ドラゴンの首に鈴はつかない。いんや〜、えらいたまげたね。たまげた、たまげた。
ドラゴンレースいうたらこの辺じゃ有名じゃろ?
毎年五十組のカップルが挑戦する度胸試し、笑いあり、涙あり、救急車ありの一大イベント!
優勝カップルには二十万マドルの賞金、名産物セットや町のチャペルでの挙式権(行使期限一年間)が贈られる他、優勝記念メダルを提示すれば町内各種施設で特典が受けられる。
優勝の勢いで結婚して新婚旅行までキメてもらえば、地域経済も活性化するというわけじゃ。
ん?すまん、すまん。わしの民宿も特典対象施設での。優勝者にはウェルカムブーケのプレゼントに宿泊料十五%オフ、参加者全員五%オフ。
おまえさんも来年はどうじゃ?
いんや〜、しかし今年、今年な!たまげたな!
本物のドラゴンが参加せんじゃろ普通。ドラゴンの仮装をした片っぽに、カップルのもう片っぽが肩車されるっちゅうふざけたレースになんで来てしまうんじゃ、本物。
爺様ども腰抜かしとった。そらな、本物のドラゴンに怒られたら怖いな〜っちゅうのはな?ふんわりあるんじゃよ、開催側も。
元々このへんで大昔に悪さしてたドラゴンが倒された記念日のイベントでな。当のドラゴンは死んじまって怒りようもねえじゃが、やっぱドラゴン仲間としてはどうなんかな〜、っつうな?心配がな?ずるずるやっちまってるんだけども。ワッハッハ。
そこに突然ネコチャン連れたドラゴンが「参加申込書だ」(キリッ)……、ネコチャンえらい噛みついとったな、ドラゴンに。
わし初めてドラゴンっちゅうの見たけども、えらいことイケメンなんじゃなあ。
申込書はきちっとしとったし、昔のドラゴンなんか知らんわってぇ話だし、参加してもらったわけよ。
そこでまたおったまげよ〜。ドラゴンのコスプレしたネコチャン、果てしなくかわよじゃったああああ!!
わかるわかる、そっち!?ってなるわな。だけんどもドラゴン仮装レースにドラゴンが出るのは、子供の喧嘩に親が出るようなもんじゃあ。仮装してるほうがアホみたいじゃろ。
じゃから、ドラゴンレース規約で決まっとんのよ。ドラゴンが参加するときは、運ばれ役側でなければはらないってな。
本当に適用されるドラゴンが出るのは初めてなんじゃけどな。
いや〜、「ドウシテ……こんなはずでは……」「テメエもう黙ってろ」って揉めとったな。若いってええのう。
大会は魔法禁止、あんなでかいドラゴンの兄ちゃん、ネコチャン運べるんかいなって心配じゃったが、……はあ〜❤️ かっこよ❤️
もう王子!!プリンス!!
ッカー!!かっっっこよ!!!!
