Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    cyan_s14n0

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 2

    cyan_s14n0

    ☆quiet follow

    これの続き読みたいんですけど,プロットどこいった??
    多分これ練ってるときに,にょた設定思いついて,愛だの好きだのをそっち持って気がするんだが,『これはこれで続き書いとけよ』と今思ってる。ちょこっと編集してちょこっと付け足して,支部に上げるかなぁ。って感じ。

    無題1 ぐるぐるぐるぐる



    愛なんて呪いだ。
    そして、不確定要素の塊だ。そんなものに振り回されるほど五条は暇ではない。だから、自分の三大欲求の一つを解消するために、上辺だけの愛を囁いて、少し優しくしてやり、どこかしらの奴らを引っかける。本性など見せることはないし、今後も見せるつもりがない。しかし、奴らはどいつもこいつも、必ずこう言うのだ。
    「愛しているから、あなたのすべてが知りたいの」
    〝愛している〟など,なぜそんなに軽々しく言えるのか,五条は不思議でならなかった。だから,やんわりと上辺だけお礼を言い,体だけを提供してもらうことに努めた。しかし,そんな五条の努力も虚しく,しつこい奴らはしつこく迫ってくる。ならば良かろう、と少しだけ本性を見せてやると、必ずといっていいほど、顔を青ざめさせながら引きつらせ、怯えたような態度をとってくる。
    「怖気づくくらいなら、簡単に僕を愛しているとか言うなよ。もう君に用はない、さよならだ」
    その時点で五条は相手の名前も声も顔すらも忘却の彼方へ押しやる。
    それの繰り返し。
    五条は今までそうやって生きてきたし、これからもそう生きていくつもりだった。

       ◇

    カリカリと紙に鉛筆を走らせる音だけが聞こえる教室で、五条はふわっと欠伸する。それに対してため息をついたのは、五条の受け持ちの生徒の一人である虎杖悠仁だった。
    「先生、やる気なくなるから欠伸せんで」
    「えー。だったら、さっさと終わらせてよ」
    「すぐ終わらせられるくらい頭がいいなら、他の二人みたいに、追試なんて受けてないんだよなぁ」
    自分の頭の悪さに絶望して,悠仁は頭を抱えてしまった。そんな悠仁の手元にあるプリントを五条が覗き込むと、半分以上白紙のままだった。
    「これは、時間かかるね。……あと、ここ間違ってるよ」
    「あーもう‼どうにかコレ免除にならない?」
    そう言われても、五条にその権限はない。一応、呪術高専は国に高等学校として登録してあるので、卒業までにある程度の学問も履修する必要がある。だから、悠仁が喚こうがどうにもならないのだ。しかし、救済処置として五条はあることを思いついた。
    「免除にはならないけど、僕の質問に答えられたら、問題のヒントをあげよう」
    「マジ⁉」
    この難攻不落の追試がどうにかなるのならば、とキラキラと目を輝かせて、悠仁は五条からの質問を待った。そんな悠仁に五条は突拍子もない質問を投げかけた。
    「悠仁は《愛》って何だと思う?」
    「あい? LOVEの愛?」
    「そう」
    静かに頷いた五条に対して、悠仁は腕を組んで唸りながら考える。〝愛とは何か〟なんて今まで真剣に考えたことがなかったので、すぐさま答えを導きだすのは難しい。
    「これって、俺の場合ってこと? 一般的にはってこと?」
    「悠仁の場合でいいよ」
    「俺の場合……ね」
    悠仁は、腕を組んで首を傾げ、目を瞑り、顔を顰めながら考える。そこで、ふと『なぜ五条先生はこんな質問をしたのか』と疑問に思い、ちらりと五条の方を見た。すると、五条は教卓に頬杖をつき、じっと悠仁の方を見つめていた。そこで、なんとなくだが『この質問には真剣に答えるべきだ』と悠仁は感じて、なんとか自分の思う《愛》を考える。そして、考えがまとまらないままに口を開いた。
    「――俺は」
    「うん」
    「相手に見返りを求めないことと、相手を受け入れることが《愛》だと思う」
    「へぇ」
    五条は悠仁の言葉に感嘆しながら、口元に右手を当てた。そして、左手の人差指で教卓をトントンと叩いた。その間、悠仁は《愛》というものを語ってしまった気恥ずかしさから、顔を真っ赤にして俯いていた。しばらく、妙な沈黙が続いたあと、「よし!」と五条が言って、悠仁の方へ身を乗り出した。
    「ねぇ、悠仁」
    「な、なに?」
    突然五条が顔に接近してきたので、悠仁は体を後ろに引いた。そして二人は変な体勢のまま話が進んでいく。
    「約束どおり、追試の問題のヒントをあげる」
    「や、やったー‼」
    「ただし」
    悠仁が万歳をして喜んだのもつかの間、五条が悠仁の額に人差指を押し当てる。そして、ニヤリと口角を上げてこう言い放った。
    「僕に悠仁の《愛》をくれない?」
    「???」
    万歳の格好のまま、悠仁は首を傾げる。そして、疑問を口にした。
    「先生、俺のことそういう意味で好きなの?」
    そう問われて、今度は五条が腕を組んで悩みだした。黙ったまま口元に手を当てて、首を傾げている。
    (違うっぽいな)
