写真 オクタヴィルは怖いがモストロラウンジでのバイトは美味しい。
特にアズールと何も契約を交わしておらず、普通に接せれる生徒達の間では福利厚生がしっかりしているし、何気に休憩もキチンと取らせてくれる。さらに賄いでタダ飯が食べられると美味しいバイトである。
そのため、臨時でお金が必要な場合など短期で手伝いに入る生徒もそれなりに居た。監督生もその1人だ。
「監督生さんは部活もしていないようですし、本格的に働いてみては?」
一度アズールに提案されたこともあるが、いつ学園長に無茶振りされるかわからないので……と遠い目をしながら答えると、ご愁傷様です。と返された。
逆にバイトがあるので! と学園長の無茶振りを回避しようと思った時期もあったが、学園に置いて貰っている事や、この世界での生活費やらを学園長に一部負担して貰ってることを考えると、あまり無碍にも出来ないかと思い直したのだ。
そんなこんなで本日も監督生はモストロラウンジの臨時バイトに来ていた。
この週はフロイドがバスケ部の試合で抜けている為、その穴を埋めるために代わる代わる何人かが臨時バイトに入っているのだ。
開店直後のピークタイムを過ぎて、部活終わりの第2ピークも越えようとした時間帯。バイト中の監督生を労うと言う名目でグリムとデュース、ジャック、エペルがやって来てくれた。
「頑張ってるじゃないか」
「おー、皆来てくれたんだ」
なに飲むー? と気軽に注文を取りながら話しは雑談へと移ってしまうのはバイト先に友人が来た時あるあるだろう。
「監督生さん、オーダー1つに時間をかけすぎですよ」
「わ! ジェイド先輩!」
すみません! と謝る監督生の後ろから一年生ズが挨拶と謝罪とを同時に発する。それに笑顔で答えてやりながら、ジェイドの視線はデュースの持つスマホに止まった。
何かの動画を皆で見ていたようだが、そこにうっすらと片割れの姿を見止めたからだ。
「デュースくん、その動画はバスケ部の試合のものですか?」
「あ! はい! ここに来る前に体育館に寄って来たんです!」
エースの応援に行ったそうだが、バイトで試合を見られなかった監督生用に動画も撮っておいたらしい。
そこにチームメイトのフロイドも映り込んでいて当然といえば当然だ。
(そういえば、フロイドの試合姿はまだ一度も見たことがありませんね……)
モストロラウンジを運営するにあたって、ジェイドとフロイド2人共に抜けられるわけにはいかないとアズールからお達しがあったので試合の応援には一度も行けたことがないのだ。
「その動画、僕にも見せて下さいませんか?」
「もちろん!」
どうぞ! と渡されたスマホを目を落とす。エースを中心に撮っていると言うよりは、試合全体を撮ってくれているのがありがたかった。
さすがバスケ部、体格の良い選手や長身の選手が多い中でもフロイドのターコイズはよく目立つ。
バスケもディフェンスとフォワードに分かれていた筈だが、フロイドは縦横無尽に駆け回りパスを受けて、敵を翻弄し、ゴールを量産してゆく。いわゆるオールラウンダーと言うやつなのだろうが、実際のところは作戦を立てて攻守分かれてても好き勝手に動くので、もはや自由にさせておいた方が良いと判断した部員達がフロイドに合わせているのだろう。
「あ、この後! エースくんもフロイド先輩たげすんごかったんだ!」
エペルが監督生にやや興奮気味で伝えた時点では敵に押され気味で一点差で負けている時間帯。後少しで試合も終わると言うタイミングでシュートを決められそうになっている場面。
敵の手から放たれたボールにエースが食らいつきなんとか指先で弾いた。
そして軌道が逸れてリングにぶつかったボールはネットを揺らすことなく外にはずれて選手達はリバウンドを奪い合う。
そんな中で敵チームを振り切り、フロイドがボールを手にした。そして、思い切り投げた。
パスなんて優しいものではない。
表現としては「ぶん投げた」が適切だろうその豪球は、大きな弧を描いて、そして、吸い込まれるようにゴールリングの中に入って行った。
と、同時に試合終了の笛。
湧き上がる歓声と、喜びフロイドに駆け寄るNRCバスケ部の面々、そしてポカンとなにが起こったのか把握に時間がかかっている敵チームの姿をとらえて動画は終わった。
「ブザービーターだっけ? これ。凄い凄い! よくあんな反対側から入れたなぁ!フロイド先輩!」
「現場で見ててマジ興奮したぜ!」
わいのわいのと賑やぐ、一年生を横にジェイドは複雑な感情に襲われていた。
見た事のないフロイドの姿。
汗を流し、走り、真剣な顔つきでボールを追い、勝った事に無邪気に仲間と喜ぶ。
どうして自分はこんな片割れの勇姿を目の前で見られなかったのだろうか、でも他の人間と肩を並べて笑い合っている姿は見たくないような気もする、が、もしこの場に自分がいたらフロイドは笑顔で「勝ったよ」などと言いながら飛びついて来てくれたのではないか? そんな天使のような姿を見せつけたいけど見せたくない……
と、表情を変えないままグルグルと考えていたジェイドだったが、なにやら監督生に声をかけられた気がしてハッと意識を戻す。
「すみません、監督生さん。今なんと?」
「いや、あの、支配人が……」
怯える監督生の指差す先に、腕を組んでコチラを睨みつけているアズールの姿があった。流石にスタッフ2人して1卓で立ち止まり動画を見ていたのは不味かった。
「サボってないで仕事しなさい!!」
「すみませんアズール。フロイドの勇姿が拝めたのでつい」
「つい、じゃない! 終業時間外でやりなさいそんな事」
まったくもう、と言いながらテーブルを離れて行ったアズールを確認してからジェイドはデュースに後で動画を共有してもらう約束を取り付け、監督生と共に仕事に戻った。
「そういえば。ジェイド先輩のカメラフォルダってやっぱりフロイド先輩で埋まってたりするんですか?」
「いえ? 山の写真で埋まってますね。あとはキノコやテラリウムの写真でしょうか?」
「え? フロイド先輩の事は撮らないんですか?」
「そういえば……そうですね。いつも隣に本人が居るので、改めて写真に撮るという事はしたことがなかったかもしれません」
言われて気がついたが、たしかにフォルダの中にフロイドの姿は少ない。
3人で撮った写真や、急にフロイドが自撮りしよう! などと言い出さない限り写真を撮った記憶がないのだ。
(なんて事でしょう……写真に撮っておけば寝起きの可愛い瞬間も、無邪気に笑いかけてくれる笑顔も、かまってと強請ってくる愛らしさも全ていつでも見返せるというのに!)
