無題(おつかい編)爺刀が集まる部屋、特に部屋にも集まりにも名称は無いしメンバーは不特定。季節は冬。炬燵を囲い茶を飲み蜜柑や煎餅を食べ、他愛のない世間話をするのがお決まりである。
炬燵の則宗の向かい側の席に座る鶯丸は炬燵の布団を肩まで引き上げ
「寒いなぁ」
と小さく呟いた。炬燵に入っているがその外に出ている身体の部分は中々暖まらない。そしてその顔には紛れもなく“こう言う時には熱い淹れたての茶が飲みたいなぁ”と書いてあった。
非番なのだから茶を用意してこの部屋に来ればいいものを。僕も寒いから出たくなぁなどとは古備前の御仁の相手にそう易々とは言えない。
そして則宗の右隣に座る三日月宗近も同じく動く気配が無い。と言うのもバグで5、6歳位の子供姿になった鶴丸国永を膝に抱えている。彼は天下五剣でもっとも美しいとされる国宝を座椅子にし今にも眠りに入りそうである。椅子にされている三日月の方も同じく眠いのか長い睫毛を伏せている。幼くなった鶴丸は絵に描いたようなお転婆を発揮し周囲の刀達を困らせるのでこのまま寝かせた方が賢明である(恐らくそれで三日月は疲れて眠いのだと思われる)
この本丸矢鱈と幼児化バグが度々起きる。
それは顕現した時であったり、本来の姿であってもある日突然起きたりと様々で正しく毛利藤四郎大喜びの仕様である。
刀として過ごした時分と“刀剣男士”としての自覚はあるが、本丸で過ごした記憶がある場合と無い場合があったりとバリエーションまである。ただきっちり戦闘装束や内番の服等も身体に合わせて小さくなり本体(刀)はそのままなので常習性がある様に思われる。
一番初めの特命調査で長義が優を出した本丸だ。それに発生するのはごく数振りの刀である事とある程度の経過で徐々に成長し元に戻るので出陣に大きく影響が無く、然程問題視する事では無いだろうと則宗は客観視している。そして一番の新刃の則宗自身はまだ遭った事が無い。
この炬燵に集まる年寄り(じじぃ)刀四振りの中で(一振りは幼児姿でも)年下は則宗だったので仕方なしに茶の用意をするしかないと立ち上がり渋々厨に向かった。
そこにはまだ夕方の5時を回ったばかりだが夕餉の下拵えの準備に取り掛かろうとしている燭台切光忠と歌仙兼定、それを手伝おう絶賛幼児バグ中の山姥切長義の姿があった。
「あれ?則宗さんどうしたの?」
厨に入って来た則宗に先に気付いた燭台切が尋ねてきた。
「ご苦労さん。いや、茶が欲しくてな。急須はどこだい?」
「そこの右から三番目の食器棚の中だよ。お盆は作業台にあるのを使って」
「悪いな、ありがとう」
言われた通りお盆を手に取り食器棚から急須と人数分の湯呑みを取り出し
「手伝いか偉いな」
と則宗が長義に声を掛ければ
「今日は小豆が出陣だからね」
と意気込みながらジャージの袖を捲り上げた。少し高めの声だが自信あり気な張りのある声質は変わらない。
『長義に幼児化バグが起きた』
主にそう聞かされ本刃とは恋仲であるし面白い揶揄ってやろうと意気込んでいたが、実際幼くなった長義は則宗の姿を見るなり顔を赤くして大般若長光の足元に隠れてしまった。
記憶も退化してるタイプだと聞いていたが存外人見知りするタイプなのかと尋ねれば他の刀(ヒト)にはそんな事無かったのにと燭台切が頭上に疑問符を浮かべていた。とは言え長船派の刀に懐き写しの山姥切国広に対しては手厳しい態度で普段とそこまで変わった感じはない。矜持が高く高慢、それでいて子供なので融通が利かず歯痒く思っている所がある節がある。
