とある木曜日のイマジナリー そりゃあ俺だって一人よりは二人のほうがいいと思うさ。
一人じゃ抱えきれない強烈な不安が目の前にあったとしても、誰かと折半して互いに勇気づけ合えるならどうにか堪えられる。それに同じ楽しみも誰かと共有できるなら、その喜びは何倍にも膨れ上がっていく。
〝自分ではない誰か〟という存在は何にも代えがたいものだ。かつての狼のコミュニティでは言わずとも当然の共通認識であったし、東京というコンクリートジャングルに出てきてからもその恩恵に何度何度も救われていた。
コーサカという男が俺にとってのその最たる存在なのは事実だ。何やかんやでずっといちばん近くでつるんでいる。彼を経由して俺自身も知人友人が増えていく。
そんな毎日が楽しくて仕方ない。刺激に溢れている。飽きる気もしない。それでいて安心して背中を預けられる。感性が一致している。自分の生き様に誠実だ。言葉交わさずとも深く信じている。
自然の成り行きで一つ屋根の下でともに暮らし始めてからも、毎日顔を付き合わせ、飯を食い、寝床を共にしている。何なら昂ぶりの果てに肌を重ねる夜だってある。それでも彼の鮮やかさは全然変わらない。
言わば。コーサカという存在は、俺にとって絶対的な牽引力なのだ。
願い続ける限り、こんなに煌びやかで華やかな日々はずっと続く。明日は今日よりもっと面白くなる。コーサカと一緒なら何だって出来る。
……でも、そんな彼でも。いきなり『子供が増えました』ってのは、流石に突拍子がなさ過ぎると思うんだ。
***
一日の終わり。雲一つない空が茜色に染まり、夜の帳が下り始めた頃合い。寝床に戻ろうと空を切るカラスがカアカアと遠くで鳴いている。
欲しかったガジェット類を全部買ってやるんだ、と意気込んでアキバに乗り込み、あれもこれもと店員と盛り上がっていたらすっかりこんな時間だ。
最近発売されたばかりの高級ヘッドホン、オーディオ専門店の店員から強烈に薦められたマイク、出先での事務処理用に欲しかったタブレットPC、データがパンクしそうで慌てて買った外付けSSD、その他配線・ケーブル・ホコリ取り・ペン先などなど……。両腕で抱えた紙袋は四つともずっしりと重く、俺の腕がうっかりもげてしまいそうだ。
キャリーの一つでも持っていけばよかったかな。ささやかな後悔を胸に仕舞い、俺は大事な戦利品を傷つけまいと必死に持って運び、相方の待つ自宅へと急いだ。
「ただいまぁ」
リビングに繋がるドアを足でなんとか押し開け、戦利品の山を小脇に置く。
――何故だろう。部屋に足を踏み入れた瞬間から、どことなく違和感を感じる。
「おーい、コーサカぁ。寝てんの?」
もう一度問いかけても返事はない。
耳を澄ませてみると、ダイニングの奥からドタドタと大袈裟な足音が聞こえてくる。それから、スピーカーを一枚挟んだノイズ混じりの音声も。メジャーコードのお気楽な音楽に合わせて、男女が強引に声色を弾ませながらこちらへ語りかけてくる、そんな音。
妙な胸騒ぎがする。人の気配は確かにあるのに、それがコーサカのものとはどうしても思えない。
「コーサカ?」
ダイニングを突き進みリビングルームに足を踏み入れると、そこには確かにコーサカがいた。
――間違いなくコーサカの姿をした男が居るのだが、彼らしかぬほどその表情は綻んでいて眉尻に皺を多く畳んでいる。60インチのテレビの前に座り込み、姿勢のよい男女の体操を見ながら「せーのっ、ジャンプー!」なんてウキウキ声で楽しんでいる様子だ。テレビの前のカーペットの上には、積み木やぬいぐるみ、車のおもちゃが散乱している。
いや。そもそもうちに、馬鹿でかいテレビはともかく緑色のもこもこのカーペットなんて存在したか? あんなダサい緑一色のカーペットを買うとかコーサカが許すだろうか?