    悠仁は、五条の態度からそう判断して、呆れたように口を開いた。
    「先生、あのさぁ。好きでもない相手に、そういうこと言うのやめな。勘違いしちゃう人絶対いるから」
    それから、悠仁はため息をついて、すっかり放置してしまっていた、追試に再度取りかかった。問題用紙を見ながら、さっき間違えを指摘された箇所を確認していると、突然五条に問題用紙をひったくられた。慌てて悠仁が顔を上げて五条の方を見ると、五条は問題用紙に赤ペンで何やら書き込み始めた。その作業をしながら五条が話を始める。
    「僕はそもそも,悠仁のことだけじゃなくて、好きとか好きじゃないとか、そういうの分かんないんだよね」
    「あー、そうなの?」
    「そう。今度は《好き》って何? って聞きたくなる」
    哲学的な話になりそうで、悠仁は少しうんざりした。そういうのは得意ではないのだ。聞かれたらどう答えようか、と思案していると五条は悠仁にその質問はせず、一人で話を進めていく。
    「《好き》も《愛》もよく分からない。食べ物だと甘いものが好きだけど、それには『脳のエネルギー源になるブドウ糖を過剰に摂取できるから』っていう理由が明確につけられるんだよね。明確な理由が付かない《好き》とか《愛》ってどういうのを言うんだろうね。色んな人に聞いてみても、どれも全く納得いかないんだよね。《好き》とか《愛》とかの事象が発現した理由になったものって、お金、家柄、顔……まぁそこら辺でいくらでもつけられるんだけど、それって《僕》である必要性がないものじゃない。それと等価のものがあれば、いいんでしょ。なら、なんでわざわざ僕に《愛》だの《好き》だの言うんだろう。他の奴らで満足しとけよって思わない?」
    「先生、相当ストレスたまってんね?」
    悠仁は、怒涛に喋り始めた五条を心配そうに見つめた。そんな悠仁に五条は苦笑いで返し、問題用紙を手渡した。それを見ると、各問題を解くヒントが赤い文字で書いてあり、悠仁は「わかりやすい!」と感動した。それから、ヒントを見ながら、問題をすらすらと解いていく。すると、先ほどの四分の一程度の時間ですべての問題が解き終わった。喜々として五条に手渡し、採点されるのを待つ。いつくか間違いはあったが、追試の合格ラインは超える得点を取ることができていた。ほっとして五条を見ると、五条もまた悠仁を見ていた。それから五条は採点が終わった解答用紙を悠仁に手渡し、話始めた。
    「それで、さっきの話の続きだけど、僕は《愛》が分からない。でも悠仁の言う《愛》を聞いて、体が震えるくらい《それが欲しい》と思っちゃったんだよね」
    「え?」
    「だから、それ僕にくれない?」
    「俺のこと好きでもないのに矛盾してない? あ,そもそも《好き》ってことが分かんないのか……うーん」
    顔を顰めて悠仁は五条を見つめる。正直好きでもない相手に《愛》を注げるかどうかと聞かれると、悠仁は難しいと考えている。しかし、五条を諦めさせようにも,悠仁は彼を納得させるだけ理論的な発言ができない。
    (どうしたもんか)
    黙ってひたすら考えても答えが出なかった。困った表情を浮かべて、悠仁は五条を見上げると、五条は不思議そうに首を傾げた。
    「できなさそう?」
    「うーん。〝できる〟か〝できない〟で聞かれると、〝できそうにない〟って言うのが本音かなぁ」
    「なんで?」
    まさか理由を尋ねられるとは思っていなかったので、悠仁は目を見開いた。そして呆れたように言葉を発した。
    「だって、先生は俺を恋愛対象として好きではないわけでしょ? それは俺も同じなの。先生のこと好きだけど、そういう意味では好きじゃない。となると、先生が欲しい《愛》を俺があげられるかってなると、どう考えても無理だと思わない?」
    「なるほどね」
    頷いた五条を見て、納得してくれたと思った悠仁は、席から立ち上がって帰り支度をする。筆記用具や返却されたテストをカバンに入れて、教室から出ようと扉に向かって歩き出した。すると、右手を五条に掴まれる。
    「え? どったの?」
    話はすでに終わったと思っていたので、悠仁はその掴まれた右手を見て、困惑する。そんな悠仁を五条は自分の方へ引き寄せた。ぐらりと体が傾き、悠仁はされるがまま五条の胸の中へ飛び込んでしまった。
    「ちょっと先生。今度はなに?」
    「僕が悠仁を好きになればいい?」
    唐突にそう言われて、悠仁は眉根を寄せる。それから、ぐいっと五条の胸を両手で押した。しかし、思いのほか五条の腕の力が強く、離れることが叶わなかった。
    「《好き》が分かんねぇのに、『好きになればいい?』って喧嘩売ってんの? 好きにならなくていいし、もうこの話終わりにしようよ」
    「ヤダ」
    「くっそ我儘だなぁ。だってどうすんのさ。お互い恋愛感情ないわけでしょ? そんな状態で先生が知りたい《愛》が分かるような状況になるとは思えないんだけど」
    「ねぇ、悠仁は《好き》って分かってんの?」
    「流石に分かってるよ」
    「そっか」
    笑って頷いた五条は、悠仁を抱きしめていた腕の力を緩めた。その隙を悠仁は見逃さず、素早く五条から体を離した。それから悠仁は臨戦態勢をとり五条を睨みつけたが、五条は両手を上げて降参をするように両手を軽く上にあげた。
    「そんな警戒しないでよ。僕いいこと考えついちゃった」
