存在が消えるフリーナちゃんの話 後編存在が消えるフリーナちゃんの話 後編
ペルヴェーレは移動船の室内を歩き、一つの部屋に入る。
そこにはカプセルがあり中にはフリーナが眠っている。
彼女の意識は今、夢境の世界にいるのだろう。
「ペルヴィ」
「クリーヴ。そこに居たのか」
「ええ。フリーナって可愛いから見ていて飽きないの」
クリーヴはそういうとカプセルの上に座る。
「クロリンデもいたのでは無いか?」
「彼女なら、ナヴィアがゲームをするとかで連れて行ったわ」
なるほど。だから居ないのか
ペルヴェーレ、クリーヴ、ナヴィア、クロリンデ、そしてフリーナは本来、テイワットという大陸で生まれた。
ペルヴェーレ以外は水の国のフォンテーヌの出身であり、今、彼女達がこうしてテイワットから離れた大陸で旅をしているのは故郷のテイワットがこのままだと崩壊する未来でありそれを防ぐ術を調べる為。
そしてフリーナの病を治す方法を調べる為だ。
乖離症……
自身の存在が消えていく病。
この病は、人体実験の産物である。
フリーナには酷なので話していないが、ペルヴェーレ達は彼女の病がどのようにしてなるのかを知っている。
昔、まだペルヴェーレがテイワット大陸の執行官でいた時、執行官の博士から聞いた失われた実験。
それはテイワット大陸にいる精霊の力を人の子どもに入れ、擬似的な精霊を作り出すという狂気の実験だった。
七国の何処にも属さない…神のいない国。今は失われた王国。カーンルイア
この国は様々な人外的実験をしており、精霊を作り出す実験もまたカーンルイアで行われていたという。
フリーナはその精霊を作り出す実験の唯一の成功例である。だが成功と言っても完璧ではない。だから乖離症という病を患った。
乖離症は少しずつ存在が消えていく。それは誰にも気付かれない程にゆっくりと……
最初に現れるのは運動機能の低下。
そして体が透けて消えていく。
その為、この医療カプセルが必要となる。医療カプセルの中にいると乖離症の進行はとても緩やかになる。
だがそれでも進行はしていく。
カプセルの外に出ていると息が苦しくなったりする為、フリーナは機械を付けて延命措置をしている。
呼吸障害は病が進行している為である。進行していない頃は機械などは必要無かった。
眠っているフリーナを二人は見つめる。
「クリーヴ。フリーナは今、一人の男性に惹かれている」
「それは素敵ね。女の子は恋をすると綺麗になるし……」
「だがその相手が水龍だ」
クリーヴはペルヴェーレを見る。
「ペルヴィ。水龍というのはフォンテーヌを守っているという…あの方なの?それとも違う世界にいる龍?」
「私が見たところ彼はテイワットの元素龍だ。だが何故、龍が旅をしているのかは分からない。ましてや今の彼は音楽家でもある」
「確かテイワットでは龍は神様に力を奪われているとかだから、今のテイワットに嫌気が差したんじゃない?」
確かに今のテイワットは執行官の壮大な計画のお陰で、混乱地味ているところがあるが、それでも表向きは平和であるため、龍がテイワットを離れる理由は無いとは思う。
博識で物事を見透せるペルヴェーレだがそれでもあの龍の行動はよく分からない。
だが古龍は中立的立場でもある為、フリーナに危害は与えなさそうだ。
「グリーヴ。君に頼みがある。しばらくフリーナを見守って欲しい。夢境の国の異変も気になる」
「わかった。けど、ペルヴィ」
「なんだ?」
クリーヴは微笑む。
「人の恋路を邪魔しちゃ駄目だからね。きっと上手くいくよ」
そう言って微笑むクリーヴを見て、ペルヴェーレはクリーヴの頬に手を添える。
彼女は本当に……
「ペルヴィ?」
「分かっているよクリーヴ」
そしてクリーヴの額にキスをひとつ落としたのだった。
そこには執行官の顔はなく、クリーヴが好きなペルヴィの顔があった。
sideヌヴィレット
私の正体は音楽家ではない。テイワットの水の龍王である。
なぜそんな私がテイワットの外を旅をしているか。それはテイワットの滅びの運命を回避する為だ。
フォンテーヌの深海に住む私のところにフォカロルスが現れ、テイワットが滅びると言われた。
その為、その運命から逃れられる方法を探して欲しいと言われ私は音楽家と偽り星界を旅し始めた。
様々な国を回るうちに私のヴァイオリンの腕は上がり今では世界各地を回る音楽団に入り旅をしている。
生活費などを稼ぐにはちょうど良いと思っている。
そして今回はこの夢境の国での公演となったのだが、この国は現実世界と夢の世界があり私はそれに慣れなかった。
特に夢の世界は煌びやかであり、私はこの雰囲気がどうも苦手で広場で演奏をして時を過ごすことにした。
そんな時見かけた一人の少女。
フォカロルスと似た彼女は、青のドレスを身にまとった美しい少女だった。
だが何処か儚げで悲しそうな雰囲気を持つ少女
それがフリーナだった。
フリーナはこの夢境の住人ではなかった。多分彼女はテイワット大陸の人だ。
そして彼女から聞いた乖離症という病。
この病は聞いた事がない。テイワットには存在しない病なのだろうか?
