秋の味覚の楽しみ方 本日のおやつであるスイートポテトを前に、デビルズパレスの女主人は目を瞬かせた。
昨日はさつまいものマフィンで、一昨日は食後のデザートがさつまいものモンブランだった。その前の日は、確か夕食にさつまいものサラダが出たし、さらにその前はポタージュだったか。さすがに三日以上前ともなると記憶が怪しい。
彼女はさつまいもが大好きなので、連日でも全く構わない。だがいくら旬の食材とはいえ、こうも同じ食材を使ったメニューが続くと、台所事情が気になってしまう。
「最近、さつまいもの料理やスイーツが続くね。旬だから?」
「……やっぱ、気づきますよね?」
「まあ、これだけ続けばさすがにね」
「だよなあ……」
訊ねた女に、厨房の主であるロノは渋い顔になった。どうやらさつまいもメニューが続いていることを気にしていたらしい。
ロノがなにも悪くないのにすいませんと謝るので、彼女は慌ててどれも美味しく頂いていることを伝えた。それから、さつまいもばかりが食卓にのぼる理由を問う。
「敷地内の畑で、毎年さつまいもも育ててるんですけど、どういうわけか今年はすげえ豊作で……」
想定外にたくさん収穫できたのはいいが、消費するのに苦労しているのだという。長期保存ができる食材ではあるが、それにしても量が多いらしい。
いったいどれだけの量が取れたのだろう。女はちょっと興味がわいたが、それより今は困った様子のロノを助けるほうが優先だ。
これまでロノが作ったさつまいも料理の数々は、どれも中央の大地――彼女の世界でいう洋食ばかり。さつまいもを使った料理やお菓子は、和食にもたくさんある。メニューを考える手伝いができるはずだ。
「よし! ハナマルも呼んで、作戦会議しよう!」
「了解です! オレ、声かけてきます。主様は、ここでゆっくりスイートポテト食べててください!」
「うん、ありがとう。いただくね」
「あとで感想聞かせてくださいね!」
「わかった」
軽い足取りで食堂を後にするロノを見送って、女はスプーンを持った。つやつやのスイートポテトを掬って、口へ運ぶ。
「ん〜〜、おいしい〜〜」
口の中で、クリーミーな甘さが解ける。今まで食べた中で一番おいしいスイートポテトに、女は顔を蕩けさせた。ロノの作る料理は、今日も絶品だ。
「主様、ハナマル様をお呼びだとか〜?」
女がスイートポテトを食べ終えるころ、ロノはハナマルを伴って戻ってきた。いつもの調子でへらへらしているハナマルに、女はすっと表情を引き締める。
「うん。どうしても、ハナマルに手伝ってもらいたいことがあって……」
「え、なに。なんか深刻な感じ……?」
つられて真剣な表情になったハナマルに、彼女は一転、にっこりと笑いかけた。
呆気にとられた顔に変わった彼を満足そうに見やる。マイペースなハナマルにからかわれることが多いので、ちょっとした意趣返しだった。
「ううん、全然。あのさ、ハナマルって大学いも作れる?」
「は? え? 大学いも? いや、まあ作れるけど……」
「さつまいもの炊き込みご飯とか、芋もちに芋けんぴ、さつまいもチップスもいいよね! あ、干し芋にしたら、小腹が空いたときにつまめていいかも! ね、ハナマル!」
「あー……なるほどな、だいたい察したわ」
女が怒涛の勢いでさつまいもの料理や菓子を挙げるのを聞いて、ハナマルは自分が呼ばれた理由を察したらしい。
「俺もそろそろ、バターやクリームを使わないさつまいも料理が食べたいと思ってたところだからな。喜んで協力させてもらうぜ」
ニッといつもの笑みを浮かべたハナマルは、頼もしいことこの上ない。さすが、好きが高じて和菓子を手作りするだけある。
「やったね、ロノ!」
「はい! ありがとうございます、主様! ハナマルさんも、よろしくお願いします!」
ハナマルに対し深々と頭を下げるロノを見て、女は微笑ましいものを見るように目尻を下げた。
あれだけ美味しい料理を作れるのに、ロノにはちっとも驕ったところがない。むしろ、もっと美味しい料理を作りたい、自分の知らないレシピを知りたいと、向上心に溢れている。
そういうロノから、彼女はいつも「もう少し頑張ってみようかな」と勇気をもらっていた。
「じゃあまずは、主様ご所望の大学いもから作るかね」
「やったー! ありがとうハナマル!」
「じゃあオレ、さつまいもを持ってきますね!」
「あ、ロノ! 私も手伝うよ!」
さっと駆け出したロノを、女が追いかける。主人が働いているのに執事である自分が待っているだけというわけにもいかないと、ハナマルも彼らの後に続いた。
「おや、これは……大学いもですか。懐かしいですね」
その日の食後のデザートを見て、ユーハンは嬉しそうに眦を緩めた。東の大地出身の彼にとっては、馴染みのある料理だ。
「ハナマルさんに教えてもらって作ったんだ。他にもいくつかレシピを教わったから、楽しみにしててくれよな!」
「ええ。ありがとうございます、ロノさん。懐かしい味がまた食べられて嬉しいです。お礼と言ってはなんですが、緑茶をお入れしますね。大学いもには、緑茶がよく合いますから」
淑やかに笑んだユーハンは、手早く緑茶を入れる準備を整える。ロノは初めて作った大学いもを口に入れ、年上の友人が入れてくれた緑茶をすすった。
「ほんとだ! 緑茶、めっちゃ合うな!」
「ですよね」
デザートを楽しみながら、ロノの脳裏にアイディアが閃く。
今度、緑茶に合わせたアフタヌーンティーを用意してみるのはどうだろう。食の好みがユーハンやハナマルに近い主人は、喜んでくれるのではないだろうか。
「なあ、ユーハン。今度さ……」
ロノはさっそく、アイディアをユーハンに伝えた。緑茶に合う菓子を用意するなら、緑茶をよく飲んでいる彼の協力は必須だ。
あとでハナマルにも声をかけることにしよう。主人を喜ばせるための仕事であれば、彼もきっと積極的に手を貸してくれるだろう。
楽しいな、とロノは思う。料理は好きだし、レシピの研究はいつだって楽しい。だが、大事なひとが喜んでくれる顔を思い浮かべながらする料理は、楽しさが段違いだ。
主様が――あの方が、自分たちの味方でいてくれる。ロノはそれだけで、どんな難題だってこなせるような気持ちになるのだった。