一に看病二に薬 たまにゃ優しいところもあるもんだ。酒でも入ってんだろうか、こいつ確かに、酒が入ると本音が出るもんな。いや待てよ、そうするとこいつは本当のところ心根の優しい奴だということか。違うか? そもそも酒が入ってるのかどうか、わかんねぇか。
「酒」
「は?」
「酒が呑みてえ」
ぼんやり考え事をしていると、思っていたこと、思ってもいなかったことが口をついて出てきた。しかし酒か。そいつも悪くはなさそうだ。
「酒など呑ませるわけにはいかん」
「なにも浴びるように呑みてえと言ってるわけじゃないんだ。酒は百薬の長とも言うだろう。ちょいと一杯をさ、ひっかけたら、寒気もどっか行っちまうんじゃねぇか」
「寒気。ということは、まだ熱も下がっておらぬのだな」
「大した熱でもねえけどな。ゲコッ」
額に冷たい手のひらを押し当てられ、びっくりして鳴いちまった。いつもは熱く感じるその手が、冷たく感じるとはね。
「熱が、ある」
枕元からオレの顔をじいっと覗き込む。眉間にうっすりシワが浮かんでいる。顰めっ面、でもないか。随分真剣に見つめてくるじゃねえか。とても酒が入っているようには見えない。
「そんなに心配してくれるなよ。医者にかかって薬も飲んだし、明日にはピンピンしてるぜ」
「心配などしておらぬ。どうせ吾輩がここに居座っても、約にも立たぬともわかっておるし……」
「あんた飯を炊いたりできねえもんな」
「お主もできぬであろうが。いいや平時であってもという意味で、熱を出したお主を莫迦にしているつもりではない。どうせお主には部下も多いし、看病に必要なものもなにもなかろう」
口の中でもごもごと喋って、額に押し当てた手を離してしまった。口はへの字。顰めっ面。でもじっとおれの顔を見下ろしている。
どうしたもんか、急にこんなに優しいところを見せてくれるとは。
「ともかく酒はいかん。熱も下がって医者の許しが出てからだ。お主に言うたところで信用ならぬから、帰り際お主の下の者らによく言い聞かせておく」
「なんだ帰るのか?」
「ここに居てもお主の寝言を聞くぐらいしかやることがない」
「じゃあもう少し聞いていってくれよ。ついでにもっかい、額を触ってくれ」
「なんだと?」
一瞬訝しげに眉をひそめたが、オレの顔を見下ろしてフッと小さく吹き出した。
「人の顔見て笑うんじゃねえよ」
「すまぬすまぬ」
笑いながらもう一度額に手を当てる。ひんやりと冷たい。
「このくらいの温度がちょうどいいや。オレが寝付くまでそうしておいてくれよ」
「いつまでもそのような寝言ばかり言っておっては眠れもせんだろう」
やっぱり時には優しいもんだな。しかもよく笑うじゃねえか。オレの顔見て機嫌が良くなるとは、どういうことだ? なんだって、いいけどよ。
【了】