五百年の片思いいつからだろう……ヌヴィレットをそういう目で見るようになったのは……
舞台の役を演じる時、恋人の役をすることが僕にもある。
色んな恋人の役をしてきて、恋というのは人をとても素敵にするものだとわかった。
それほどまでに人が人を好きになることは素晴らしいことだと思えた。
だけど僕は恋をしたことはない。憧れはしたけど僕は水神で恋なんて出来ない立場だ。
それに予言のこともあるから恋は無理だと思ってた。
けど何年も……ううん、何百年も過ごしているうちに僕はヌヴィレットに恋をしてしまった。
舞台で演じる恋する女性が好きな人を好きという感情で見つめるのと同じ感情で僕はヌヴィレットを見てしまうようになった。
ヌヴィレットは水龍だけど人の姿をしててその姿はとても美しい。
性格は無口だけど優しくて…メリュジーヌが大好きで、雨に濡れるのが好きなちょっと変わってるけど素敵な人だ。
そんな彼のことを僕は好きになってしまった。
だけど僕は彼に好きとは言えない。だってだって、僕は水神だ。だから恋なんてしたらいけない。
完璧な水神を演じないといけない。僕が演じないとフォンテーヌは沈んでしまうから……
だからこの恋心は飲み込んだつもりだった。
なのにどうして……こうなるの……?
「けほっ…こほっ……」
咳をすると口からはらはらと青い薔薇の花弁が落ちる。
あの審判の後、鏡の中の僕にかけられた呪いはなくなり、人間に戻った僕はパレ・メルモニアから去り一人暮らしを始めた。
最初は何の気力も湧かずぼんやりしていたけど、旅人達のお陰もあり、今では外に出て人の暮らしを堪能できるようになった。
そんな矢先だった。口から花びらを吐くようになったのは……
咳をする度に綺麗な薔薇の花弁が僕の口から落ち始めた。
こんなこと誰にも言えなくて、本で調べてみると花吐き病という病を僕は患ってしまっていた。
この病は片思いを拗らせた人が稀になる病で治療方法はないが、完治する方法はある。
それは好きな人と両思いになること。
だけど僕の場合、両思いになる事は不可能だ。だって僕が好きな人はヌヴィレットだから……
今の彼はフォンテーヌ一の権力者であるし、何より僕は彼を騙していた。
五百年という月日に及ぶ僕の演技は完璧だったけどそれは彼を騙していた時間でもある。
だから彼が僕を好きになることはない。絶対に……
そんな事を考えていたら悲しくなってとにかく口を洗おうとベッドから立ち上がった時だった。
ドアがノックされた。
「はい。どちら様……ヌヴィレット……」
何も思わずドアを開けるとそこにはヌヴィレットが立っていて、僕は驚いてしまった。
彼が僕の所に来るなんて、パレ・メルモニアから離れてからは一度もなかった。
かという僕も彼とは会わない方が良いと思いパレ・メルモニアには長いこと行っていない。
五百年も彼を騙していた僕になんか彼は会いたくないだろうと思っていたからだ。
「どうしたんだい?最高審判官様が僕の所に来るなんて…」
「君の体調が悪そうだと聞いた」
「え?」
ヌヴィレットの要素もしなかった言葉に僕は驚き彼を見つめる。
「とりあえず中に入って?」
「ありがとう」
立ち話もあれだからと思い彼を部屋の中に入れる。
そしてソファーに座って貰おうと誘導した時だった。
手を握られた。
「ぬ、ヌヴィレット?なにか……」
「花が何故散らばっている」
「へ?あ……」
一瞬言っている意味が分からなかったが前を見て理解した。
僕の部屋は狭いため物はベッドにソファーに小さな机ぐらいしかない。
そして目の前にはベッドがあり、その上には先程吐いた青薔薇の花弁が散らばっている。
ヌヴィレットが来たから片付けるの忘れてた。
「フリーナ殿、君は何を隠している?」
「何も隠してないよ!」
「またそうやって私を遠ざけるのか?」
「っ!?」
体の向きを変えるとヌヴィレットは悲しそうな顔をし僕を見ていた。
遠ざけるなんて…そんなつもりはなかった。けどあの五百年という時は、僕にとっては苦しくて辛くて、それと同時に僕が水神ではないということがバレてはいけない時間だった。