そう思い、フリーナと別れたあと私は夢境の国の図書館に向かった。
テイワットと違い夢境の国は機械工学が発達している。
その為病も詳しく調べてある。
乖離症……
その病は見つかった。しかしそれはあまりにも酷いものだった。
「テイワットの病だったのか……」
乖離症という病はフリーナが言う通り存在が少しずつ消えていく病。
他人は分からないがゆっくりと症状は進み最後は消えてしまうという喪失の病。
そしてこの病は…人体実験の後遺症でもある。
本にはテイワット大陸で行われた狂気の実験が書かれていた。
テイワットに住む精霊の力を人に注ぎ込み、擬似的な精霊を作る実験。
その後遺症がフリーナの患う乖離症。
ということはフリーナは人体実験から生まれた子どもであるという事だ。きっと人のように人の胎内から生まれたのではなく、下手をしたら機械の中で生まれた可能性もある。
だからこそ何処か寂しげで儚げなのだろう……
旅をしているらしく仲間もいるらしいが、それでも彼女は夢の中なら走り回れるとも言っていた。
現実世界の彼女は医療カプセルの中にいるとも言っていたのでとても寂しい思いをしているのだろう。
「私の眷属に……」
龍は人を眷属にする事ができる。しかしそれは龍と同じ命を生きることとなり、フリーナには酷なのかもしれないと思い考えは消す。
だが私は彼女に強く惹かれている。彼女と共に居たいとも思う程に……
どうしたら良いものか……
そう思いながら私はスマホを取り出しフリーナにメッセージを送ったのだった。
フリーナと出会った日から私とフリーナは毎日逢瀬を繰り返す。
フリーナは夢の国の中で楽しそうに話したり、遊んだりしている。現実世界では出来ないことを彼女はこの夢の世界でしているようだ。
私も彼女に付き合い、公演までの長い時を過ごしている。
私が到着したのは公演の十日前だった為、比較的暇でもあった。
だが最近、不思議な視線を感じるようになった。
殺意はなくただ暖かな視線だ。
きっとフリーナの仲間が彼女のことを見守っているのだろうと思うがそこまで私は信用がないのだろうとかも思う。
「ヌヴィレットどうしたの?」
「なんでもない」
私の反応がないことを心配したフリーナが私に声をかける
ちなみに今は、秘密基地のベンチでフリーナに髪を整えてもらっている。
いつもは縛りもせずにしている髪の毛だが、フリーナが結びたいと言い出して、彼女に髪飾りを選んでもらいこうして髪の毛を整えて貰っている。
フリーナはどこか嬉しそうに鼻歌を歌いながら私の髪の毛をブラシで整え、そして下の方をリボンで結んだ。
「完成。こっちの方が似合ってるよ」
「ありがとう。確かに下ろしているよりずっと動きやすい」
「それは良かった」
フリーナは笑顔で私の隣に座る。
私はここ最近思うことがある。いつまでフリーナと共に居られるのだろうと……
公演まではあと三日となり、公演が始まるとこうした時間も無くなる。そして公演が終われば私はこの国でテイワットを救う情報を探し、見つからなければ次、公演が行われる国に向かうことになる。
そうなるとフリーナとはもう会えないだろう。彼女も旅をするものなら目的地は違う場所となると思う。
「ヌヴィレット」
「どうした?」
「キミは何者なんだい?」
フリーナは私を見つめる。その瞳は少しだけ戸惑いの色をしていた。
「何者とは?」
「君は少し、なんていうか…人ぽく見えないんだ。雰囲気って言うのかな?人とは違う気がして……」
フリーナの言葉に私は彼女の頬に触れる。
「フリーナ」
「ヌヴィレット…」
「私は…テイワット大陸にいる水の龍王だ」
するとフリーナは驚いたような顔を一瞬したが納得した表情をする。
「フォンテーヌの守り神様だったんだね」
「ああ。そしてフリーナ。君も、テイワットの者だろう?」