違和感しかない眼前の光景に首を傾げていると、こちらの気配に気付いたコーサカが振り向き表情をぱっと明るくさせた。
「おぁ、ジョーさんおかえり」
「……何だこれ。コーサカ、これどういうこと? 一体誰なんだその子」
最大の違和感の正体。
コーサカの膝の上に座り手を叩きながらキャッキャと嬉しそうな声を上げている、黒髪の子供。背丈からして大方一歳くらいだろうか。耳の先がわずかに尖っている。
子供がじろりとこちらを振り向いた。真っ赤な瞳に光が反射し、ステンレスのように冷たい眼光はぞっとするほど迫力に満ちていて、こちらを真っ直ぐに射貫いてくる。瞳の奥はどこまでも深い黒色をしていて、その真意を推し量ることはできない。
先ほどまで無邪気な笑顔をみせていた表情はすっかり凍てつき、ただひたすらにこちらを見定めようとしてくる。纏う雰囲気は子供どころか人ならざるもののそれで、時折発せられる魔力のような気配に俺の背筋はぞくりと粟立った。
――顔立ちはコーサカそっくりなのに、コーサカとは丸っきり異なる存在。小憎たらしくて恐ろしい、できればあまり目に入れたくないクソガキ。もっと直接的に言えば異質そのもの。
そんな第一印象に顔を顰めたままでいると、隣のコーサカは焦れったそうに舌打ちし、声に怒りの色を滲ませた。
「はぁ? 何言ってんの、ジョーさんついにボケました?」
「ボケてないって。本当にその子のこと知らないんだけど、俺」
「仮にジョーさんの頭がマジでボケたとしても、その言い草は許せねえよ。ずっと前から一緒だったろ? 俺らの〝家族〟」
いやいやいや。本当に知らないし見たこともないんだって、こんなぽっと出のガキ。そもそもコーサカに弟が居たって話すら聞いたことがない。
それとも、ぱっと見の年齢からしてコーサカの子供だろうか。だとすれば大問題だ。どの女のところでこさえてきた子供なのか。それとも彼自身がこさえた子供か?
性別という概念すらもうごちゃごちゃだ。混乱に混乱が重なり、額に手を当てながら呆然とその場に立ち尽くすことしか出来ない。
すると、例の子供がこちらに向かって走ってきた。
厳密に言えば二足歩行ではなくハイハイで向かってきている。だがそのスピードがやたらと速い。凄まじいスピードで手足を動かし迷いなく突っ込んでくる。その様相はまだ立っち歩きもできない赤ん坊とは到底思えない。
一方のコーサカ当人はというと、子供の後ろで「えらいねぇ~~!」なんて普段では考えられないくらい甘い声ととびっきりの笑顔を向けている。その姿、今ここで撮影して保存しておいて、君の弱みとしていつか見せつけてやろうか。
「わんわん!」
俺の足元まで駆け寄ってきた子供が、明確にこちらを指差しながら元気よく叫んだ。コーサカに似て一言一句が聴き取りやすい、明瞭な声。
「そうだねぇ、わんわんだねえ! 悪い子はわんわんに食べられちゃうぞぉ」
ひたすら鼻にかかった甘ったれ声を発し続けているコーサカをものともせず、子供は「がおー!」とけらけら笑いながら、手にしていたオオカミのぬいぐるみを勢いよく振り回し始めた。
「わんわん。ちっち、わんわん!」
「ちっちって。もしかして俺のこと? ねえ君、狼はわんわんと鳴かないよ」
「そうだねぇ、わんわんのお兄さんだねぇ~~」
俺の反論を聞く様子もなく、子供はひたすらぬいぐるみの尻尾を掴み右へ左へと振り回している。そのうち勢いで胴体部が千切れて吹っ飛んで行きそうだ。
そんな子供をコーサカは止めもせず、熱い視線を一直線に向け、でろっでろに蕩けた声で褒め倒している。子供の言うことに肯定の頷きを繰り返すばかり。ずっと糸目のままでニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。当然俺の言葉は届かない。今の彼はまるで抜け殻のようだ。
