫り上げ、私に良く似た像が完成すると、祖父はその像の中に私の名と血をつけた人型と髪とを納めて屋敷の離れに安置し、三日三晩禊ぎを行なった私には数珠と短刀を一つ渡してこう言いました。
    「今から兄の部屋に行き、『私が兄の代わりになろう』と彼奴に言っておいで。猿めが追って来たらこの離れに逃げ込み、戸を堅く閉じて朝陽が出て夜が明けるまでは決して部屋から出てはならないよ。夜の内に誰かが来るかもしれない。しかし、夜が明けぬ内は私や家族、家臣達が離れに行く事は絶対にない。例え、家人の声がしても戸を開けたり、返事をしては絶対にいけない。これを守らなければ、お前があの猿に喰われてしまう」
    祖父の言葉を聞きながら私は頂いた短刀を握って頷きました。
    そして、祖父は私を強く抱き締めて、滂沱のように涙を流しながら続けます。
    「出来ることならば老い先短い私が代わってやりたい。しかし、私や源五郎では源三郎の代わりが出来ぬのだ。幼いお前はとても恐ろしい思いをするだろうし、またとても長い夜になるだろう。それでも、これはお前にしか頼めないのだ」
    そう仰いました。
    そして、私は半信半疑の父母や祖父、家人達に見送られながら一人兄の部屋へと行ったのです。
    人払いされた三日ぶりの兄の室内には獣臭さが充満しており、兄は酷くやつれておいででした。
    寿命を数えていたのでしょうか。
    猿は枕元まで近付いては魘される兄の顔を覗き込んでにやにやと嗤いながら指折り数えているのです。
    しかし、枕元に立てられた御幣より先には進めぬようで猿は時折悔しそうに顔を歪めていました。
    その光景を目の当たりにし、恐怖を感じましたが、私がやらねば兄が死んでしまう、その一心で短刀を抱き締めながら一歩部屋へと踏み込んだのです。
    「猿よ、」
    震える声で話し掛ければ、猿は弾かれたように顔を上げ、私を見ては嫌な笑みを浮かべました。
    強い恐怖を感じながらも私しか兄を救えないという思いだけが私を支えておりました。
    「私が、兄上の代わりになろう」
    震える声でそう告げれば、猿の金の目が私を捉えてにやあと笑みが浮かび、同時にざわりと背筋に鳥肌が立って私は祖父の言い付け通りに慌てて逃げ出しました。
    猿は直ぐ様私を追い掛けて来たようで背後からは廊下の板を蹴るバタバタというけたたましい音が追いかけて来ます。
    兎に角必死で祖父が用意した離れに逃げ込むと戸を閉め、閂をすると同時に戸が乱暴に叩かれ、どんどんみしみしと戸の音が室内に響きました。
    あまりの勢いにこのまま破られるのではないかと酷く恐ろしかったのですが、戸に貼ってあるお札のお陰でしょうか、破られる事なく済み、程なく音も止んだのです。
    猿は暫く離れの周りを彷徨いて入れる場所を探していたようですが、何処もお札が貼ってあり、恨めしそうな唸り声と周囲をぐるぐる歩き回る足音が私の耳に届きました。
    祖父が用意した離れは元は小さな茶室で、三方を壁に、一方が庭に面した障子になっておりました。
    急拵えで障子の上に雨戸を取り付けた為、大きさの合わぬ雨戸の隙間からは僅かながらに外からの光が障子へと入ってきており、多少ですが、外の様子が伺えたのです。
    部屋の中央には私に似せて作られた木像が鎮座し、その横に頼りない小さな行灯が一つと布団が一組おいてありました。
    兎に角、戸や壁から離れたくて布団の中に逃げ込むと私は祖父から渡された水晶の数珠と短刀を握り締めて必死に仏様に祈りました。
    こうして、私の長い長い夜が始まったのです。

    ……ふふ、そのお顔はあまり信じておられぬようで。
    無理もありません。
    私も実際に見聞き体験しなければ、信じなかったでしょうから。
    ……おや、話が逸れてしまいましたね。
    では、続きをお話し致しましょう。

    私が離れに入ったのは夕刻頃でした。
    一時猿の脅威が去り、消え行く薄い夕日の残光が雨戸の隙間から差し込む頃に、私は漸く布団から頭を出してみました。
    周囲の様子を伺おうと耳を澄ませてみたのですが、外からは秋の虫の鳴き声が僅かに聞こえ始めた以外には何の物音すらしません。
    まさか失敗し、猿が再び兄の元へ行ったのではないかと不安にかられましたが、祖父の言い付けを破る事も出来ず、歯痒い思いを抱えながら一人部屋の中で蹲って過ごしておりました。
    実際、猿は兄の元へも行っていたようで、私のいる離れと兄の部屋とを往復していたそうです。
    勿論、兄には猿が私を追って離れた隙に強い結界が施され、呼ばれていたお寺の方々が総力を挙げて読経をしていた為、猿は月が高く昇る頃には兄を諦めたのか、以降は現れなかったと聞いております。
    代わりに猿が狙うのは必然的に私になるというもので。
    日が落ち、虫の声が一層の激しさを増した頃合いでした。
    その頃には三日三晩の禊ぎと異常な事態が続いた事に疲労困憊していた私も少しウトウトしていたのですが、ふと外で人の話し声がする事に気が付いて目が覚めました。