    「なに?」
    五条は〝いいこと〟と言ったが、悠仁は嫌な予感しかしなかった。だから、ゴクリと唾を飲み込み五条の発言を待った。すると、五条は緩やかに口角を上げて口を開いた。
    「悠仁が僕を好きになればいいんだよね」
    「はぁ?」
    先ほど悠仁は五条に『恋愛対象として好きではない』と言ったはずだった。それを聞いていたはずなのに、五条は悠仁にそう言った。意味が分からなくて、悠仁は顔を歪ませてしまう。そんな悠仁に五条は静かに近づいた。それに気づいて、悠仁は慌てて後退する。しかし、歩幅というものは残酷で、あっという間に二人の距離は縮まってしまった。悠仁がそれに気づいたときには、顎を五条に掴まれていた。
    「ちょっと待って先生」
    「大丈夫。何も心配いらないよ。頑張るから、僕に惚れてくれない?」
    「何が大丈夫なのか、わかんっ……」
    抗議しようと悠仁が口を開くと、突然五条の綺麗な顔が悠仁の顔に近づいた。すると、悠仁は発しようとした言葉は、音になることはなく、代わりにリップ音が教室に響いた。
    悠仁の頭は、突然のことに真っ白になる。体は石のように固まり、五条を引き離すことさえできない。そのうえ、混乱で上手く働かない頭は、酸欠によって更にぼーっとしてしまう。とうとう、膝にも力が入らなくなり、体が重力に誘われ、床にペタンと尻餅をついてしまった。それによって唇は解放されたので、悠仁はゆっくりと深呼吸した。それを見た五条は、悠仁に視線を合わせるようにしゃがみ込み顔を覗きこんだ。
    「どう? いい案だと思わない?」
    悠仁はニコニコする彼の表情を、呆然と見つめながら、肩で息をして一生懸命脳に酸素を送った。それから、体に力が戻ったことを確認して、ぐっと拳を握りこんだ。そして自分勝手な目の前の男の顔面にその拳を叩きこんだ。
    しかし素早く繰り出したそれを,五条はいとも簡単によけた。それに悠仁は憤りを覚えるが、今はそれよりも五条から一刻も早く離れたかった。だから、急いで立ち上がり、カバンを掴み、教室の扉から飛び出した。その際、五条への罵倒を忘れない。
    「俺、今のファーストキスだったんだぞ‼ 最悪‼ 絶対好きになんかなるもんか‼」
    顔を真っ赤にしてそう叫んで、悠仁は廊下を全速力で走り抜けた。
    一方、悠仁の罵倒とも言えないような叫びを聞いて、五条は自分の唇を指でなぞった。
    「ファーストキスだったんだ。へぇ、可愛いね。悠仁」
    ほくそ笑んで、教室の窓際まで歩く。そして、校舎から飛び出し寮まで全速力で駆けていく可愛い生徒の後ろ姿を、見えなくなるまで見送った。

       ◇

    微睡みの夢から意識が覚醒へと向かう。
    悠仁はうっすら目を開け窓の外を見た。まだ薄暗く朝日は昇っていない。深く息を吸い込むと、冷たい空気で肺が満たされる。こういう日は、布団から出たくはない。出たくはないが、今日も今日とて任務がある。少し唸って、ゆっくりと起き上がった。寝起きは悪い方ではない。むしろいい方である。しかし、こんなに気分が悪いのは夢見が悪かったせいかもしれない。
    「最悪だなぁ、せっかく忘れてたのに」
    そう呟いてゆっくりと唇を指でなぞった。〝色々なこと〟があって忘れていた元担任とのやりとりを,こうやって夢に見て思い出すとは思わなかった。
    あのやりとりから数週間後、五条は封印された。彼が封印されたことで、自分がどれだけ彼に守られていたのかを思い知り、絶望の淵で必死にもがいた。必死にもがき、仲間と共に戦って彼を解放した。すると今度は自分の中の呪いが暴れ出した。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことで、今度は元担任や仲間たちに自分の呪いと戦わせることになってしまった。そんなときにも、彼は一人なんの問題もないように、
    ――任せて。僕、最強だから。
    そして《呪いの王》とまで言われたそれを、多少苦戦しながらも完全に祓ってしまった。そのとき、もちろん悠仁は死を覚悟はしていた。むしろ死のうと考えていた。それなのに彼は、悠仁を死なせてはくれなかった。そのことを思い出すと、ため息が出てしまう。
    「酷いんだよなぁ、先生は」
    身支度を整えようと洗面台に向かう。そこに映った酷い顔に、もう一度ため息がでた。気持ちを切り替えようと、冷水で顔を洗い、真新しいタオルで顔を拭いた。それから、軽く体を伸ばして、制服に着替えた。
    彼がカスタムしたこの制服に袖を通してから、約三年。意外と長い月日が経った。そして、そろそろ答えを出さねばならないと、考えては打ち消して、もう一度考えては打ち消していた。
    一つ断っておくと、悠仁はまだ五条のことを恋愛対象として好きではない。これは意地を張っているわけでは……決してない。
    「五条先生を好きとか、ちょっと考えたって色々と無理があるだろ」
    自分に言い聞かせるために呪文のように呟き、パシンパシンと頬を叩いてから寮の自室を出る。それから、朝食をとるために食堂へ向かう。その途中、寮の談話室の前を通るのだが、ここを通る際には気合が必要だ。なぜなら、大抵そこには《彼》がいるからだ。案の定視界の端に談話室のソファに座る元担任が見えた。
    (気づかなかったことにしようかな)