親の過保護が子供をスポイルする。――否、そんなもんじゃない。甘やかしている側が一方的にスポイルされている。甘い香りに誘われた虫がうっかりウツボカズラの袋に足を滑らせ、そのまま全身が溶かされるのを待っているような姿。
おかしい。今置かれている状況全てが狂っている。
恐怖で身が強ばるのを何とか振り切り一歩後ろへ身じろいだ瞬間。忌々しいガキがその場ですくっと立ち上がり、じいっとこちらの瞳の奥まで覗いてきた。
『お前がアンジョー?』
「うわ! え、何? ちょっと」
脳内に声が直接響いてくる。反射的に耳を塞いでも意味はなく、ガンガンと直接頭蓋を震わせてくる音。
しかもその声は、俺のよく知るコーサカそのものだというのに、息遣いもなにも感じられない。思わず上擦ったときの鈴みたいな音色なんてのはなく、ひたすらに氷のように冷たくて、こちらを軽々しく嘲ってくるような声だ。
『へえ。ホントにぼやっとした顔。獣性のカケラもない。貴方、本当に狼男?』
「嘘。何だこの子。今喋った?」
「ジョーさん、何一人でぶつぶつ言ってんの」
離れたところで座り込むコーサカが不思議そうな表情で、首を伸ばしながら尋ねてきた。
「いやだってさ。コイツ、今はっきり喋って」
「そんなわけないじゃん。こんなまだ歩くのもおぼつかない赤ん坊がさ。ジョーさん、もしかして何か変なもんでも食った?」
「違うよ。本当に喋って……」
『確かに今俺は、貴方だけに話しかけてる』
まただ。頭の奥へするすると入りこみ、俺の思考にねっとりと絡みついて離れない。俺の身体中で彼の声が大ボリュームの反響を繰り返している。
一言一言に抗えない。閉塞感が全身を苛む。例えるなら地面に頭を叩きつけられそのまま強引に捩じ込まれ、口の中に容赦なく入り込む砂利を舐めているときのようで。
「だれだ、おまえ」
それでも無理矢理に声を絞り出すと、目の前の子供が薄く笑ったような気がした。
『つれないなあ。俺はコーサカだよ。吸血鬼の〝コーサカ〟の本能とでも言えばいいか。彼の中からずっと貴方のことを見ていた』
「勝手に喋りかけてくんな……!」
『俺はずっと、貴方と話してみたいと思ってたよ。アンジョー』
鋭い吊り目が黄金色の光彩を帯びると、俺の視線は釘付けになってそこから離せずにいられなかった。
彼と俺だけしかいない空間。この場所が果たしていつもの自宅であるのか、認識の境界すらもう曖昧だった。唯一分かるのは、此処に俺の知る〝コーサカ〟はいないことだけ。
『貴方さ、〝コーサカ〟との毎日、楽しい?』
子供がなおも語りかけてくる。俺のイニシアチブはすでに完全に掌握され、質問への回答を述べる事以外には、くぐもった息を吐き出すことくらいしか許されていない。
「は……?」
『狼しかいない田舎のコミュニティから単身東京まで出てきて、たまたま〝コーサカ〟と出会い、恋とも愛とも言い得ぬ関係で結ばれ、挙句の果てには同居まで始めてさ。そんな日々をもう何年も続けてる。マンネリとかはねえの? 飽きない? 本当に楽しい?』
聞かれるまでもない。
口の悪さは見せかけで、裏も表もない、クリエイティブにどこまでも真剣な男。彼の飛び跳ねるようなラップに感化され、俺の歌にも前のめりな熱量が入る。音楽にしろ生活にしろ、背中を丸ごと預けていいと信じているから、俺は前方で好きなように暴れられる。
相方がコーサカだったからこそ、何度も窮地を助けられ、どんな困難だって乗り越えられ、今日までパートナーシップを続けられ、一緒に第一線を駆け抜けてこられたのだ。