どうして今まで撮らなかったのだろう?! そう気がついたこの日から、ジェイドはフロイドが迷惑そうにするまで写真を撮り続けた。
もちろん被写体は全てフロイドだ。
「もーーー!!なんなのこの間から!」
「おや、怒った顔も可愛いですね」
パシャリ。カメラの撮影ボタンを押しながらフロイドの怒鳴り声を物ともせずに、ジェイドは写真を撮り続ける。
寝起きのフロイド、授業に向かうフロイド、パルクールをしているフロイド、ご飯を食べるフロイド、昼寝をしているフロイド、ラウンジで働くフロイド、部屋でくつろぐフロイド……
文字通りおはようからおやすみまで、ありとあらゆる写真を撮る。おかげで山の写真で埋まっていたフォルダはあっという間にフロイドだらけに塗り変わった。
「だから! 撮るなってば!」
「良いじゃないですか、可愛らしいフロイドの姿を永遠に閉じ込めておきたいんです」
「言い方!」
隠し撮りの山をニコニコと眺めるジェイドに、フロイドはこれは言っても聞かないな、と思いながらもいい加減気が休まらないのでなんとかして止めさせたい。せめて部屋の中だけでもやめて貰えないかと交渉してもどこ吹く風だ。
「部屋で気を抜いているフロイドを撮りたいんですよ」
「やだ!ストレス!むり!」
四六時中カメラを気にするのは本当にストレスだと訴えれば、分かりました。と一旦は条件を飲んだようにみせてから、追加条件を突きつけて来た。
「では、部屋で撮るのは休日のみにします」
「それも嫌なんだけど……」
なんとか抵抗を試みるが、ジェイドがニコニコと無言で笑顔をむけてくる時は言うことを聞く気がない時だ。
フロイドはため息と共にジェイドの出して来た条件を飲むしかなかった。
「はぁ〜……もう良いよそれで」
「ありがとうございますフロイド」
礼と共にふわりと抱きしめられて頬にキスを贈られる。
写真を撮ることを許可しただけなのに、随分な喜びようだ。そんなに写真に残しておきたいのか? と考えてはたと思いついた。
「ジェイド?」
「はい、なんでしょう?」
「ちょっとスマホ貸して」
「なぜです?」
「いいから写真フォルダ見せろ」
「おやおや、随分と乱暴ですねぇ」
嫌だとは言わないものの、のらくらとかわしてジェイドはスマホを離そうとしない。と言う事は写真を見られたくないと言う事だ。
「まさかとは思うけど、その、えっちの時の写真とか撮ってないよね?!」
「……エエ、モチロン。撮ッテナイデスヨ」
「絶対撮ってるじゃん!!削除しろ!」
「トッテナイデス」
「嘘つき!変態!!絶対削除する!!」
「大丈夫ですよフロイド、僕以外は見られないようにプロテクトはかけてありますから」
「それ撮ってるって自白だよね?!消せって!」
「嫌です!」
「消せってば馬鹿ー!」
スマホを死守するジェイドと、それを奪おうとするフロイドの攻防がその後しばらく続いたが、最終的に暴れてベッドへと倒れ込んだ隙に、ジェイドがフロイドを抑え込んでキスで宥め、口を塞ぎ、吐息を奪い、フロイドの息が上がって体の力が抜けたところでなし崩しにされた。
「も、ばか……っ…写真、撮ったら、マジ……許さねー……かんな…っん!」
「仕方ないですね。フロイドが嫌がる事はしたくありませんから」
そう言ってまた何か言いたげなフロイドの唇を再びキスで塞ぐと、ジェイドはスマホをベッドサイドへと置いた。
それにホッとしたように身を任せ始めたフロイドに微笑みを浮かべながら、ジェイドは立てかけたスマホが2人の沈むベッドを映し出している事を確認した。
(『写真を撮るな』とは言われましたが、『動画』は禁止されてませんからね)
揚げ足取りの屁理屈を胸の内で呟いて、ジェイドはまた笑みを浮かべるのであった。