落ちてました。 落とし主は、遺失物の価格の最大二十%に相当する報労金を拾得者に支払わなければならない。習得より一ヵ月以内に拾得者からその請求があれば、落とし主は拒絶できないと、法律はそのように定めている。
「それはわかっている。だが、この状況の説明になっていない」
「そうか?」
「俺は寝床に落ちていたゴミを拾って」
「がおがおドラコーンくんだ」
「トカゲくささに死ぬほどいらいらして」
「僕が普段持ち歩いているからな」
「思いっきり外に放り投げた。捨てたんだ」
「それがドラコーンくんを探して空を彷徨っていた僕のもとへ、一直線に。心から礼を言うぞ、キングスカラー」
レオナ・キングスカラー、ニ十歳。多彩な才能、美貌、ロイヤルな生い立ちに恵まれながら、運の値はお察しであった。
ゴミを捨てて、さてと温室の定位置にごろりと横になったら、すぐそこにマレウスの顔があった。その距離三センチ。迷わず頭突き食らわせて飛び起きた。
そしてマレウスは言ったのだ。
「落とし物を届けてくれた労に報いよう」
「いらん。帰れ」
そこから押し問答である。マレウスは人間の法まで持ち出して、レオナに礼を受け取らせようとする。ハーツラビュルの茶で腹でも壊したのか。
レオナはうんざりと溜息をついた。
「その法律じゃ、拾得者は『お礼』を受け取らないこともできるんだぜ?そういうわけで、俺は請求権を放棄する。じゃあな」
「それでは僕の気がすまない」
「相手の迷惑を考えろ。俺を喜ばせたいんなら本末転倒だ。報いるどころか、俺から睡眠時間を奪っている」
「む……」
優勢の気配に、レオナは口の端を釣り上げた。マレウスのふくれっ面は、いい気味だ。
「この上駄々をこねるなよ。フライにして食っちまうぞ」
「なるほど。わかった」
「おわかりいただけたようで何よりだ」
その翌日、生徒たちは見た。監督生からランチボックスを差し入れされるレオナを。
「どういう風の吹き回しだ?」
「ツノ太郎はちょっと来られないので、代わりに渡しにきました」
「あ? あいつ、まさか昨日の話をまだ……。来られないっていうのはどういう意味だ?」
「それはちょっと僕の口からは……。とにかく、味は保証します。どうぞ」
押し付けられたボックスには、流麗な筆致で「Dragon style fried chicken」と記されている。マレウスの字だ。香ばしい香り。揚げたての温かさ。レオナは呟いた。
「ドラゴンのから揚げ」
『フライにして食っちまうぞ』
「っ、あのトカゲ野郎……!」
「ツノ太郎ならオンボロ寮ですけど。あっ、レオナさーん!?」
「………………………………」
「試作品を作り過ぎて……。油のにおいで胸やけが……。おまえも鼻にきたのではないか?」
「テメエ、手と足が二本ずつあるじゃねえか。おい、どういうことだ?」
「ドラゴンの身体でもそこの数は変わらないが。それよりランチボックスは食べたか?美味かっただろう?あれは監督生の国で、竜田揚げという料理だそうだ。竜とドラゴンは異なる種だが、興味深い。ローカル・フライドチキンということだな。……どうした、なぜうなだれる?」
「オチが下らなさすぎるんだよ、トカゲ野郎。フライドチキン? 結局ただの、フライドチキンか」
「……キングスカラー? ええと、竜田揚げは肉自体に下味をつけ、片栗粉で揚げるのだ。いわゆるフライドチキンは衣に味付けすることが主流で、」
「作り方はどうでもいい。何がドラゴンスタイルだ」
焦った自分が馬鹿馬鹿しい。オンボロ寮は、キッチンから離れているゲストルームまで、壁も床もカーテンすら油でてかっていた。夜通し練習したというのか。
「キングスカラー、すまなかった」
マレウスは神妙に謝った。レオナは思う。昨日、素直に金でも望んでおけば良かったのだろうかと。だが、欲しくはない。マレウスからもらいたいものなどレオナはひとつもない。
「……」
「がっかりさせてすまなかった」
「……。あ?」
「言葉の綾かと思ったが、本当にドラゴンのフライを食べたかったのだな。善処しよう」
「不味そうだな。これのほうがましだ」
切り捨てて、抱えたままのランチボックスを開ける。ひとつつまんで食べた。サクサクジューシー。ドラゴンではきっとこうはいかない。
その後、作り過ぎた竜田揚げのおすそ分けがめぐりめぐって学園内で大流行りし、ディアソムニア寮コラボ「Dragon style fried chicken」フェアがモストロラウンジで開催されたという。七回食べると、三個増量になるチケットが貰えたそうだ。