    幸いなことに、彼は書類を読んでいて、廊下から視線は逸れている。気配を消して通り過ぎれば、気づかれないかもしれない。だから悠仁は静かにそこを通り過ぎようとした。しかし、その途中でふわふわの銀髪を揺らして彼は首を悠仁のいる方に回した。
    (あ……)
    その瞬間、なぜだか悠仁は足が縫い留められたように、その場に立ち止まってしまい、しばらくの間見つめ合ってしまった。すると、彼はニヤリと笑って、口を開いた。
    「おはよう、悠仁」
    「……おはよう。五条先生」
    爽やかな朝に似つかわしくない表情になってしまうが、悠仁にとってはこれが精いっぱいだ。
    (なんでほぼ毎朝ここに居るんだろ。先生暇なんかなぁ)
    「今失礼なこと考えていたでしょう」
    ギクリと体を固まらせて、悠仁は視線を五条から外した。それをした時点で、五条の言ったことが図星であることが明らかになったのだが、悠仁はそれに気づかない。だから、言葉を濁してなんとか誤魔化そうとしてしまう。
    「いやぁ……」
    「悠仁って分かりやすすぎて、心配になるね」
    綺麗に口角を上げて五条がそう言うと、悠仁はぐっと言葉に詰まった。眉間にぎゅっとシワを寄せた悠仁を見て五条は楽しそうに笑った。それに腹が立った悠仁は、とげとげしい声色で五条に尋ねた。
    「先生って暇なん?」
    「あらま、そんなことを考えてたの? そんなわけないじゃん」
    「だって毎朝ここにいるじゃん。忙しい人が、こんなところで暢気に生徒に話しかけないでしょう」
    「生徒思いの五条先生は、毎朝みんなの様子が気になるもんでね」
    「あっそ。俺は元気だよ。じゃあね」
    苛立っていた悠仁は、そっけなく五条に言って、その場を立ち去ろうと食堂へ向けて一歩踏み出した。しかし、それ以上進むことは叶わなかった。なぜなら、五条が悠仁の手を引いて自分の隣に座らせたからだ。
    「ちょっと‼」
    一体なんのつもりか分からなくて、悠仁は抗議の声を上げるが五条は意に介してないようだった。
    「何怒ってるの?」
    「あのね、先生。俺は朝から任務なの。それに朝ごはん食べたいの‼ 腹減ってんの‼」
    「お腹がすいていて怒ってるのかぁ。なるほどね、じゃあ行こう」
    五条が立ち上がり、悠仁も五条に掴まれたままの腕をそのまま引っ張り上げられ、無理矢理立たされた。
    「なぁ先生。さっき生徒思いって言ってたよな? だったら他の生徒の様子もちゃんと見たら? 俺のことは放っておいて。じゃあもう行くから」
    未だに手を離さない五条を悠仁は苦々しく見る。ブンブンと振っても離れなくて、ため息しかでない。
    「うん。だから行こう」
    「いや、俺一人で行くから。さっきも言ったけど,先生はここで他の生徒の様子でも観察してなよ」
    「どうして?」
    「『どうして』って……」
    (自分がさっきみんなの様子が気になるって言ったんじゃん)
    そのセリフをぐっと飲みこんで、悠仁は五条を半眼で見つめた。これ以上、言葉で抗議しても五条に負ける気がしたからだ。瞬き一つの間そうしていると、五条が掴んだ腕を引っ張り、悠仁を引きずるように歩き出した。
    談話室から廊下に出て、食堂とは逆方向に歩みを進める。そのことに焦った悠仁は、歩みを止めてつま先を立てて、進行方向とは逆向きに全体重をかける。ザリザリと靴のかかとが削られていくが、それに構う余裕が今の悠仁にはなかった。
    「どこいくんだよ‼ 食堂と逆方向じゃん‼」
    叫ぶようにそう言うと、五条は顔だけで振り返り、歩みは止めずにこう言った。
    「食堂行くなんて言ったっけ?」
    そう言われると、確かに五条は食堂に行くとは言っていない。ただ『じゃあ行こう』と言っただけだ。悠仁としては、一緒に食堂に行って一緒に朝ごはんを食べるものだと思っていたので、予想がはずれてより一層焦る。
    「じゃあ、どこ連れてくんだよ」
    「え? いいとこ」
    ニンマリと口角を上げて、五条は歩くスピードを上げた。もはやそのスピードは片手で80㎏を超える男子を引きずりながら出せると思えないような速度だった。これ以上の抵抗は無駄だと考えて、悠仁は体重をかけるのをやめて、小走りで五条について行く。
    「〝いいとこ〟ってどこだよ」
    ため息交じりにそう言うと、五条は「ふふん」と鼻を鳴らした。答える気はないらしい。
    そのまま五条に連れられて歩くと、校門前についた。そこにはいつも任務に使っている車と、伊地知がいた。
    「あれ? 伊地知さん、おはよう」
    「お、おはようございます虎杖君。あの、五条さん……」
    状況が飲み込めていない悠仁と伊地知が五条を見上げる。すると五条は、悠仁から手をはなし、パチンと手を叩いた。
    「朝ごはん食べに行こう‼ そんで、そのまま楽しい任務に直行だよ‼」
    「「は?」」
    悠仁はポカンと口を開けて固まった。片や伊地知は慌ててタブレットを取り出し、任務の確認をする。
    「ご、五条さん。今日、虎杖君は他の学生との合同任務が入っています。それに五条さんは朝から上層部との会食がありまして――」
    「うん。そうだね。悠仁がお腹すいてるらしいから、とりあえず朝ごはん食べに行ってくるね。その後、一緒に任務行ってくるから」
    「ちょっと待ってください、五条さん。時間的に今から出発しないと、会食に間に合いませんよ。それに確かに任務がありますが、その任務は虎杖君では荷が重いかと」
