4月1日「今日、記念日でよお」
工藤の手元のカップにはブラックコーヒーがなみなみと注がれていた。白い陶磁器の其れは彼の母親である工藤有希子が買い揃えたブランドのもので、値段を感じさせない素朴で繊細なデザインが気に入っているのだという。
ソーサーからカップを持ち上げ、緩やかに傾けて湯気のたつ真っ黒な液体を啜り、そうしてまたソーサーへカップを置くという一連の仕草は、成程世界的大女優の血を引いているだけあるな、と思わせる程に美しさを携えていた。整った指先が引っ掛けるカップの佇まいがより一層その美しさを際立たせ、まるで宗教画のような洗練ささえも感じさせた。
勿論、その唇から紡がれるのは血生臭い殺人事件の話や、最近読んだ推理小説の巧妙なトリックの話ばかりなのだが。
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