羊と迷いびと「迷いびと……?ですか」
相棒の梟が『彼』を連れて来たのは、秋も深まる晦の日の事だった。
午睡に微睡む羊達の真ん中にポツンと佇んでいた黒い影。金糸の刺繍が施された外套を纏ったそのひとは、どこか神秘的な見た目とは裏腹に、きょろきょろと辺りを見渡して落ち着かない様子でいた。
訊けば、気がついたら此処にいて自分の名も分からないのだという。
「ひとまず、お茶でもいかがでしょう?今日は少しばかり冷えますから」
立ち話もなんですからと、迷いびとを招き入れたのは住処にしている洞穴。薬缶を火にかけ湯を沸かしている間に話しかける。
「他に覚えていることはありませんか?」
彼はふるふると首を横に振った。
ただひとつ覚えているのは、誰かを訪ねてきたことだけだと。
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