    「うーん。会食は向こうが勝手にセッティングしただけで、僕了承してないし。任務は僕がいるから大丈夫でしょ。悠仁が怪我するようなヘマを僕がするわけないじゃん」
    ヘラリと笑った五条に対して、伊地知はゴトリとタブレットを地に落とした。それから、伊地知はだんだんと顔を青白くさせ、「どうしよう。どうしよう」と呟き出した。顔面蒼白の伊地知を見て、悠仁は五条に声を荒あげた。
    「先生、伊地知さんを困らせたら、ダメだよ」
    「ふむ。それはそうだね」
    五条は素直に頷いて、ポケットからスマホを取り出した。それを無言で操作して、耳にあてた。
    「あ、僕だよ。今日行かないから。じゃ」
    すると、スマホから怒声といっても遜色ないような声が響いてきたが、五条はそれを無情にも無視し、通話を切った。そして、またどこかに電話をかけた。
    「あ、お疲れ。あのさ、今日悠仁さ、僕が預かるから。うん。お願いね」
    次の電話の相手とは穏便に話が済んだようで、叫ぶような声は聞こえてこなかった。しかし、悠仁は自分の名前が会話に出てきたことを不思議に思って五条に尋ねる。
    「誰と話してたの?」
    「今のは君の担任だよ。さっきのは……悠仁は知らなくてもいいかな。さてこれで――」
    五条は続きを話そうとしたとき、ピリリリと電子音がけたたましく鳴った。五条と悠仁が音のした方向を見ると、伊地知が冷や汗をかきながら、電子音を鳴らし続けているスマホを見つめていた。スーっと大きく息を吸った伊地知は、スマホを通話方向へフリックする。
    「はい、伊地知です」
    すると、スピーカーからすごい怒声が漏れてきた。鼓膜が破れそうな音量で、伊地知は慌てて耳からスマホを離す。涙目になりながら、もう一度耳元に当てようとすると、そのスマホを五条にひょいっと奪われた。驚愕して、五条を見上げると彼は、心底鬱陶しそうに口元を歪めて、口を開いた。
    「僕のことを伊地知に文句言っても仕方ないでしょう。だから行きたくないんだよね。大体、そっちが勝手に決めたことをどうして僕が忠実に守らなくちゃいけないの。いい加減にしてよね。さもないと……分かってる?」
    『我らを愚弄するつもりか、五条』
    「するつもりかって?もうしてるよ。残念なことにね。もう僕のことに構ってないでさ、自分たちの余生の心配してた方が身のためじゃないの?」
    『若造が、調子にのるなよ』
    「調子?のりまくりだね。もうノリノリだよ。ノリノリついでにさ、そろそろ本腰入れてくから。覚悟してろよ」
    一段と低い声で、そう言うと五条は通話を切った。そしてスマホを伊地知に渡す。
    「はぁ。嫌だねぇ。朝からホントに全く爽やかさの欠片もないよ。とりあえず、これで問題ないね。じゃあ悠仁行こうか。あ、伊地知はここで解散ね。今日は事務仕事やってて。溜まってるって昨日嘆いてたでしょ。今日は任務後のピックアップだけでいいから、じゃ」
    伊地知に手を振って、五条は目隠しを外し、サングラスをかけた。それから、五条は再び悠仁の腕を掴み、校門を後にした。
    五条に引っ張られながら、その後頭部を見上げて、悠仁はため息をつく。
    (こういうところなんだよなぁ)
    五条が介入すると、問題がするすると解決して行ってしまう。今回のことは問題を起こしたのが、そもそも五条なので自己責任といえば、自己責任なのだが、悠仁はそれが眩しくてたまらない。問題を起こしても、抱えきれずに蹲ってしまう自分と、鮮やかに解決してしまう五条には、圧倒的な《壁》ある。
    (本当に、酷いよなぁ先生は)
    それをまざまざと見せつけなくてもいいのに、わざわざこうやって悠仁に絡んでくる。それを見せつけられて、悠仁はまた蹲りたくなる。初めて会った時のように、ただその強さに羨望するだけだったら、追いつきたいと焦がれるだけなら、こんな気持ちにならずに済んだはずだ。だから、悠仁は恨めしく思ってしまう。
    (もう、ほっといてくれよ)
    そう思うのに、掴まれた腕を振りほどけない自分に、悠仁は大いに落胆した。

       ◇

    「いいとこって、ここ?」
    「そう。いいとこでしょう?」
    目の前のお店を見つめた。随分レトロなお店だ。もしかしたら、そういう雰囲気だけで創業は最近であるとかは、よくある話だが中に入ると、その説はすぐにかき消えた。
    カウンターに数席と四人掛けのテーブルが二つあるだけのこぢんまりとしたカフェだった。カウンターの向こうでは、マスターであろう初老の男性が、見たこともない器具を使いコーヒーを入れており、コポコポという心地の良い音と、香しいコーヒーの香りが店の中に充満していた。それらの器具、テーブルや椅子も使い込まれており、これは雰囲気だけで醸し出せるものではないと分かった。
    キョロキョロと店の中を悠仁が見ていると、マスターがこちらに気づいて、ニッコリとほほ笑んだ。
    「いらっしゃいませ。お二人ですか?」
    「はい」
    さらりと五条が答え、それからテーブル席を指さした。それにマスターはほほ笑んだまま頷いたので、五条と悠仁はテーブル席に座った。窓から外が見え、慌ただしく出勤するサラリーマンや通学する学生が見えた。
    「いいところでしょう」
    「そうだね」
