君の隣は僕じゃない中学一年の4月からひとりぼっちだった僕は、同じくクラスで完全に孤立していた江戸川乱歩に声をかけた。
もう誰だっていいから、友達がいや最低でも喋る仲間が欲しかったんだ。そりゃもうありったけの勇気を出して、僕と友達になってくれませんか、と声をかけてみたんだ、掃除時間で2人きりの時に。しかし返ってきたのはこの返事。
「それ、僕じゃなくてよくない?」
びっくりした。
その通りだったけれど、そんな言葉をここで言われるとは思っていなかった。
彼はこう続けた。もどかしそうに続けた。
「ああ違うな、こういう時なんて言えばいいんだったか、『ごめんね、君を傷つけるつもりはないんだ。ただ、僕といてもろくな目にあわないだろうし、君はさ、確かに今は1人だけどじきにそうじゃなくなるよ。だから友達にはなれない。『ごめんね』キミの隣は僕じゃないよ』」
その、とても、優しいとは呼べないような
大根役者の台詞が、なぜか当時の僕には信じられないほどの救いの言葉になって。自分を見透かしたその言葉が、なぜか自分をよく見ていてくれたんだという安心感にもなって。
(あの日、僕は、貴方が初めて救った人間になったんじゃないかと思ったんだ。今にして思えば、青い春のフィルターがかかっていたのやもしれないし、君は僕以外の人間を既にいく人も救っていたかもしれないけれど。)
数年後に同窓会が開かれた。
僕はあの後彼の言う通り、友達ができたので行ったが江戸川乱歩は来ず。既に有名になっていた異能力者の探偵の彼の名は、同窓会でも話題に上がっていたが、本人はいないので一瞬で話題から姿を消した。理由は不明だが中学一年間しかいなかったので、江戸川乱歩についての思い出話を持ってるやつもいなかった。彼に友人はいなかったので余計に。そんな中、僕はふらりと外にタバコを吸いにいった。
外は大粒の雨だった。
アスファルトを濡らし続けるじっとりした雨。
(来なかったな江戸川乱歩。ま、来るわけないか。世界一の名探偵は、大忙しだろうし、)
「おっと失礼。」
そんな僕の思いを反転させるかのように、
ひょっこり。あらわれたのは稀代の名探偵。
「へ、え、えど、江戸川乱歩。」
僕は思わず後ろにふらふらと後退りした。
「呼び捨てなんて酷いなあ〜」
彼は変わらない。飄々とした声でそう言った。
「あっあっその、あ、雨!濡れます!」
傘を差し出すと、彼はぼーっとその傘を見ていた。僕は今しかない!と思って、慌てて言葉を紡ぐ。
「あの、僕、ずっと江戸川くんにお礼が言いたくて、君の、君に、救われたんだ、ありがとう、もう覚えてないかもしれないけどさ、はは」
『覚えてるよ。どういたしまして』
初めて見た、奥まで透けるような緑の瞳に、思わず持っていた傘を落としてしまった。
なにか、神様の衣に触れてしまったような、
神話の1ページを焼いてしまったような、
触れてはいけない人が目の前にいることを、体が嫌でも教えてくれた。
僕の頭に、いつまでもいつまでも、
どういたしましての一言がこだましていた。
僕と君の距離の分だけ、その空間にこだました。
彼の隣には1人の男性がいた。
江戸川乱歩は、白髪で和服のその男性と一緒にタクシーに乗り込んで、僕以外の誰にも挨拶しないまま帰って行った。
喫煙所から戻ると、二次会に行く流れになっていた。
僕の隣には、多くの友人がいた。
僕はみんなに何も言わなかった。
ーーー
タクシーの窓に、退屈そうな乱歩の横顔が映っていた。
同窓会に行く!と言い出したかと思えば、一分もたたずに帰ってきた。
「なじみに挨拶をしに行ったんだよ、でもやっぱりあそこは僕のいる場所じゃないや」
「誰かと話していたのが見えたが。」
乱歩は、ふっと笑って、懐かしそうに目を細めた。
「ああ彼はね、僕と、友達になりたかったひとだよ。」
君の隣は僕じゃない 終