写しは浮気に入りますか?「山姥切の浮気者」
「は?」
それぞれ言い渡された仕事が終わり夕刻、長義一振りに充てられた部屋で寛ぎ雑誌を広げスマートフォンで情報を集めていれば何も脈絡もなく告げられた。
タブレット端末に映し出された現地情報から顔を上げ則宗の見れば不服ですと言わんばかりの瞳が長義をじとりと睨んでいる。
(全く記憶に無い事を言われても)
若しかして南泉と仲良くしているのが今更そう感じたのか。それとも認めたくはないが己の写し故に何かと言ってしまう国広の方なのか。どちらにしろ今更であるしだったら自分の加州清光や若い刀達とつるんでるのはどうなんだと言う事になる。
「聞いたぞ。他所の本丸の女の子の一文字則宗(僕)をナンパしたって」
「してない、ただ少し話しただけ」
誰から聞いたのだろうか。その誰かにしろ気付かなかったが偶然見ていた同本丸の刀が居たらしい。
それは則宗がこの本丸に来る大分前の事で、万屋街のとある店で一振りで居た女性体の則宗に声を掛けただけの事だ。普段なら他所の刀の事なんて然程気にならないけれども絶対安心安全とは言えない万屋街で一振り女性体で居たのなら話は別。長船の刀なら当然の振る舞いだ。それにちゃんと同行者が居てそれがまさか山姥切長義(同位体)で恋仲なんだと言われた訳であるし(驚きのあまり一時呆然としてしまったが)
(ま、そんな事だろうとは思ったけど)
と思って入れば
「こうなったら僕も浮気する」
と則宗は高々に宣言?し立ち上がった。
ほんの少し女性体の則宗と話をしただけで浮気認定されるのは心外だが則宗がやきもちを焼き、態度で示してくるなんて珍しい。初めてなんじゃないだろうか。
然し彼の事だどうせ直ぐに飽きて戻ってくるだろうと
「勝手にどうぞ」
と長義は部屋を出て行く恋刀を見送った。
夕餉の席、則宗は長義の隣ではなく加州と大和守に挟まれる形で座り食事を摂っていた。風呂も彼らと一緒だった。まるで当て付けの様だが恋仲だからと言って常に一緒に行動している訳では無い。何時もの事でこれは許容範囲内。浮気でも何でも無いよくある事で寧ろ恋仲なんだからあっち行けと加州に言われている程だ。
然し明日と明後日の半日は二振り揃って非番である。忙しさもあって前日になってしまったが先程も明日どうするかを決めようと則宗が長義の部屋を訪れたのだ。
今夜だって久しぶりだし多少なりとも期待していた。
もし現世遠征及び外泊するのなら前日から申請し審神者と近侍の許可が必要だ。そうでなくても本当にこのままのつもりなのか流石にそれはないだろう。別れるだとか距離を置きたいと言っている訳では無い。浮気された(※していない)から自分もする(してみたい?)と謎の行動に出ただけだ。ただ単にこちらをおちょくっていて不本意だが迎えに来て謝るのを待っているのだ。
「はぁ・・・」
仕方なしに長義は則宗を探す事にした。
(先ずは)
「じじい?来てないよ?」
加州と大和守の二振りの相部屋に向かえば部屋の主らは揃って首を傾げた。
「則宗さんと喧嘩したの?」
「いや」
風呂上がりと言えばアイスだよねとそれを頬張りながら大和守が尋ねてくる。
「ど~せじじいがまた長義の事弄んでるんでしょ」
加州が櫛で髪を梳かしながらご愁傷さま~と呆れ顔で言う。彼も則宗に振り回される被害者の一振りだ。
「則宗が来たら知らせてくれ」
「OK~、じじいが長義のとこ行ってる方がこっちは平和だからね」
「そう?楽しそうだけど」
「まさか」
減らず口を叩き合いつつ帳は加州の部屋を後にした。
「あのふたりが爆速で恋仲になったのはびっくりしたけど長義前より元気になったよね?」
お前もちゃんと髪乾かせ風邪引くと後々拗らすだろと加州はドライヤーを手に大和守の背後に回る。
「うん。主が慶応甲府の任務出来なかった時はショック受けてたみたいだし」
やってくれるのありがとうと大和守はされるがままに頭を加州に預ける。
「マジ馴れ初め訊いても答えないし」
大和守の髪にヘアオイルを馴染ませながら加州はふたりとも存外口硬いとぼやく。
「時の政府の施設で会って本丸で運命の再会みたいな感じなのかな?」
「それって職場恋愛って事?って此処(本丸)もそうなるか」
そんな二振りの掛け合いを長義は知る由も無い。
次に則宗が行きそうな場所を考え、取り敢えず片っ端から当たる事にした。
二番目に思いつくのは茶飲み仲間の鶯丸と三日月宗近の部屋だ。だがじじいは早寝早起きが基本で来てないもう寝るんだと瞼が溶けそうな顔で言われ、やや罪悪感を感じると共に此処には居ないと確信した。