    頬杖をつきながら、こちらを見てくる五条に、悠仁は視線を合わさずにそう返した。そして悠仁がぼんやりと窓の外を見つめていると、マスターがテーブルまでやってきて、水とお手拭きを置いた。悠仁が軽く会釈をすると、マスターは微笑み返してくれた。
    「朝はモーニングしかやっておりませんが、大丈夫ですか?」
    「はい。それでお願いします」
    マスターが注文を尋ねる……と言うより確認をすると、五条がそれに頷いて答えた。それから、マスターは「かしこまりました」と言ってテーブルから離れていく。悠仁はそれをじっと見つめて、ぱちぱちとゆっくり瞬きをした。すると、五条がテーブルの上にある悠仁の腕を人差指で、つんつんと突く。
    「ねぇ、こっち向いてよ」
    (ばれてたか)
    罰の悪そうな顔をして、悠仁は渋々五条と視線を合わせる。サングラス越しにでもキラキラとした碧眼が見えて、何もかも見透かされているような気分になる。
    じっと黙って見つめ合っていると、すっと碧眼が細められる。琥珀色の目はそれに対して左右に揺れた。それでも、視線は外れなかった。
    しばらくすると、トンとテーブルにモーニングがのったトレイが置かれた。ハッとして悠仁が首を横に向けると、そこにはやはり微笑んだマスターが立っていた。
    「お待たせしました。ごゆっくりおくつろぎください」
    一礼して、マスターが再びテーブルから立ち去る。悠仁はマスターからテーブルの上に目線を落とす。トレイの上にはコーヒーと、サラダ、カリカリに焼いたベーコンとクリームがのったフレンチトーストがあった。
    「いただきまーす」
    悠仁が美味しそうなそれらに目を奪われていると、目の前から五条の嬉しそうな声が聞こえてきた。まず五条はサラダから食べ始め、それをきれいに平らげた後、フォークとナイフを持って、綺麗にベーコンとフレンチトーストを切り分けて食べていた。
    「ベーコンの塩味とフレンチトーストの甘味が丁度いいんだよね」
    五条は、グルメリポーターのようにそう言って、ニコニコと悠仁に笑いかけてきた。それにハッとした悠仁は、慌ててフォークとナイフを持って、「いただきます」と言って食べ始めた。そして、ベーコンとフレンチトーストにナイフを入れたとき、少し眉を顰めた。ベーコンはカリカリに焼かれていて切りにくいし、フレンチトーストは柔らかすぎて、ナイフを入れた途端崩れてしまう。
    (なんかさ……)
    こういうところにも《差》を感じてしまって、心の中で少し落ち込む。しかし、すぐ気を持ち直して少し形が崩れてしまったベーコンとフレンチトーストを口に運んでいく。すると、目の前から視線を感じて、悠仁は慌てて顔を上げた。
    「な、なに?」
    少し悠仁が狼狽えると、五条はふわりと笑って首を振った。
    「なんでもないよ」
    その言葉を信じて、悠仁はもう一度食事を口に運ぶ。しかし、五条の視線が悠仁から外れない。
    「なに?」
    だから、再び顔を上げて、悠仁は五条に尋ねた。
    「なんでもないよ」
    「なんでもないなら、あんまり見ないで欲しいんだけど」
    五条から視線を外して悠仁がそう言うと、五条はニコっとほほ笑んだ。
    「どうして?」
    「『どうして?』って……」
    ――どうしてだろう。
    談話室でも同じような会話をしたのだが、そのときとは違い、悠仁はその疑問に明確に答えるができない。悠仁のフォークから、刺したままにしていたフレンチトーストが、ボトリとお皿に落ちる。
    「悠仁がずーっと、ぐるぐるぐるぐる考えていることの答えを教えてあげようか?」
    五条はぽちゃんぽちゃんと角砂糖をコーヒーに多量に入れて、それをティースプーンでかき混ぜた。それをじっと見つめて、五条が話し出すのを悠仁は待った。
    「悠仁はさ、分かりやすいよね」
    「?」
    話しが長くなりそうな気配を感じて、悠仁は少し首を傾げたあと、お皿に残ったフレンチトーストをすばやく平らげた。もぐもぐと咀嚼しながら、笑顔のままの五条を見つめた。すると、クスクス笑って五条はコーヒーを一口飲んだ。
    「前にも言ったけど、僕は人を好きになったことがない。だから正確に《好き》という感情を説明できる自信はないんだ。だけどね、《好き》という感情を一方的にぶつけられたことはあるんだよね。おかげさまで、ある程度は《好き》っていう感情の一般論は分かってるつもり」
    悠仁は口の中のものを飲み込んで、眉をひそめた。五条が何を伝えたいのか全く分からなかったからだ。
    悠仁はコーヒーにミルクを入れて、ティースプーンでかき混ぜる。それを一口飲もうと口を付けたとき、五条が口を開いた。
    「悠仁の《それ》ってさ、《好き》って感情じゃない?」
    ピタリと悠仁の動きが止まる。それから一呼吸おいて、ゴクリと喉を鳴らしてコーヒーを飲んだ。そして、唇の内側を少し噛む。
    「《それ》ってなに?」
    絞り出した声に不安がにじみ出ていることが自分で分かり、悠仁はゴシゴシと唇を手の甲で擦った。
    「悠仁がぐるぐる考えて,袋小路になってること」
    ふっと笑って、五条は頬杖をついた。それを苦々し気に見つめて、悠仁は言葉を発した。
    「は? そんなわけないじゃん。俺、別に先生のこと好きじゃないよ」
    「へぇ、僕に対して思ってくれてたんだ。それは光栄だね」
    ニヤリと笑って、五条は少しサングラスを下にずらした。