    自分がどのくらい眠っていたのかわからず、てっきり夜が明けて誰かが迎えに来たのだと思った私は喜んで戸を開けようとしました。
    しかし、その時手にしていた数珠が一つ、パチリと音を立てて弾けたのです。
    思えばあれは神仏の御加護だったのでしょう。
    その音と爆ぜた数珠の欠片が手に当たった私はふと冷静になり、戸を開ける前に障子の方へと近付いて外の様子を伺う事にしました。
    障子の向こうにはまだ闇が広がっており、夜明けまではまだまだ随分時間があるように思えました。
    障子のある方は南東を向いており、日が差せばすぐに分かるはずでしたから。
    そこで私は慌てて障子から離れて部屋の中央へと戻り、外の声へと意識を集中したのです。
    外で話している人は少しずつ近付いているようで、徐々に声の内容が鮮明に私の耳に届くようになってきました。
    それは良く知った祖父の声でした。
    遠くからおーいおーいと呼び掛けるような声は近付いてきてやがては私のいる離れの戸の前へとやってきたようですぐ近くから声がします。
    「弁や。猿は退治したよ。お前の兄も助かったから出ておいで」
    ついぞ聞いた事のない猫撫で声を僅かばかりに奇妙に思いながらも私はそっと戸に近付きました。
    しかし、ここに入る前にきつく言われていた「夜の内は誰もここには近付かない」という祖父の言葉が引っかかり、私はそのまま戸の前で様子を見る事にしたのです。
    外にいる祖父は初めは優しく私に語り掛けていたのですが、私がなかなか開けぬと見ると焦れてきたように「開けろ」「開けぬか」と口調が命令するようなものになってきました。
    祖父ならば自ら開けて入って来れる筈だ、と尚も黙っていれば祖父の声をした「何か」はやがて戸を揺らしたり、壁を引っ掻いたりし始めたようで、バリバリガタガタという音が部屋の中に響きました。
    奴が戻ってきたのだと慌てて布団に戻ると、猿は戸を揺らすのを止めてゆっくりと離れの周りを歩き始めました。
    僅かに聞こえてくる祖父を真似た猫撫で声と足元の砂利を踏む音とが響き、私はただガタガタ震える事しか出来ませんでした。
    猿は狡猾なモノで、私が祖父の声音では開けぬとみるや、少しの間その場を離れて今度は別の家族の声で話し掛けてきたのです。
    それを幾度も繰り返すうちに時間は過ぎていき、猿は焦れて徐々に乱暴になっていきました。
    形振りも構わずに戸を打ち破ろうと暴れる様子に、私はいつ戸が壊れるのかと気が気ではありませんでした。
    後ほど聞いたのですが、離れには強力な結界が張られていたそうです。
    しかし、その当時はそんな事知りませんでしたからね。
    生きた心地がしませんでした。
    そうして決死で時が過ぎるのを待っていると、漸く隙間から覗く障子に仄かな赤みがさしてきました。
    漸くこの地獄のような恐怖が終わると油断した私は緊張の糸が切れてしまって、その場に座り込んで動けなくなって……。
    そこから先はあまり覚えていないのです。
    気が付いたら自分の部屋に寝かされていて父や母が心配そうに私を覗き込んでいて。目を覚ました私を見て二人が涙を流しながら喜んでくれました。
    聞けば、夜が明けて直ぐに祖父が一人で私を迎えに行き、程なくして気絶した私を抱えて戻ってきたそうです。
    その際にあの猿と約束事を取り付けたようでして。
    はぁ、子の命を狙った猿を退治せぬとは何事かと。それは私も思いました。
    されど、祖父にはあのモノに対する負い目があったようでして。
    理由を聞いた時には元々信仰されていたモノが蔑ろにされたのは我々大名が起こす戦のせいでもあるだろうと仰っていました。
    祖父が亡くなる少し前に教えて頂いたのですが、あの猿を鎮守に据える事で納得してもらったと。
    ですから、こうして私は山の恵みを頂ける訳です。
    とはいえ、暫くは山が恐ろしくて一人でなんて入れませんでしたけどね。
    兄が言っているのはその時分の事でしょう。
    相も変わらず過保護な方です。
    今は大丈夫なのかと?
    こんなに沢山木の実が取れるのに怖いだなんて言っていられないでしょう?
    実際、あんちら様には幾度も助けて頂きましたから。
    ええ、私はあのモノをあんちら様とお呼びしております。
    武田家が滅んだ際に落人狩りを避けて山中を一族郎党で奔走した時にも随分助けて頂きました。
    山道では密かに守ってくださいましたし、兄が危険だと知らせてくださったお陰で私は兄を救えました。
    初めは恐ろしいと感じていましたが、今では立派な守り神様ですよ。
    あんちら様のようなモノはこの世の中に沢山存在しているのだそうで。
    神世から人の世が成り立ち、人の歩みが発展するに従ってそういった者達は形を潜めつつあるのだと。
    しかし、目に見えぬだけで其処彼処に潜んでは人の隙を見ていると祖父は教えて頂きました。
    三成殿もどうぞ暗がりには御用心を。
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