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    えだつみ

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    えだつみ

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    鶴丸の最期の望みを三日月が叶えてあげるみたいな話になるはずの新刊冒頭

    #つるみか
    gramineae

    【つるみか】7月新刊冒頭「予後不良?」


     鶴丸は、その耳慣れぬ単語を繰り返した。
     それは、目の前の、白衣を着た男が先程口にした言葉だった。男と言っても実に見覚えのある風貌をした、付喪神である。白い髪、金の瞳、細身の肉体に酔狂な笑顔を張りつかせた顔。それは、自分とまったく同じ姿をした、鶴丸国永の付喪神であった。ただし、上下薄い水色の簡素な洋装の上に白衣を羽織った、妙な格好をしている。
     彼は、診察医として数か月前に紹介された、政府勤務の刀である。
    「診察医と言ったって、俺は別に医者じゃあない。きみみたいな不具合の出た刀の調査をするには、正常な同位体と比較するのが一番手っ取り早いからな。要は俺の仕事は不具合つきの鶴丸国永と自分のデータを比べてあれこれ難癖をつけることだ。なに、意外と、愉しいもんだぜ」
     はじめて会った時から、この診察医は非常に多弁だった。そして今日、彼の口はいつにも増してよくまわった。ところは、政府の用意した診察室。鶴丸と、診察医の鶴丸国永と、ふたりっきりの場である。
    「いいかい、鶴丸国永殿。残念だが、きみの本体には目には見えないが実に致命的な疵がある、ということが先日の検査でわかっちまった。この疵は、ひしゃくに開いた小さな穴みたいなもんだ。その穴からは、本来きみの体にとどまるべき霊力が垂れ流しになっている。ま、底が抜けているよりは大分マシだが、ひしゃくとしては欠陥品だな。悪いがその疵は直らない。後から出来たものじゃなく、生まれついてのものだからな。きみが、これまで、普通に出陣できてたのはむしろ奇跡的だぜ。そのメカニズムを知りたいもんだ」
    「診察医殿、きみってやつは、もう少し無駄なく要点だけ喋れないのか?」
     鶴丸は、べらべらと捲し立てる同じ顔の診察医を前に呆れ顔をした。否、正確には、呆れた顔を見せておくのが精一杯だった。要点は明らかにならずとも、彼の言いたいことは薄々わかってしまっていた。先に向けられた、きみは予後不良の状態にある、という言葉の意味するところを、鶴丸はじわじわと理解しつつあった。
    「詳しくは、これを見てもらえれば一目瞭然だ」
     診察医は一枚の紙を取り出し、ひらりと宙を舞わせながら鶴丸の手へそれを渡した。診断書、という文字がまず目に入り、その下にこまごまと並ぶ文字があった。読み進める内に、鶴丸は、身を巣食う焦燥がみるみる内に実体化し、自らの心臓に薄い刃となって刺し込まれたかのような痛みを感じた。そう難解でもないはずの文章の上を、突如目が滑り、内容を理解することがひどく難しく感じられた。


     上記の刀においては、霊力の受容、及び保持機能に致命的な欠陥が認められる
     刀剣男士としての正常な活動、顕現を維持することは著しく困難な状態である


     無機質なその文章と共に、本丸の管理番号と鶴丸国永の名が紙上に並んでいる。
     文字の上から顔を上げると、診察医は、それを待っていたかのように迎え撃った。
    「と、いうわけでな。きみは正直、長くはもたない」
     形だけでも医師を名乗る以上は、それらしい気遣いと思いやりを備えてほしい。
     鶴丸は、そう思ったが、口には出さなかった。代わりに笑い出すと、何のつもりか、診察医も調子を合わせて一緒に笑い声をあげた。