    一方悠仁は、その一言にハッとする。パクパクと口を動かすが、言葉が上手く出てこない。墓穴を掘ったことを自覚して、顔を青ざめさせた悠仁が、なんと返そうか考えていると、五条が先に話し出した。
    「そんな顔をするくらいだから、自覚はあったんだね。ねぇ、僕のことが好きなら、どうして――」
    「ちがう」
    話しを続けようとした五条を悠仁は遮った。それに対して五条は不愉快そうに顔を歪めた。
    「何が違うの?」
    「なにもかも‼ 何もかも違う‼」
    焦りから声を荒あげてしまい、悠仁の声は静かな店内に響き渡った。息をのんで、悠仁はチラリとマスターの方を伺う。すると、マスターは悠仁を一瞥し、少し困ったような笑みを浮かべただけで、何も言ってはこなかった。申し訳なさがつのり、悠仁は静かに俯いた。
    すると、五条が伝票を持って立ち上がる。
    「さて、悠仁。任務の時間だよ」
    「えっ?」
    「ご飯は食べ終わったでしょう? なら、さっさと動く! 若人よ,働きなさい」
    先ほどまで、悠仁を詰問していたとは思えないほどの切り替えの早さに、悠仁は少し混乱する。しかし、このままこのカフェに居座り続けるのは、悠仁としても勘弁願いたかったので、五条に追従した。
    店を出る際に、悠仁がマスターに「うるさくして、ごめんなさい」と謝ると、「またいらして下さいね」と優しく笑いかけられて、鼻の奥がツンと痛くなった。
    (涙腺が弱くなってる気がする)
    悠仁はそんな自分に嫌気が指して、わざと顔を引き締めて、五条の大きな背についていった。

       ◇

    悠仁はベンチに座り、任務地である廃病院を見上げた。
    任務は滞りなく遂行された。それは五条のおかげであり、悠仁は何もしていない。そんな自分が情けなくて、心の中で大きくため息をつく。
    (なんのために連れてきたんだろう)
    五条には着いて早々「ここに居てね」と言われた。それから五条は周りに帳を張って、一般人が中にいないことを確認し、問題になっていた特級呪霊と多数の一級呪霊を早々に一人で片付けてしまった。鮮やかとしか言えないその手際に、当たり前だが足手まといにもならなかった自分に、安堵するべきか落胆するべきか悠仁が迷っていると、五条はゆっくりと悠仁に近づいてきた。
    「どうして、この任務を僕が受けたと思う?」
    なんの脈絡もない質問に悠仁は頭を悩ませた。「そんなこと分かるわけないじゃん」としか言えないが、きっとそういう答えが欲しいのではないというのは、さすがの悠仁にも分かった。だから、唸りながら知恵を絞って答えを出した。
    「特級がいたのと、一級がたくさんいたから……?」
    絶対違うだろうなと思いながらも、悠仁はそう答えた。すると、五条は胸の前で両手をクロスさせてバツ印をつくった。
    「残念、はずれです」
    口を尖らせてそう言うと、五条はさらに悠仁に近づいた。手を伸ばせば触れられる距離まで近づいた五条は、身を乗り出して悠仁の顔を覗き込んだ。
    「何にも邪魔されずに、悠仁と話がしたかったからだよ」
    悠仁は近寄ってくる五条から逃げようと立ち上がろうとした。しかしその行動は五条に読まれていて、素早く両肩を上から押さえられ、強制的に座らされた。そして五条もその横に座った。
    「ねぇ、悠仁」
    「……なに?」
    「いい加減諦めたら?」
    「俺は何を諦めたらいいの?」
    「僕への好意を否定することだよ」
    「だから、そんなものないんだって‼」
    「本当に?」
    五条の言葉が心臓に刺さるが、悠仁は気丈に振舞い、頷いた。すると、五条は腕を組み、鼻で笑った。
    「だったら、なんで毎朝僕に会いに来てたの?」
    「え?」
    悠仁の記憶にはそんな出来事がなくて、言葉に詰まってしまう。
    「俺、そんなことしてないけど……」
    「へぇ。毎朝僕が談話室にいるって分かってるのに、そこをわざわざ毎朝同じ時間に通っておいて、会いに来てる自覚がなかったんだ」
    「えっと、それは……」
    ――ただ一目、先生を見たかっただけなんだ。
    なんてことは言えなくて、悠仁の言葉尻がすぼんでいく。なんと言おうかと考えていると、五条が悠仁の方へ手を突き出した。
    「考えてるよね」
    「?」
    「余計なことを考えてるよね」
    五条が喋るたびに、悠仁は訳が分からなくなって、眉尻を下げて肩を落とした。
    「難しいこと言わんでよ。どういうこと? 俺は考えちゃいけないの?」
    「そうだよ。もう考えちゃダメ」
    はっきりと五条に告げられて、悠仁は後頭部を掻きむしった。
    (考えるなってどういうことだろう。なんで考えちゃダメなんだ? ってかこれも考えてることになんのかな)
    とぐるぐる思考の渦に悠仁が飲み込まれていると、パチンと手を叩く音がした。悠仁が思考の渦から浮上すると、五条が呆れたように悠仁を見ていた。
    「考えるなって言ってんじゃん」
    「無理難題だよね、それ」
    「考えることが苦手なくせに、余計なことばっかり考えるんだもんな」
    深々と大きなため息をついて、五条は悠仁の肩を抱いた。悠仁は抱かれた肩を一瞥して、居心地が悪そうに肩を上げた。すると、五条がその肩を回した手でポンポンと叩く。