「お肉が少し足りない」
燭台切が大きな業務用の冷蔵庫の戸を閉めながら呟いた。確か今日は遠征部隊の変更があり本丸に残る刀が多いかったなと内訳を思い出しながら則宗は電気ポットの中を確認する。中身は空だ。
「メニューを変えるかい?」
歌仙が少し考えた後に提案する。
「さっき貞ちゃんに今日はハンバーグだよって言っちゃった」
「それは・・・」
歌仙があぁと大きく溜息を吐き額に手を当てた。
唐揚げと同じ位リクエストが多いメニューだ。今もの凄い早さで本丸中に今日の夕餉が皆大好きハンバーグだと周知されているに違いない。
「お豆腐でかさまししたい所だけどお味噌汁の分しかないし」
仕方ない、先に僕らで副菜等の準備をしてその間に手の空いてる刀に遣いを頼もうと歌仙が厨の壁に貼っている内訳を確認する。
「僕が行こうか?」
ずっと黙って聞いていた則宗が小鍋に水を注ぎながら言えば
「良いのかい?」
と二振りはぱあっと目を輝かせた。何時も買い出しに行く店であれば加州や大和守と何度か行っているので場所は分かる。
「ああ」
「俺も行く!」
長義が則宗の羽織りの裾をぐいっと引っ張った。
「おやおや」
「則宗ひとりじゃ心配」
確かに新刃ではあるが今その姿で言われても説得力に欠けるが騎士気取りらしい。
「そうだね、長義くんが一緒なら則宗さんも安心だね」
「他に手伝いを呼ぶから行っておいで」
燭台切が戸棚の引き出しからエコバッグを取り出す。
「暖かい格好をして行くんだよ・・おや」
歌仙がそう言いかけて厨の出入り口の方を見た。そこには小夜左文字と大俱利伽羅が顔だけ覗かせ中の様子を伺っている。
「その前にお茶を持って行かないとな。鶯丸の御仁に叱られてしまう」
(山姥切と出掛けるなんて久しぶりだな)
今は限定の催事があり締め切りのある事務作業も重なりデートらしい時間が取れなかった。然もこのバグが発生してからはそう言ったものも無い。
長義は勿論はそんな事覚えていないので則宗が勝手にこれが買い出しと言う名のデートだと思うしかない。
「手を繋ごう、山姥切」
則宗の2、3歩先を行く謙信景光から借りた紺のダッフルコートを着た長義に声を掛ければ
「子供扱いするな」
とぴしゃりと断られてしまった。
自分との関係を覚えていないし仮に覚えていたとしても同じ態度だろうなと則宗は早々と諦め店に向かって歩き出した。
「お遣いのお礼に一個好きなの買って来て良いよ」
と本丸を出る際に燭台切に言われ長義が選んだのはその店で一番高い牛乳1ℓパックだった。てっきり子供らしくそれでいて皆で食べれる様なファミリーパックの菓子かちょっとお高めの紅茶か珈琲辺りを選ぶ気遣いを見せると思っていたので意外な選択だ。
「そんな物で良いのかい?」
「うん、早く燭台切位大きくなりたい」
と則宗の右側を歩く長義は全く疑う事を知らない純粋な表情をした。
「そうか」
いかにも子供らしいが誰の入れ知恵だろうか。刀剣男士が牛乳を飲んで大きくなるのは事実無根だが後藤藤四郎の話を耳に挟んだかもしれない。
然し本来の刀剣男士山姥切長義は打刀なのでそんなに大きくはならない。比べるなら太刀の自分よりほんの数センチ身長が高いだけである。バグの回復が早まる事も無い。それを言ってしまっては多分ショックを受けるだろうから黙っておく事にした。
「牛乳だけじゃあ大きくなれないぞ。お前さんピーマン苦手だったろ」
閉じた扇子を口元に当てにやりと則宗が笑えば
「国広の坊主に寄越さずにちゃんと自分で食べないとなぁ」