     鶴丸は、本丸で一番はじめの太刀であった。
     だからという訳でもないが、本丸の発足以来、最も多く第一部隊の隊長をつとめてきた。初期刀である山姥切国広が、近侍として積極的に新米審神者の本丸運営の支援にまわったからという事情もある。近侍は主の傍で、そして戦力的に一番秀でていた鶴丸は戦場で隊長として力を尽くす。その役割分担で、この本丸はまわってきた。
     鶴丸は、単純に戦場が好きだった。そして、戦場こそが我が身に与えられた最適な舞台であると理解していた。人の身を持って顕現し、刀を握ることが許されたからには、それを振るってこその鶴丸国永である。そう信じて疑わなかった。
     その思想に見合うだけの働きは、してきたと自負している。顕現以来、鶴丸は、多くの戦果を挙げてきた。戦の場においては、他の刀たちに勝りこそすれ、劣るところはひとつもなかった。
     それが不意に翳ったのは、三か月ほども前のことである。
     とある任務の最中に、鶴丸は顕現以来はじめての重傷を負った。中傷程度の傷であれば、これまでにも幾度か覚えがあった。だが、折れてもおかしくないほどの大怪我を負ったのは、思えばその日がはじめてであった。
     鶴丸は、主にお守りを持たされていた。その油断が、逆に鶴丸に深手を負わせることになったのかもしれない。鶴丸は、意識を失って本丸へ運ばれたらしかった。気付いた時には、手入れ部屋にいた。
     手入れには、長くかかったと聞いている。目を覚ました時、鶴丸は、やけに体が重たく、なまったような違和感を覚えた。だが瀕死の重傷を負ったとなれば、覚醒直後の倦怠感もやむなしと思っていた。数日体をやすめ、鍛錬を積めば、すぐに元のようになる。そう軽く考えていた鶴丸は、しかしそれ以来、様々な不調に悩まされるようになった。
     出陣すると、やけに簡単に疲労するようになった。戦場で息切れをすることに驚いている内に、怪我を負うことも増えた。その上手入れ部屋に入っても、傷がすべて治らないことさえあった。
     何より、切れ味の鈍りに誰よりも敏感に気づいたのは、他ならぬ鶴丸自身であった。
    「なんだなんだ、急になまくらになっちまったな」
     鶴丸は、その時はまだ笑う余裕があった。主は首をひねりながら、何度か鶴丸に政府の検診を受けさせた。そこで紹介されたのが、件の診察医である。
     はじめの何度かは、原因不明と経過観察の旨を告げられるばかりであった。原因がわからない内は、鶴丸は、大人しく足踏みをしているしかなかった。必然的に、鶴丸は、任務から外されることが多くなった。
     瞬く間に、しかし、永遠のようにも感じられる数か月が過ぎた。
     そして、先日に受けた何度目かの検診こそが、転機であった。