だから無意識に壁を作っていたとは思う。
特にヌヴィレットは感が良いから、バレないか怖かった所もあった。
「フリーナ殿。何かあったのなら話して欲しい」
「っ……」
「見たところこの部屋には花はそこに散らばる花弁しかない。花もない部屋に花弁だけが大量に散らばるのは不自然だ」
ヌヴィレットの的確な推理に僕は何も言えなくなる。
「フリーナ」
「ヌヴィ……レット」
黙っていると、何時もとは違う呼び方で呼ばれ僕は胸元を握りしめる。
「何があった?体調が悪そうだと聞いたのは君と仲の良い劇団員が私に報告してきたからだ」
ああ…劇団員にもバレていたんだ。確かに隠れて吐いていたし…バレても仕方ないかもしれない。
「フリーナ、話してはくれないだろうか?私はもう君を一人で苦しませたくは無い」
「っ!?ぅぅ……」
ヌヴィレットの優しい言葉に僕の瞳から涙が溢れ落ちた。
「フリーナ…」
「ヌヴィレット…ヌヴィレット…」
何を言えばいいか分からない。言葉が上手く出てこなくて、僕は涙を流すことしか出来ない
するとヌヴィレットは僕を抱きしめてくれる。
「フリーナ…」
「ひくっ…ひくっ…」
「フリーナ。私は君だけの水龍で居たい」
「え?」
ヌヴィレットの言葉に僕は驚く。
「君が去ったパレ・メルモニアはとても静かだ。そんな毎日を過ごしているうちに私の胸には先程述べたような感情が浮かんだ。」
「僕だけの水龍になりたいってこと?」
「ああ。私は君と過ごした五百年はとても有意義な時間だった。そして何より私は君に夢中だった」
ヌヴィレットが僕に夢中?
そんな素振りはなかったけど……
「君が見せる舞台や仕草などが私は好きだった。だからこそ君がパレ・メルモニアから去った後、私の中に先程の感情が浮かび上がった」
ヌヴィレットの言葉に僕の胸はドキドキと音をたてる。
「ねぇ…ヌヴィレット」
「なんだ?」
「僕もヌヴィレットと同じ気持ちだって言ったらキミは嫌がるかい?」
僕はヌヴィレットに抱きついたまま顔を上げ彼を見つめる。
「いや…それはとても嬉しいことだな」
その言葉に僕の夢は暖かくなる。
「フリーナ。私はこの感情をなんと言葉にしたらいいのか分からない」
「ふふ、そうだね。ヌヴィレット…多分ね、今僕らが互いに抱いている感情はね、愛してるって感情だよ」
「愛してる…」
「ああそうさ。人を好きになるって感情……」
するとヌヴィレットは微笑み僕の額に自分の額をくっつける。
「ヌヴィレット……」
「愛とはとても暖かな感情だな」
「そうだね。暖かいね。けほっ」
「フリーナ?」
ヌヴィレットと額を合わせて、温もりを感じている時だった。小さく咳が出て、慌てて口を抑える。
そして口から手を離すと、白銀の美しい百合の花が手にあった。
「フリーナ…その花は……」
僕は花とヌヴィレットを交互に見て、そして微笑む。
「キミと両思いになった証だよヌヴィレット」
そうして吐き出した白銀の百合の花を床に落とし僕はヌヴィレットの首に腕を回し彼に強く抱きついた。
ヌヴィレットと両思いになってから少し立ち、僕とヌヴィレットはパレ・メルモニアの最上階のスイートルームにいた。
「フリーナ。未だに分からないのだがあの日、君の部屋に散らばっていた花の花弁はなんだったんだ?」
「ん?あれはね、片思いを拗らした僕が患った病の欠片だよ」
「病…それは今もあるのか?」
ヌヴィレットの焦った声に僕は小さく微笑む。
「ないよ。治ったからね。君の熱烈な告白で……」
そう言うとヌヴィレットは僕を抱きしめてくれて額にキスを落としてくれた。
「それなら良かった。だが熱烈な告白とは?」
「ん?僕だけの水龍になりたいってやつだよ。嬉しかった」
「あれは私の本心だ。だからフリーナ…これからは隠し事はしないで欲しい。フォンテーヌの事なら私も協力できる」
「ありがとうヌヴィレット。約束するね。もう隠し事はしないって……」
そう言って僕はヌヴィレットとキスをしたのだった。
end