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    ちゃんと可愛い彼女がいるkdくんとkrbくん

    4月1日「今日、記念日でよお」
     
    工藤の手元のカップにはブラックコーヒーがなみなみと注がれていた。白い陶磁器の其れは彼の母親である工藤有希子が買い揃えたブランドのもので、値段を感じさせない素朴で繊細なデザインが気に入っているのだという。
    ソーサーからカップを持ち上げ、緩やかに傾けて湯気のたつ真っ黒な液体を啜り、そうしてまたソーサーへカップを置くという一連の仕草は、成程世界的大女優の血を引いているだけあるな、と思わせる程に美しさを携えていた。整った指先が引っ掛けるカップの佇まいがより一層その美しさを際立たせ、まるで宗教画のような洗練ささえも感じさせた。
    勿論、その唇から紡がれるのは血生臭い殺人事件の話や、最近読んだ推理小説の巧妙なトリックの話ばかりなのだが。
     

    「記念日だあ?」
     
    ピクンと眉を跳ね上げた黒羽は、口をへの字に曲げながらそう繰り返した。
    彼の手元にも工藤のカップとお揃いのティーセットが置かれており、黒羽は小振りの可愛らしいティースプーンで真っ黒な液体にとぷんとぷんと投入したブラウンシュガーを溶かし込んでいるところだった。みるみるうちに形を崩していくシュガーに、今度はミルクピッチャーへ手を伸ばす。どれもこれも、工藤邸に居候する大学院生が用意してくれたものだった。
    甘味とまろやかさを存分に足したこのコーヒーを黒羽は好んでいた。特に、自堕落に快楽を貪って気怠い体を引き摺ったまま深い眠りに落ちた翌日には最適だった。それは工藤にとっても同様のようで、セックスをした次の日は‪正午‬直前にずれ込んだ朝食の席でこうしてふたり、コーヒーを啜るのがお決まりになっていた。
     
    「そう、記念日」
    「オメーそういうの気にする性質だっけ」
     
    黒羽は脳裏に彼の幼馴染であり彼女でもあるあの腕っ節の強い少女のことを思い浮かべた。
    これまでの経験から察するに、彼女はそういった記念日や季節ごとのイベントを人並みには気に掛けるタイプで、対するこの男は健全な高校生男子らしく気にしたりドギマギしてみせたりする可愛気はあるものの、事件となるととんとその存在を忘れてしまうような、そういう無神経なところがあった。結果的に彼女に待ちぼうけを食らわせたり、すっかり忘れて怒らせたり、挙句の果てには泣かせたり、そんなことばかり繰り返していたように思える。なので随分とまあ珍しいことを、などと思いながらそう返せば、工藤は黒羽の思考を読み取ったかのように「いや、アイツじゃなくて」と遮った。
     
    彼女じゃないとすると。
    黒羽はカレンダーの日付を確認して漸く成程と納得した。
    くるくると意味もなくモカブラウンの液体を掻きまわしていたティースプーンを持ち上げて、滴る雫をカップの縁に伝わせる。そしてその曲線を描く先端をゆらゆら揺らしながら工藤に突き付けた黒羽は、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて言った。
     
    「さては浮気だな」
     
    茶化すような言葉とは裏腹に真っ直ぐ己を射抜く蒼い双眸に、工藤はうっそりと口元を綻ばせて、そうしてゆったりとした動きでコーヒーを啜る。

    「オレがいつ浮気なんてしたよ」
    「昨日の夜、彼女がいるのにオレのことめちゃくちゃに抱いた」
    「彼女がいるのにオレにめちゃくちゃに抱かれた、の間違いだろ」
    「ひどい!アタシのことは遊びだったのね!」