    「きみにはもともと欠陥があったが、これまで上手く隠されていた。大きな怪我をした時に、それが発現しちまったんだな。さて、きみは霊力不足で今後恐らく戦の役には立たないが、そういう刀は刀解処分を受けるってのが世の理だ。だがきみの寛大な主がきみを失いたくないと望むなら、出来るだけ主の傍で継続的な霊力供給を受けることで、日常生活を送っていくことぐらいは出来るかもしれない。さて、きみの主はどう出そうかい?」
    「なるほどな。この話をするために、わざわざ主を別室にやったって訳か」
     今日、鶴丸と主は、先日の検診結果を受け取るために共に政府の施設を訪れていた。
     いつもなら、前置きの長い診察医から素っ気ない「経過観察」の診断書を受け取り、本丸へ戻るのがお決まりの流れだった。だが今日に限っては診察医は鶴丸だけを診察室へ呼んだ。主もまた、見たことのない政府の役人に連れられて、別室へと姿を消した。どうやら主は別室で鶴丸と同じ診断を聞かされており、そして今、鶴丸の今後の処分についてどうするかを迫られているようである。確かに審神者と刀を並べてする話ではない。
    「さあ、どうだろうな。俺が言うのもなんだが、主殿は慈悲深く出来た御仁だ。無駄飯食らいを本丸の片隅に置いてやろうってぐらいの仏心は、あるかもしれないぜ」
    「無駄飯食らいになるってのに、随分と平気そうな顔をするんだな」
    「タダで食わせてもらえるなら有難いことだろう」
    「そうかい? それで本当にきみは満足か?」
     憎らしいほどにそっくりな顔をした診察医は、好奇心に満ちた金の瞳を丸くして何度も瞬きながら鶴丸の瞳を覗いた。鶴丸は、思わず、嫌な顔をしてしまった。それで診察医は笑い出した。そうして唐突に、白衣の懐から小さな紙きれのようなものを取り出し、鶴丸の膝上へひらと落とした。
    「そこに書いてあるのは俺の連絡先だ。政府用通信端末からかけてもらえればすぐに繋がる。まあ、鶴丸国永同士、きみの気持ちはわかるつもりだぜ。何かあった時にはよければ連絡してくれ」
     鶴丸は、素っ気ない白い長方形を膝から拾い、そこに書かれた連絡先を眺めた。眺めながら、ひとつだけ問うた。
    「きみの診断が、万にひとつも誤っている可能性は?」
    「ない」
     診察室を出ると、主がそこで待ってくれていた。主は鶴丸を見るなり駆け寄ってくると、手を取って泣き出さんばかりに俯いて謝罪を繰り返した。否、実際に、主はその両目に涙を浮かべていた。
     その剣幕に、すわ刀解処分か、と身構えた鶴丸だったが、落ち着いて聞くと主は自らの力不足を詫びているのだった。主は鶴丸を不具合込みで顕現させてしまったことを詫び、嘆き、どうか許して傍に居てほしいと繰り返していた。鶴丸は、己の主が想像通りの善良な人間だったことに思わず頬を緩めた。何度か肩を叩くと、主はしばらくしてからようやく涙に濡れた顔を上げた。
    「そう心配しなくても、俺はすぐに折れるわけじゃあない。きみの側仕えをするってのも悪くないぜ」
     ひとりとひと振りは、そうしてしばらくの間互いの運命を慰め合った。
     主が落ち着いた後で、鶴丸と主は共に本丸に戻ることになった。政府からは、鶴丸のような診断を受けた他の刀の事例を集めた小冊子と、今後の鶴丸の扱い方についての手引き書が配布された。主は、神妙な顔をしてその冊子をしばらく見つめていた。鶴丸は、ひとつだけ、主に頼みごとをしなければならなかった。
    「今回の件だが、しばらくはおおやけにしないでくれないか。俺も少し気持ちを整理して、折を見て自分から話したい」
     主は一も二もなく頷いた。そうして共に戻ってきた本丸は、恐ろしいまでにいつも通りだった。
     主は他の刀たちの手前、暗い顔もせず、普段通りに執務室へ戻っていった。実際主は忙しい中、時間を割いて鶴丸のために政府へ出向いてくれたのである。
     鶴丸は、久々に、ひとりになった。
     途端に考えなければならないことが、次から次へと噴出した。我が身に起こった突然の出来事。診察医の言葉。主の謝罪、涙。これからの処遇。鶴丸は、ふらふらと歩き出して他の刀の気配を避けていく内、本丸の中庭を無造作に突っ切って駆け出した。何か走り出さなければならないような気持ちだった。
     本丸の敷地、主の張った結界の内側では、鶴丸はほとんど以前通りでいられるらしかった。審神者から刀剣男士へ無意識化で霊力の供給が行われるためである。なるほど確かに、全力で走っても、息切れをすることもなかった。だがこれが、主の力の及ばぬ戦場となると、鶴丸の体は途端に霊力切れを起こし、自分の体を自由に出来なくなってしまう。それは、もどかしいことだった。同時に恐ろしくもあった。
     中庭の先には厩舎があり、その裏手は小高い丘になっている。鶴丸はそこを駆け上がった。上がった先に、けやきの大木があるのを鶴丸は知っていた。暑い盛りには、本丸の刀たちが日陰に涼を求めて集まってくることもある場所である。だが今は、人影はなかった。
     鶴丸は、けやきを通り越した場所で立ち止まり、衝動のまま唐突に刀を抜いた。いずれこの刀を抜くことも出来なくなるのか、という考えが一瞬脳裏を掠めた。だが、どちらにせよ、鶴丸はこの刀を抜かなくなるのであった。戦場に出なくなる、というのはそういうことである。
     不意に、背筋に冷たいものが走った。刀を握る手が震えるようだった。
    「戻ったのか、鶴丸」
     その時背後から声をかけられて、鶴丸ははっと振り返った。見ると、けやきの根元に腰かける、ひと振りの付喪神の姿があった。青い戦装束を着た、三日月宗近であった。
     鶴丸の進行方向から見て、死角に位置するところに彼は黙って座っていたので、気付かなかったのである。もしかすると、彼は、けやきの葉の作る木陰の下で呑気に昼寝でもしていたのかもしれない。
    「どうだった。今日もまた、何もわからなかったのか?」
     三日月は、いつもの調子で笑いかけてきた。彼は、本丸の中で、鶴丸の不調についてこれまでの経緯を知っている、数少ない刀のうちのひと振りである。
     鶴丸は、自分の症状を広く回りに知らせるのを嫌って、主にも口止めをしてあった。たびたび政府へ検査に行くことも、主の所用の供をしているという体で説明していた。
     だが、三日月は、鶴丸にとっては気の置けない友であった。意外と鋭いところのある三日月に、上手く隠し事をするのが面倒だったという事情もある。鶴丸は、三日月には、あの愉快で話の長い診察医のことも含めて、ほとんどすべてを話してあった。その彼に、今、何をどこまで伝えたものか、鶴丸は一瞬判断に迷った。
     刹那の躊躇いを、三日月はどうやら敏感に感じ取ったらしかった。彼は長い袖を捌いて立ち上がり、鶴丸との間にあった距離を詰めた。鶴丸は、友を迎えるために刀を納めた。その間に、鶴丸はありのままを伝える覚悟を決めた。
    「今日、正式に診断が出た。俺のあれは直らんどころか、どうやら生まれつきだったらしい。戦の役には立たないが、小間使い程度の用は為せる。寛大な主殿は、俺を刀解処分にせず、雑用係としてこの先も本丸に置いてくれるそうだ」
    「ほう」
    「死ぬわけじゃあない。俺は運がよかったのかもな」
     鶴丸は、懐から件の診断書を出して三日月に手渡した。三日月があのこまごまとした文章を眺めている間に、幾つかの補足を入れる。ひしゃくのたとえ話をしながら、鶴丸は、自分があの診察医のようにべらべらと喋っていることを滑稽に思った。なにか、やけくそになって、笑い出したいような気分だった。
     三日月は、やがて診断書を折り畳んで鶴丸へと戻した。
    「お前は、それでよいのか」
     三日月からは、そう言葉が飛んできた。彼の口からどんな慰めの言葉が出てくるだろうとあれこれ想像していた鶴丸は、思わぬことに虚をつかれた。
    「良いも悪いも、元からこうだったって話だ。受け入れるしかない」
    「そうではない。主の側仕えとなってこの本丸で内勤をして過ごす。それで本当に満足なのか?」
     三日月は、まるであの診察医と同じようなことを言った。鶴丸は、一瞬、喧嘩でも売られているのかと目を眇めたが、三日月はただ笑みを浮かべて問いかけているだけだった。それで鶴丸は、思わず自らの心に問いかけ直した。
     お前は、それで本当に、満足なのか。
     その刹那、心臓が大きく跳ねた。
    「俺は」
     思えばそれは、はじめから、鶴丸の心の中に存在し、しかし奥底へと追いやられていた本心だった。三日月を目の前にして、それが突如として丁寧に開かれていくのを鶴丸は感じた。それは、率直に言って、悪くはない気分だった。躊躇いなくそれをぶつけられる相手がいて、それが他ならぬ三日月宗近である、ということは、このほとんど最悪に近い状況の中で唯一の愉快な出来事であると思った。
    「俺は、このまま戦場にも出ずに鉄屑として一生を終えるなんてまっぴらだ」
     口に出すと、それは、思いがけず強く吐き捨てるような語調となった。三日月は、それを受けて、怯むこともなかった。むしろ彼は、穏やかに笑った。
    「では、どうしたい」
     促されて、鶴丸の呼吸は震えた。だがそれは、恐れのためではなく、押し隠してきた望みをついに吐き出せるという、たしかな歓喜のためであった。
    「俺は、いっそ戦えるうちに折れたい」
    「あいわかった」
     三日月は、鶴丸の告白を受けてただ静かに頷いた。彼は更に身を寄せ、美しい青い瞳でもって鶴丸の視線を奪いながら、おもむろに鶴丸の腰の本体へと指で触れた。そうして低く、囁いた。
    「お前の望みを、叶えてやろう」
     鶴丸は身を震わせた。そして、笑った。三日月の囁きは、ひどく甘美に鶴丸の耳を擽った。
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    えだつみ

