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    #大崎さんと浅倉さん

    花よりだんご、よりお昼寝「──今年は生長の遅いさくらの蕾ですが、週末を明けると一気に開花する予報です。特に週末はグッと気温が上がりますからね、お花見なんかも賑わうかもしれませんね──」

    そんなアナウンサーの言葉に次いで、画面の向こうにはひと足早く、花見を楽しむ人々が映し出されていた。
    こんな日は酒が美味いんですよ。まぁいつも飲んでるんですけどね、ははは───
    大判な青いシートの角に、飲み干された空き缶が数本、風に煽られるように転がっている。インタビューを受けている男性の後ろには、楽しそうに談笑している家族らしき人々。
    「お花見─…」
    ぼそっと零れた言葉は、静かに、誰もいない事務所の静寂へと呑まれていく。
    換気のために、少し開けといてくださいね と伝えられている窓からは、春目前の柔らかな空気が入ってくる。
    甜花はお花見、しなくてもいいかな。なーちゃんは、お出かけしようって 言うかもしれないけど───
    "てんかちゃーん!お外見た?桜、少し咲き始めてるよ〜"
    "来週ぐらいには満開に近くなるかも!だって。綺麗だろうな〜………"
    "……そうだ!甜花ちゃん、お花見行かない?甘奈、早起きしてお弁当用意するよ!"
    自慢の、可愛くて優しくて、それはそれは気の利く妹である。自堕落な姉と一緒にお出かけしようと、きっとお弁当付きで誘ってくれるだろう。堂々と物に釣られるようではあるが、彼女にとっては、花見よりも大事な要素である。
    こういうの、なんて、言うんだっけ──
    「………花より、だんご……?」

    「だんご、好きなの?」
    背後から、少し上から、声が降り掛かる。誰もいないはずの事務所── いいや、やっぱり誰かいたのかもしれない。1組無かったスリッパは、はづきさんが履いているのか、もしくは見間違いであろうと、思い込んでいた。
    「……!浅倉、さん………!」
    「やっほー」
    声の主はパタ、パタと少し気だるげな足音を鳴らしながら、ソファをゆっくり周り、ストンッと隣に座ってきた。手のひらサイズのフードパックを持って。
    チラッと横目で見えた、三色の、見覚えのある──
    「あ……それ、だんご………?」
    「うん、団子」
    三色のやつ と言いながら、徐に蓋を開け始める。机の上に無造作に置かれた団子は、二串しか入っていなかった。
    「…これ、1本、誰か、食べちゃった のかな……?」
    「あー」
    彼女は少し手元を見つめ、蓋の上に付いていた付箋を、ペラっと捲り渡してきた。
    "こちらいただき物です。
    3パックしかないので早い者勝ちですが、どうぞ食べて下さい。
    最後の方は、この付箋も破棄して頂けると助かります。
                            はづき"
    「な、なるほど…」
    「そういうこと。じゃあ─── はい」
    目の前に、躊躇うことなく差し出された三色団子。食べたかった訳ではないが、頂けるのであれば、元より断る気持ちは微塵もない訳であって──
    「!あ、ありがとう…… にへへ…………」
    この瞬間、最近、少々腰周りが窮屈なような、頬が丸みを帯びてきたような、可愛い妹から少し注意を受けたばかりだというのは、すっかり抜け落ちてしまったのである。
    「い、いただき ます………!」
    「あ」
    「────ぁぇ…………?」
    あ〜…っと口を縦に開いて─── 顔前に運ぶ途中で待ったがかかった。もう口唇にかかっている、食べてもいいものかと、口を開いたまま隣にチラリと目線を向ける。
    言葉の主は一言、桜 とだけ放って自分に顔を向けて、見つめ合う──── いや、自分より後ろに何かが──………

    「だんごに」
    だんごに?

    「…あ…… はなびら………?」
    右手に持った団子の串、上に、薄桃色の花びらが舞い降りていた。ひらり と摘みあげた桜は、窓から差し込む柔らかな陽気に当たると、手から離れてひらひらとドアの方へ飛んでいく。気づけば同じように訪れた花びらたちが、頭の少し上を優雅に飛んでいた。
    「わぁ…」
    感嘆は音となって零れ落ちる。
    「花見、だね」
    「え……?」
    「桜、いるし」
    ふぁんごもはべてる と言いながら、彼女は既に串を頬張っていた。
    「そう、かも……?」
    言われてみれば、花が見れれば花見なのだから、事務所の中での花見が、あるのかも──しれない。これで良いのなら、外に出る必要が無いし、何より、外に出る必要もない───
    「──食べないなら、貰うよ」
    端麗な顔が、いつの間にか横から覗き込んでいた。
    「…!こ、これは、甜花の………!」
    慌てて串を頬張ると、冗談 と一言、少しだけ笑って返してきた。
    浅倉さん、冗談、言うんだ……。
    内心、少し驚いている彼女を揶揄うように、窓からするり と入ってきた花びらが、目の前をひらひらと通り抜けてゆく。


    これが花見なら、存外悪くないもの かもしれない。
    食べ終えた串をぼーっと眺めていると、微睡むような優しい日差しが、右半身をじんわりと温めてくれる。
    柔らかな春の陽気に包まれた午後14時、お昼寝には、それはもう打って付けの時間帯である。
    花よりだんごは、少し、違う かな……
    そんな思いが浮かびながらも、彼女は、ずっしりとした重い瞼に身を委ねるのであった。


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