姫抱きされたドラゴンの兄ちゃんもう完璧プリンセスに見えたわな。観客席満座ネコチャン王子の夢女状態よ。
そっからはもう笑いあり涙あり噴火ありオーロラありの激闘で、はあ〜〜〜アツかった……。伝説回爆誕じゃあ。
食堂で履歴書の話をしていたのだ。ラギーがジャミル、シルバーと。
次の休暇中にやるアルバイトの応募のための履歴書だった。書いたことのない者たちが興味深そうに覗き込む。シルバーが尋ねる。
「賞罰という欄は何を書くんだ?」
「なしで大丈夫っスよ。しょぼいのは書かない方がいいくらい。書くとしたら、何かの大会優勝とかっスね」
入学するまでのラギーはそれどころではなかったし、入学後も授業についていくだけで必死だ。部活は内申のためにも頑張っているが、今のところ学内マジフト大会での優勝経験もなかった。
少し離れたところで聞いていたレオナは今更表情も変えない。
ラギーも悪びれない。
「ま、書けるような何かがあるほうがレアっしょ」
そうだな、と頷くシルバーとジャミル。頷かないセベク。
「だらしがないぞ、シルバー!リリア様ならば書ききれないほどの勲章をお持ちだ!マレウス様とてきっとそうだろう!」
「うわ、セベクくんどこから出たの?」
「騒ぐな、セベク。俺たちはまだ未熟だ。書くべき誉などなくて当然だろう」
「だから貴様は弛んでいると、……!!」
馬鹿馬鹿しい。レオナは騒音を厭い、食堂を離れた。
「キングスカラー、おまえを僕の賞罰の一行目として刻んでやろう」
「それはねえだろ」
同じ日、温室の一角である。マレウスは咳払いした。
「履歴書の賞罰が空欄なのも、おぬしならまだまだ仕方がないことよとリリアがあまりに優しく慰める。……そこまで早いということはないだろう?」
セベクとシルバーは、自寮に戻ってもくだらない話を続けたらしい。
「校内マジフト大会優勝って書いたらどうだ?」
そもそも書く必要のない履歴書なのだ。この会話が無意味すぎる。
(あのマレウス・ドラコニアの履歴書の賞罰が「学校のスポーツ大会優勝」なのはシュールだがな)
マレウスは傲慢にむっとした。
「キングスカラー、おまえだって空欄ではないのか。せっかく二人で出来そうなものが、」
「空欄で困らん」
「……おまえの困らないは信用できないが?」
「テメエ」
睨み合って、マレウスの雷がパチリと弾けて、脇を通り抜け逃げ去ろうとしていたマンドラゴラが焦げた。
「え?」
「あ?」
焦げたそれがクルーウェル特注の貴重なマンドラゴラで、二日後に来校するスポンサーへのプレゼンに使われること。
同じマンドラゴラが、マレウスがレオナを誘おうとしていた大会の景品「地域特産物」に含まれていること。
これが、レオナが黒いツノと翼のコスプレ姿でマレウスと手など繋いでいる理由である。田舎の町おこしレースだろうとたかを括っていたが、前回優勝カップルの拳で大地が割れた時は敗北を覚悟した。一般人時々怖い。
カップルで参加する以上、それらしく振る舞わなければ失格のリスクがある。
表彰式は町の真ん中のチャペルで行われた。清潔で明るく、花で飾られた場所。眩しくてこめかみが痛い。
(早く終われ)
町長が表彰状を読み上げる。
「レオナ・キングスカラー、マレウス・ドラコニア。両名の健闘を讃えます。おめでとう!さあ、お互いへの感謝の言葉を述べてください」
ない。
シンプルにゼロだ。マレウスが余計な誘いをしてきたのが元凶である。
マレウスからの感謝だって一文の徳にもならない。いらない。
書かれない履歴書の賞罰欄を埋める無意味に耐えられるほど、暇ではないのだ。
隣のマレウスから視線と声が落とされる。
「僕はいま感動している。これから履歴書を書くときは、自信を持ってこのレースの結果を一行目に記そう」
「黙れ、マレ、」
「二行目以降も一緒に増やして欲しい」
「黙、…………うん?」
ニュアンスと文脈。なぜか薔薇を捧げられている。
(この男が友情だなんてまさかだろ)
ぼっちが構われてテンションが上がっただけだろう。レオナはため息をついた。まともに応じるのは愚かだ。増して、ここでのトラブルは苦労がおじゃんだ。
尾を、くるりとマレウスの足に巻いてやる。出血大サービスだ。
「……テメエの態度次第だ」
そこでワアァアッと観衆がなぜ湧く。尊いって何がだ。
煩さに耳をへたらせながら、レオナは町長からの優勝賞品セットを無事受け取ったのだった。マンドラゴラが不思議そうに瞬きしていた。
一年以内にチャペルを再訪したふたりがいたかどうか。後年出版された「ドラゴン仮装レース歴史大全」にも明記はない。
それはご想像にお任せするやつである。