    PROGRESS書き下ろしと言いつつ11月23日のWEBオンリーで全文公開する予定
    ちょっと不穏な状況で三日月と鶴丸が邂逅して何やかやする話
    【つるみか】11月の再録本に載せようと思っている書き下ろし冒頭 IDと許可証の提示を、と求められて、鶴丸国永は万屋街の入口で立ち尽くすより他なかった。
     本丸から、そう少なくもない頻度で通っている、いつもの政府管轄の万屋街である。日用品を売る店があり、酒を売る店があり、飲み食いの出来る店があって、奥へ進めば大きな声では言いづらい用を足せる店までもが並ぶ、本丸所属の刀剣男士であれば訪れたことのない者はほとんど居ないと言ってもよい、馴染みの場だ。鶴丸は今日ここへ、本丸の用足しにやってきた。厨に常備する調味料の類を、買いに訪れたのだった。
     いつもと様子が違うことは、近づいた時点で察していた。万屋街は政府が構築した一種の仮想空間であるという性質上、本丸と同じく四方が塀で囲まれており、出入口は一箇所に定められていたのだったが、その一箇所しかない出入口にやたらと人だかりが出来ていたのである。見ると、そこは関所のごとく通り道が狭められ、入る者と出る者がそれぞれ制限されている様子であった。鶴丸は、入ろうとする者たちが作る列の最後尾に並び、呑気に順番待ちをした上で、いよいよ、というところで思いがけない要求にあった。それが、IDと許可証の提示であった。
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    えだつみ