「楽しくなきゃとっくに別の場所へ行ってるだろ……コーサカが」
『論点をすり替えるな。今はアンジョー、貴方の話をしてんだよ』
子供の目がぎろりと見開かれる。意識が、思考が、自我が、どんどん深い場所へ落ちていく。
そういえば。身体の相性が驚くほどぴったりだった、というのも理由の一つであるかもしれない。快楽に流されやすい俺と、刹那至上主義のコーサカ。仕事も何もなく他にやることがなかったあの日の、互いが尽き果てるまで丸一日欲を吐き出しあったセックス。また大量に抱えた仕事を徹夜で片付けた日の、愛撫が気持ちよすぎてそのまま二人して寝落ちした夜。
思い返せば不思議なもので、どの記憶も新鮮で、当時の妙な高揚感だったり胸いっぱいの満足感が昨日のことのように甦る。
どれもこれもが刺激的。それでいて帰るべき家みたいな感覚。離れられるわけがない、今更。きっとこれからもずっと、コーサカと一緒なんだろうな。漠然と考える。――俺が望み、コーサカが望み続ける限りはずっと。
「…………わけわかんないくらい。楽しくて面白くて、そんな日々が愛おしくて仕方ないよ」
何の遮りもなく、本心が俺の喉を滑り落ちる。それを聞いた子供は、ニイと満足そうに口角を上げた。
『そうでなきゃ。……なら、貴方と俺の楽しい日々が、ずっとずうっと永遠に続けば、もっと楽しくなると思わない?』
ガクン、と急激に膝から力が抜けていった。意図せず子供の前に跪く格好になる。
小さな手が差し伸べられ、俺の頬にそっと触れる。指先は氷のように冷たく、同じ生き物のそれとは思えなかった。腰から背中にかけて一気に粟立ち、冷や汗がだらりと落ちていく気がした。
どういう意味か、と問いただそうと思った。だがすでに、『楽しいに決まっている』と彼の誘引が俺の内側で激しく叫んでいた。疑う余地なんてどこにもない。そうする前に、〝コーサカ〟の声に溺れてしまいたかった。
俺の願いが、彼の声によって鏡映しとなり、まざまざと眼前に叩きつけられる。
『貴方、俺と離れたくないだろう?』
「う、ん」
『ならばこの世の終わりを二人で生き続けて、人間どもの終焉を見届けてみるのも楽しそうじゃない? 人の亡骸が積み上がったステージに上がり、スモークよろしく骨灰を浴びて、すべての生きとし生けるものへのレクイエムを捧げる。うわエモ、想像しただけでゾクゾクする』
それはつまり、ゴールのない道をたった二人きりでひた走るというものか?
俺たちの行き着く先は人っ子一人いない、荒廃した街だったなにか。生き物の息吹はどこにも存在しない。それでもなお、誰に歌うでもなく、行く当てもない旅を続けなければならない。ずっと、終わりなんてなく、ずうっと、永遠に。
――それは、〝コーサカ〟からはあまりにもかけ離れている。いつも多くの人に囲まれ、その中心でケタケタと笑っている彼ではない。
無意識と理性が乖離し、ズキンと刺すような頭痛がした。それなのに。
『貴方の命を俺に頂戴。ともに永遠のときを生きてみよう、アンジョー』
ひどく甘美な声が俺を包む。ピリピリと痺れる感覚が全身をがんじがらめにする。
違う。それは決して違うのに。
一度土の味を知った膝はもう全く力が入らなくなっている。それでも子供から目を逸らせない。顔がだんだん近づいてくる。冷たい。息遣いはない。置かれた状況の現実味のなさがいっとう恐ろしい。
だが、振り切る力はもう俺には残っていない。迫り来る深淵を正面から受け止めるしかなかった。
「うわあぁぁぁ! ……あ?」
――そこで、ぷっつりと景色が途切れた。