「そうだよ。僕はフォンテーヌの孤児院で暮らしてる」
私はフリーナを見つめる。
「フリーナ。君の病、乖離症。その病について君はどこまで知っている?」
「どこまでって……」
「何故君がそのような病になっているのか等を君は知っているのか?」
私の問にフリーナは小さく頷き、涙を零す。
「知ってるよ…僕のこの病は、人体実験の産物だってことも、僕が生まれた方法も全て僕は知ってる」
「フリーナ」
きっと彼女にとって生まれた記憶は辛いものだ。
これ以上聞くのは彼女を辛くさせてしまう。
私はフリーナを抱き寄せ、そして目尻の涙を掬いとる。
「ヌヴィレット……」
「すまなかった。辛いことを聞いてしまった」
「ううん…大丈夫だよ」
フリーナは微笑む。
その笑顔を見て私はある事を提案しようと決めた。
「フリーナ。君のその乖離症だが、私の眷属になれば進行を止めることが出来るかもしれない」
「眷属?」
「ああ。龍には人を眷属にするという方法がある。だがそれは私と同じ時を生きるということにもなる。それに病が完治するという訳ではなく、時が止まるだけ…だがそれでも乖離症が進むという恐怖は無くなる」
「病が…進まない……」
「ああ。だが長い時を生きることにもなる」
フリーナは困ったような顔をする。
きっととても難しい選択だろう。
「その提案。受けたらどうだ?フリーナ」
「お父様……な、なんでここに……」
声がして顔を上げるとそこには白髪の美しい女性が居た。
フリーナの言葉から彼女がフリーナの仲間なのだろう。
「君はその病に苦しんできた。その病は人の手から生まれた酷い産物。確かに治ることはないが、それでも襲い来る死の恐怖には勝てる」
「けど、僕…ずっと生きるなんて……」
「私たちはそう易々とは死なないから安心して欲しい。それに恋は人を美しくする。私達は君が美しくなる姿をみたいフリーナ」
お父様と呼ばれた女性の言葉にフリーナは頷き、私を見る。
「ヌヴィレット…本当にいいの?キミの眷属になって」
「私は構わない。共に君と居られるならそれで……」
「僕もヌヴィレットと一緒にいたい。だから僕を眷属にして……」
フリーナに抱きつかれ、私は彼女を抱きしめた。
何時の間にかお父様と呼ばれた女性は居なくなっており、私はフリーナを眷属にするために彼女の唇にキスをしたのだった。
フリーナside
キスだけで龍の眷属になれるなんて思わなかった。そう思いながら僕は現実世界で目を覚ました。
お父様の提案と僕の本来の願い。ヌヴィレットと共に居たいという願い。そのふたつが混ざり合い、僕はヌヴィレットの眷属となった。
眷属の証は下腹に刻まれており青の紋がでていた。
カプセルの中で寝返りを打つと、部屋にお父様が入ってきた。
「フリーナ。キミに客人が来ている」
「え?僕に?」
「ああ」
お父様はカプセルを開いてくれて僕の体に機械を取りつける。幾らヌヴィレットの眷属となったとはいえ病の進行が止まるのみで今まで進んだ病が治ることは無い。
「あとは二人の時間だ」
そう言ってお父様が出ていくとすれ違いの様にヌヴィレットが入ってきた。
「え?ヌヴィレット?な、なんで…」
「彼女に連れてきて貰った。フリーナ、体の方は…大丈夫だろうか?」
「う、うん…大丈夫……っ…」
僕はヌヴィレットに手を伸ばす
ヌヴィレットは僕の手を握ってくれる。
「フリーナ。君を一人に等しない。君の旅に私もこれからは同行しよう」
「ほ、本当?」
「ああ。私もテイワットを救うのが目的であり、君達と目的は同じ。私の公演場所を回りながらの旅にはなるが彼女は受け入れてくれた」
ヌヴィレットの言葉に胸が暖かくなり、僕はヌヴィレットに強く抱きつき、そしてヌヴィレットもまた僕を強く抱きしめてくれて、僕は生きてきた中で一番の幸せを今日、感じたのだった。
end