「~~っ!」
見られていたのかと言わんばかりに長義の頬が赤くなった。
「わ、分かった、今度出たら食べる・・・」
もごもごと俯き長義は恥ずかしさを打ち消す様にわざとらしく中身の入ったエコバッグを持ち上げた。
先程からずっと思っていたのだが――
「お前さんそれ重いだろう?」
「大丈夫」
見ていて全然大丈夫じゃない。両手に持ったエコバッグの底が時折地面に付いている。恋仲以前から荷物を持ち道路側を歩くのが長船派の性?なのか当然だったが幼い長義には重すぎる様だ。
「俺の牛乳が入ってるから自分で持つ!」
「皆の分の挽肉も入ってるぞ」
則宗が扇子をポケットに仕舞い右手を差し出すが、断固拒否と言わんばかりにエコバッグを腹元に抱き抱える様に持ち直した。然し今度は足元が見えなくなったのか歩き方がたどたどしい。そもそも歩幅が違うがこれでは余りにもゆっくり過ぎて夕餉の支度に間に合うか不安になる。厨の刀達も遅い何かあったのかと心配するだろうし本丸へ直結する門(ゲート)までまだ距離がある。
(相変わらず矜持が高いなぁ。やれやれ)
「山姥切、僕は新刃だから道に迷うかも知れん。そうならん様に手を繋いでくれないか?」
則宗が再度左手を差し出せば
「・・・仕方ないなぁ。燭台切に貴方の事を任せされたからね」
はいとエコバッグを渡されて替わりに右手を握って来た。手袋を着けた小さい指が丁度則宗の手袋の空いた人差し指と中指を掴んでいるのが可愛らしい。
「うんうん、これで安心だ」
「俺だからね」
長義は誇らし気にふふんと鼻を鳴らした。
「帰ったら名前書かないとなぁ」
「そうだね。偽物くん牛乳好きだから」
共有の冷蔵庫や食糧庫に保管する菓子やインスタント食品等の外袋に“自分のものだという明記する”この本丸の規則のひとつである。明記の無いものは共有物だと認識され自由に食べていいものとされてしまう。
因みにその牛乳好きの偽物くんもとい山姥切国広は修行済みの(今の所)通常体だ。
「書くのが大変だけど」
(書くのが大変?)
はてと則宗は首を傾げた
確かに“山姥切”だけでは勘違いするかも知れないが若しかして“本作長義天正十八年庚寅 ~(以下略)”と牛乳パックに書くつもりなのだろうか。どの程度字が書けるか知らないが子供特有の大きく書きがちな字で側面全体(まさか四面全部)にマジックでびっしりその銘が書き込まれているものを則宗は想像してしまった。長義ならやりかねない。それは最早呪物レベルで国広どころか誰も触らないだろうが。
「シールにすればいいじゃないか」
「シール?」
「そう鶴丸の御仁がそうしていたぞ」
幼い彼に油性ペンを持たせてはいけないから万屋街で購入した鶴が可愛くデフォルメされたシールをこうやって印として使用しているとお疲れ顔の三条の刀達が言っていた。
ただ一文字(うち)にも姫“鶴”が居るのでその内トラブりそうだなと少しばかり危惧している。
「今日はもう帰らないとだが今度一緒に買いに来るかい?」
「うん。それは“また”デートするって事?」
一瞬記憶が戻ったのかと則宗は目を丸くさせたが目の前のむず痒そうな表情から推測するにそうでもない様だ。それに戻ったのなら繋いだ手も振り払われるだろう。
「うはは!デートだな♡なんなら甘味処にも寄りたいなぁ」
うんうんと言いながら暖かさの変わらない手を握り直す。
何時もは手を握ってくれない。自分から腕を絡めるばかりだ。元に戻ったら記憶は残っているだろうが言ってやろうと則宗は足取り軽く門へ向かった。