    突然の怒気を孕んだ少女の甲高い声に、工藤はいささか乱暴にカップをソーサーへ押し付けた。カチャンと響いた陶器特有の音に被せるようにして「おま、バッ、やめろよ!」と酷く動揺した情けない声。神出鬼没の白き怪盗と同様、老若男女の声色を使いこなすという黒羽のこの特技に、工藤は毎度毎度振り回されてばかりだった。
    広いリビングをぐるりと警戒するように見回す。どうやら工藤邸の居候人にも、いつも突然来訪してくる幼馴染みの彼女にも、勘違いされ修羅場を招きかねない黒羽の罵声は拾われずに済んだらしい。


    「んで、結局記念日ってなんなんだよ」
    「あ?」
    「オメーが自分で言ったんだろ、今日は記念日だーって」
    「あー」

    はあああ、と長く重たい溜め息を吐いた工藤に対して黒羽はあっけらかんとしている。若干の疲労感を感じさせるように眉間に皺を寄せて端正な顔立ちを歪めていた工藤は、ソファに深く座り直すと、そのまま肘掛けに頬杖をついた。意味ありげにそこで言葉を区切ると、ミルクのせいで少し温くなったコーヒーを傾ける黒羽の方をちらりと見遣る。挑発でもするように、その唇の端が吊り上がった。

    「初めて会った日なんだよ、オレとアイツが」

    えー、なにそれ絶対浮気じゃーん。
    思ったけれど、口に出すのはやめておいた。此方の挙動を探り、腹の奥の方に仕舞いこんだ秘密を暴き立てるような蒼い双眸に、黒羽はゾクリと背筋に震えが走るのを感じてしまう。これは果たして恐怖なのか、快楽なのか、黒羽自身にも知り得ない。

    「こりゃまた随分とお熱じゃねーか」
    「実は今夜も待ち合わせしてんだよ」
    「へぇ、何処で?」
    「東都大博物館に夜の8時」

    コーヒーの馨しい香りの立つリビングに、ヒリヒリとした空気が張り詰めた。筋肉の僅かな痙攣、眼球の動き、ほんの些細な呼吸の乱れ。その反射ひとつで、獰猛な獣に喉元を食い破られるような、そんな緊張感が走る。

    どれだけお互いに視線を絡ませていたのだろうか。随分と長い時間のようでもあったし、たった一瞬のことのようでもあった。先に空気を緩ませたのは黒羽の方で、「博物館かよ、色気ねーな」と吐き捨てた。そしてまるでもうこの会話には飽きた、とでも言うかのようにソファから立ち上がると、ググッと背伸びをしてカップに残っていたコーヒーを飲み干す。
    茶渋が付着するのを嫌がる工藤有希子と居候人に気を使って、飲み終えたカップはそのまま放置しないことにしていた。空のカップを乗せたソーサー、ミルクピッチャーとシュガーポットを器用に両手で持った黒羽は、先程の剣呑な雰囲気などまるでなかったことのように軽く鼻唄混じりに工藤の脇を横切っていく。

    「気になんねーの」
    「なにが」
    「オレの記念日の相手」
    「べえーつにい」
    「そーかよ」

    ふい、とそっぽを向くような気配がした。ので、黒羽はふむと考え込んで、そうしてくるりと踵を返した。だらしなくソファにぐでんと体を預けている工藤に近付いていくと、悪戯を仕掛けるようにその顔を上から覗き込む。

    「実はオレも今日、記念日でさあ」
    「へえ、お相手は?」
    「最も出会いたくない、……最愛の恋人?」
    「もう既に出会ってるかもしんねーぜ?」
    「まさか!待ち合わせは今夜だよ。まあ、多分また顔だけ見てさよならだな」
    「言ってろよ、今日こそとっ捕まえてや、」

    工藤が言い終わる間もなく、黒羽がその唇を塞いだ。言葉ごと呑み下すように。そんな挑発など無意味だと嘲笑うように。

    「……随分と熱烈だな」
    「オメーの今夜の待ち合わせ相手には負けるさ」
    「そりゃこっちの台詞」
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