その次は政府所属からの知り合いである肥前忠広と南海太郎朝尊の相部屋。煩わしいと言った体に肥前に出迎えられ居ねぇよと答えられた。彼が則宗に巻き込まれ嘘を吐く様には見えない。その隣の相部屋は水心子正秀と源清磨だが揃って遠征中で勝手に入るなど有り得ない。
男士の住まう居住区域の中でも比較的静かな場所に部屋を構える地藏行平と古今伝授の太刀の二振りは独自の世界観を持っており、同じ平安生まれの三条や古備前と違ってそこまで気が合わないと言っていた。然しそれを狙って行く可能性を考えた部屋を訪れてみたものの不在であった。
「・・・・・」
後思いつくのは実家?もとい一文字の部屋しかないが則宗はそこに行く事は滅多に無い。今南泉及びその一派は入浴中だ。長義を避けているのならもっとうまい所に隠れているかもしれない。その朗らかな性格からして誰とも隔てなく仲良くできる則宗だが若しかしてこの広い本丸建物内に居ないかも知れない。
そうすれば万屋街で誰かとの可能性。その誰かは明白、他所の本丸或いは政府所属の山姥切長義(同位体)だ。関係無い刀に迷惑掛けないで欲しいのだが。浮気相手をしろは速攻拒否不可だろうが元監査官のよしみで茶位なら同位体も相手にするかもしれない。
それにもう夜の10時を回った頃だ。この本丸規則に門限の制限は無いが外出時は必ず近侍、或いは周辺の刀に一言声を掛ける様に言われている。
一応近侍の部屋に確認しようとそちらの方に歩き出し
「あ」
今日の内訳を思い出して長義は小さく声を上げた。同時に進んでいた足が止まる。
(今日の近侍は偽物くんだった)
この本丸の初期刀では無いものの修行済みで主力部隊の一振りだ。
用があると言えばあるのだが自分と則宗の事で行くのは不本意だ。大変不本意だが偶々今日そうだっただけだ。
「偽物くん入るよ」
近侍部屋の前一度声を掛け障子戸を開ければ国広が文机の前に座っている。そしてその隣に探している恋刀の姿があった。然し入室してきた長義の方を見ようともしない。
(距離近くないか?)
帳簿や報告書を確認している国広の左肩に則宗が体を寄せて閉じた扇子で帳簿の訂正箇所を示唆している。
「何してるの」
「浮気?」
則宗は顔を上げ何故か疑問形で返した。
同位体では無く山姥切の写しとか、考えたな。確かに長義が一番嫌がる相手だ。
「偽物くんを巻き込むな」
「他に妥当な者が居ないだろう」
「妥当って」
「万屋街(外)に行って山姥切の同位体を探すのも面倒だからな。結構待ったぞ、お前さん遅い」
「貴方が勝手にするからでしょう」
「痴話喧嘩なら外に出て行ってやってくれ」
手伝ってくれるなら有難いがこのままだと煩くて日誌が書き終わらない。
至極全うな事を国広に言われほら則宗に行くよと長義が促せば
「やだ、すけこまし!たらし!おっぱいが大きい女の子の一文字則宗(僕)の方がいいんだ」
国広の腕にしがみついて則宗はぷいと顔を背けた。
「止めて」
「僕とは遊びだったんだ。ナンパばっかして」
「してない、なんだよばっかって」
「した!僕と会った時もそうだっただろう」
「は?あの時は・・・」
その時の事を思い出す。確かにこちらから声を掛けた。あれは偶々――
「そうなのか?」
終始黙って聞いている(と言うより此処は近侍の部屋なので図らずとも巻き込まれている)国広が長義の顔をじっと見つめる。
山姥切の本科様がそんな訳ないと純粋な目にも単に疑問に思って口に出してみただけにも見える読めない表情だ。
「誤解だよ。則宗、明日貴方の行きたいって言った所出来る限り回ろう?その為にも予定を練らないと」
「・・・本当か?」
則宗の右目が長義の顔を映しだした。
「食べたいって言ってた菓子も買おう。男に二言はないよ」
「そうか!邪魔したな国広の坊主。さっきも言った通り明日は僕と山姥切は現世に行く」
則宗がそう言って国広の腕から手を離せば、手早く近侍専用のタブレット端末を操った。
「此処に二振りの名前を」
タブレット端末とペンタブレットをこちらに向けて手渡され言われた通りに署名する。紙面上では現世遠征と謳った社会勉強だが実質デートである。事後報告もあるが今やるのはこれだけだ。
(はぁ、疲れた・・・会った時は大人しいなって思ってたのに)
変に気を揉んでちょっと疲れたなと思いながら長義は漸く則宗を連れて自分の部屋へ向かった。
後日長義と則宗の馴れ初めはナンパだと言う噂が本丸中に広がったのは言うまでもない。