視界に薄明るい光が射し込み、そのまま意識が覚醒へと引き戻される。視界に映るのはシミ一つない真っ白な天井。今は恐らく夜明け前。俺の身体はベッドの上で泥のように横たわっている。
夢にしては嫌に生々しい。生気を全く感じない指先の冷たさ。身体の自由も正常な思考も奪っていくことば。胃から何かせり上がってきそうな嫌悪感。
重い身体を起こし、あれは夢だったんだ、と状況の理解に努めてみる。けれども心臓はまだ激しく鳴り続け、上手く呼吸できない。脂汗が額に滲み、背中にもべったりと張り付くような不快感を覚える。それでも、何とか平静を取り戻そうと肺にいっぱい空気を取り込んでみる。
ふと、視線を隣に移す。
ダブルベッドの左側で、コーサカがまだすうすうと静かに寝息を立てている。黒髪で、精悍な顔立ちで、瞳を閉じた表情が穏やかで、小柄な身体に引き締まった筋肉が無駄なくそなわっていて、色白の肌は少しだけ陽に焼けている。
……よかった。俺の知っているコーサカだ。
「……~~んなんだよてめ、ぶちころす……」
眉間に皺を寄せながらやたら物騒な寝言を発している。一体どんな夢を見ているのか。
「コーサカ」
彼の頬に触れる。温かい。赤みがかった唇は少しカサついている。吸い付きそうな肌に指を滑らせ、首筋から肩にかけてのラインを確かめる。固く締まった上半身は呼吸に合わせてゆったりと動いている。薄い首筋から脈打つ音が伝わってくる。それはまるで満ち引きを繰り返す潮騒のように。
生きている。彼もまた、俺と同じ時間を、同じスピードで、ちゃんと生きている。
「うんん……んんっ、……ぁ? じょーさん?」
隣から聞こえてくる物音で覚醒したのか、コーサカはふにゃふにゃに蕩けた掠れ声をわずかに発した。
その声を聞いて、俺はようやく安堵し、それまで強ばっていた肩の力も抜けていった。温かい湯に心身が溶けていくような気持ちだった。
「おはよ」
「ん、おは。……ってまだ五時台じゃん。はやくない?」
「ちょっとね。……ね、コーサカ」
「何……って重。乗んな、朝からサカんな! こっちは寝起きだっつの――え? ジョーさん泣いてる? は、マジでどうしたの」
***
それから、先ほどまでみていた鮮明すぎる夢を全て話した。改めて口にするとその現実味のなさが際立っていたが、恐ろしいという感情がどうしても先走ってしまい、夢の内容を上手く表現できずに時折口ごもってしまった。
コーサカは困惑の表情を見せながらも、黙って最後まで聞いてくれた。
ベッドから這い出たあとに出してもらった朝食は、いつもの食パンと目玉焼きと淹れ立てコーヒーに加えて、温かいコンソメスープも一緒だった。
「……本当にめっちゃ怖かった。全部がおかしくて有り得ないのに、金縛りに遭ったみたいに身体が全然言うこと聞かなくて。逃げられなかった」
まだ身震いがしそうだ、とごちると、彼は「ふうん」と鼻先だけの空返事で返した。
「そりゃ確かにおかしいわ。だってやるなら、ジョーさんの同意を得てからに決まってんだろ、俺なら」
「そうだよね…………え、そうなの?」
「貴方の自由意志を踏み躙ってまでやるほどのことじゃないでしょう。ジョーさんの生殺与奪の権を握るのと、俺がひとりぼっちで生き続けるの。秤にかけるまでもない」
「でもさ、ひとりぼっちは嫌じゃない?」
「だから貴方に『ずっと一緒に居たい』って言わせりゃいいんだろ」
迷いなく言い切ったコーサカは、はっと何かに気付いたような表情でしばらく黙りこくり、「吸血鬼にも寿命くらいあるけどな!」と捨て台詞を吐いて、照れくさそうにぷいとそっぽを向いた。
そんな彼の姿が何だか可愛らしく微笑ましくて、笑ったら怒られそうだなと思いながらも、俺は奥歯で噛んだ笑いを堪えきれず転がり出しそうに噴き出した。