    PROGRESSただの同僚同士のつるみかの本丸に二振り目が顕現してなんやかんやする話(予定)
    発行の際に大幅改稿の可能性があります
    ただの作業進捗です
    【つるみか】7月新刊の作業進捗「今期の第一部隊長は三日月宗近とする。明日の昼までに、編成の希望を出してくれ」

     近侍の山姥切国広が主からの任命書を読み上げ、その指示の声が広間に響く。
     畳張りの大広間に居たすべての刀たちの視線は、自然部屋の前方にいた刀へと集まった。青い衣装を身に纏った姿勢のよい座り姿。三日月宗近である。
    「あいわかった」
     三日月が涼やかに応答する。既にそれは、本丸の刀たちにとっては聞き慣れたものであった。三日月もまた、得意げな顔をすることもなく、粛々と拝命する。
     それで、短い集まりは終わった。
     おおよそ十日に一度、定期的に開催される、第一部隊長の任命式である。
     主からの命が周知される、という性質上、全員参加が推奨の、形式的には重要とされている集まりである。だが、近頃は本丸の刀の数に対し開催場所の大広間が手狭になってきたという事情もあって、不参加の刀も少なくはない。実際、共有が必要な情報はすぐに掲示されるので、参加せずにいたところでそう不都合はないのであった。
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