ディルックと吸血鬼 久々にモンドを訪れた旅人とパイモンは、城内でとある噂話を聞いた。モンドのどこかに古い洋館があり、そこに住んでいる吸血鬼一族が夜な夜な人々を襲っている、というものだった。
「オイラ達、結構モンドを探索したと思うけど…古い洋館なんて見たことないよな?」
「もしかしたら、何か特別な方法で見えないようにしているのかも」
「モンドの人達が困っているなら放っておけないぞ。でも、洋館がどこにあるのか分からないし…うーん、手がかりが欲しいよな……あっ!事件が夜に起きるってことは、"あいつ"が何か知ってるんじゃないか?」
「"闇夜の英雄"のこと?」
「そうだぞ!聞きに行ってみようぜ!」
アカツキワイナリーにて。ディルックと再会した旅人とパイモンは、挨拶もそこそこに吸血鬼の噂話について彼に尋ねた。
「君達も噂を聞いたようだな…その件で騎士団が見回りを強化したらしい。だから近頃はあまり自由に動き回れていなくてね。噂の吸血鬼による犯行である証拠は掴めていないが、被害者は何人か出ている。せめて吸血鬼に事実確認をしたいが…まだ居場所が突き止められていないんだ」
「へへっ、だったらオイラ達の出番だな!」
「うん。ディルックさんに協力するよ」
助かるよ、と答えたディルックは地図を広げると、何ヶ所か印を付けてゆく。
「調査場所は既にいくつかに絞ってあるんだ。君達には各地を回って洋館を探し出してほしい。可能ならば、吸血鬼との接触も」
「任せて。早速今晩行ってくる」
「ああ。くれぐれも気をつけてくれ」
夜。望風海角と星拾いの崖の調査を終えた旅人とパイモンは風立ちの地へ来ていた。夜でも心地良いそよ風が吹き、木々の揺れる音が優しく耳を撫でてゆく。
「ふう〜、オイラちょっと疲れちゃったぞ…少し休憩していこうぜ」
「いいよ。崖登りで少し疲れたしちょうどいい」
「ディルックの旦那が教えてくれた場所、どっちも外れだったな。望風海角はシスターフィンド、星拾いの崖はカップルと傭兵がいるだけだったぞ…」
「いつも通りだったね…。となると、あとは誓いの岬だけだね。後で行ってみよう」
休憩を終えた二人は誓いの岬へやって来た。旅人が辺りを見回し、変わった様子は無いか確認すると、微かな元素の痕跡を見つけた。痕跡は岬の一番高い所まで続いていた。パイモンに声を掛けて、二人で痕跡を辿ってみると洋館と思しき建物がゆっくりと姿を表した。大層驚いたところで、薄らと朝日が昇り始めていることに気づく。
「もう朝か…吸血鬼は日の光が弱点だから、これ以上はもう調査できなさそうだね」
「仕方ない、でも場所は分かったんだ!ディルックの旦那に報告しに行こうぜ」
アカツキワイナリーに戻った二人はディルックに洋館を見つけたことを伝えると、ディルックは礼と共に今度は自身も調査に行くと告げた。
再び夜になり、三人は誓いの岬へ向かう。微かな元素の痕跡を辿ってゆくと、やはり古い洋館が現れた。元素を利用した目眩しの術だろうか。ディルックが警戒しながら扉に近づき、ドアノッカーを数度叩く。やや間を置いてから重厚な扉がゆったりと開いてゆく。すると、作り物かと錯覚するほどに美しい容姿をした少女がそこに立っていた。陶磁器のようなつるりとした肌に、やや暗めの血色をした瞳を持ち、精巧に紡がれた銀糸のような絹髪を腰まで伸ばしている。釣り目がちな瞳が無表情にディルックを見上げていた。
「…お前、確かラグヴィンドとか言う家の人間?後ろの金髪とマスコットは……モンドの人間ではないわね──誰か知らないけれど…お前達、私に用があるんでしょう?昨日からこの辺りを彷徨いていたのは知っているわ」
「このような時間帯に大勢で押しかけるのは非常識だと承知しているが、確認したいことがあってね。僕はディルック・ラグヴィンド──何故僕の身分を知っているのか聞いても?」
「昔、友人からお前の家が作っている酒が美味いと一方的に聞かされたのを覚えていただけ。赤髪が特徴の人間だと聞いていたから一目で分かったわ。聞きたいことがあるのなら答えてあげる。──と、その前に。後ろの二人は?」
「オ、オイラはパイモン、こっちは旅人だ。お前が噂の吸血鬼で合ってるか?あっ、噂っていうのは──」
パイモンが緊張しつつ"洋館に住む吸血鬼"の噂を少女に聞かせると、彼女は首を横に振って答えた。
「確かに私は二千年くらいここに住んでいるけれど、純血の吸血鬼ではないわ。祖父が人間の吸血鬼クォーター。一族は皆亡くなって、今は私だけ。純血の吸血鬼はもうこの地にはいないの。それから、近頃何人かの人間が襲われたって話──私は何もしていない。無関係よ」
「君が吸血鬼ならば人間の血を吸っているだろう。本当に無関係だと?」
疑わしげにディルックが尋ねると、少女が鋭い目つきで彼を睨みつけた。パイモンは小さく悲鳴を上げると旅人の後ろに隠れる。少女は可憐で小柄な見た目からは想像もつかないほど低い声で高圧的に告げた。
「話はきちんと聞けよ、ラグヴィンドの小僧──私は吸血鬼クォーターであって、純血の吸血鬼ではないの。お前達人間にとっては然程変わらないと思うかもしれないけれどね。吸血鬼は人間や他の動物から吸血して栄養を得る。でも吸血鬼クォーターは、人間と同じように肉や野菜から栄養を摂ることができるから、純血の吸血鬼と同じ"食事"は不要なの。つまり私に人間を襲う理由など無いのよ。そもそも私達吸血鬼は高貴なる種族、無差別に生き物の血を啜りはしないわ」
言い終わると、少し慌てたようにこほん、と咳払いをし、
「──少し言葉が過ぎたかもしれないわね。とにかく、濡れ衣よ。私は何もしていない」と締めくくった。
「そうか…疑ってすまなかった。君の言う事を信じよう」
「ここには事実確認をしに来ただけだから。教えてくれてありがとう。家の前をうろうろしてごめん」
三人が洋館から去ろうとすると、「待ちなさい」と少女が引き留めた。
「私でないなら、一体誰が一族を騙って事件を起こしているのか調べなければいけないわ。お前達、これからそれを調べに行くんでしょう?私も同行するわ──案内なさい」