    「聞いてもいい?」
    ポンポンと肩を叩きながら五条が言う。悠仁はちょっと悩んだが、ゆっくりと頷いた。
    「どうしてそんなに頑ななの? 好きって言えばいいじゃない。僕は受け入れるよ。だって元々僕が悠仁に『愛をくれ』、『好きになってくれ』って言ってたわけだしさ。否定するわけないじゃない。なのに、どうしてそれを悠仁が否定するの? 何がそうさせてるの?」
    「どうしてそんなこと知りたいの?」
    質問に質問で返すのはマナー違反だが、悠仁はそうせざる得なかった。ただの悪あがきだ。みっともない悪あがきだ。けれども、そうしてまでも、悠仁は五条にその理由を教えたくはなかった。
    そんなマナー違反を犯した悠仁に、五条はゆっくりとサングラスを外し、立ち上がり、悠仁の足元に跪いた。
    「悠仁の考えていることを、全部知りたいからだよ」
    悠仁の手を取って、真剣な眼差しで五条にそう言われてしまい、悠仁は込み上げてくる涙を必死で堪えようとした。けれども、さっきから、手も唇も震えてるし、鼻もズルズルとみっともなく鳴っている。一度瞬きすれば、悠仁の目からは涙がこぼれ落ちるだろう。
    そんな悠仁を困った顔で見上げて、五条は親指で悠仁の目元を優しく撫でた。すると堰を切ったように、ポロポロと涙が零れ落ちてきて、悠仁は俯いて一生懸命手の甲で涙を拭った。そして、幼子のように泣き、しゃくりあげながら言葉を紡いだ。
    「そんな価値……ないんだ。俺には先生を……胸を張って好きって言えるような……価値なんてないんだよ‼」
    「どうして、そう考えてるの?」
    「だって……宿儺のことも、俺なんにも役に立たなかったし。それに今、術師としても中途半端だし。そもそも家柄だってないし。人だっていっぱい殺しちゃってるし……」
    五条は悠仁の説明にふむふむと頷く。そして、俯いた悠仁の顔を両手で無理矢理上げて、視線を合わせた。
    「残念だなぁ。すっかり腐った呪術界の考え方に染まっちゃったんだね。僕が封印なんてされてるから、その間に余計なことを耳にしたんだよね、ごめんね」
    五条は袖口で悠仁の涙と鼻水を拭き取り、そのままぎゅっと悠仁を抱きしめた。
    「呪術界に染まらないで、ありのままの悠仁でいて欲しいと思っていたけど、難しいなぁ」
    そして、抱きしめたまま、五条は優しく悠仁の背を撫でた。泣きすぎて少しボーっとしている悠仁は、五条にされるがままだった。そして、回らない頭で少しくらいいいか、と考えて五条の肩に額を当て、体を五条に預けた。その様子を見て五条はクスクスと笑う。
    「なんだろう、この感情。あー、うん。いいね。こういうことかもね。《愛》って」
    「違うと思う。なんか俺……先生のこと、よく分かんなくなってきた」
    ぼそぼそと五条に抱きしめられたまま、悠仁は五条に文句を言った。すると、五条「えー⁉」と驚いて、悠仁の体を自分から離した。それから、悠仁が五条の膝に座る形で向かい合った。まさかこんな体勢になるとは思わず、悠仁は膝から下りようと身動ぎした。けれどもそれは、五条によって制止させられた。
    「居心地悪い?」
    「うーん。恥ずかしいかも」
    「誰もいないから別にいいでしょ?」
    そういう問題ではないのだが、きっと文句を言っても五条はやめてくれないと思い、悠仁は大人しく五条の膝の上で落ち着いた。
    「ねぇ、僕のこと好きだよね?」
    「……好きじゃない」
    「頑なだなぁ。僕の膝の上に大人しく座ってる癖に」
    五条は呆れたように悠仁を見つめ、一方悠仁は五条の言葉に顔を顰めた。
    もはや悠仁には五条とのやりとりが、誘導尋問のように感じてきてしまい、口をきゅっと閉じた。すると、五条は悠仁の顎を右手で掴んで、口を開けさせようとした。それに対抗するように悠仁は五条の手首を掴んで自分の顎から引きはがそうとした。そんな無言の攻防が約一分程度続いた。
    ふいに悠仁は五条の手首を離し、自分の口を開けた。すると、頬から滑るようにして五条の親指がその口の中にするりと入った。その指を悠仁はガブリと噛む。
    「ひゃめて」
    悠仁が五条の親指を噛んだまま、睨みつける。
    「ふふ、懐かない猫みたい」
    何が楽しいのか、五条は喉をクックッと鳴らして笑った。それが不愉快で悠仁は噛む力を少し強める。それから痛いはずなのに、笑顔のままの五条を不信に思う。そのとき、悠仁の口内にふわりと鉄のにおいが広がる。
    (あっ……)
    パッと口から五条の指を放すと、先ほどまで悠仁が噛んでいた所にクッキリ歯形が付いており、そこから血がにじみ、手首の方まで垂れていく。罰の悪そうに、悠仁が五条を見ると、五条は目を細めて笑っている。
    「舐めてよ」
    そう言って、五条は悠仁の口元にもう一度右手を近づけた。悠仁はそれを一瞥して、五条に視線を合わせる。五条はほほ笑んだままだ。だからもう一度悠仁は自分が傷つけた五条の親指を見つめた。それから恐る恐る舌を出して、にじみ出る血液を優しく舐めとる。
    「くすぐったいね」
    柔らかい声でそう言った五条は、空いた左手で悠仁の髪を梳いていく。それから、わざと傷ついた右手を少し悠仁の口から離した。すると、悠仁は慌ててその手を自分の両手で掴み、自分の口元に持っていった。そして、再び優しく舐め始めた。
    「ねぇ、悠仁。僕が反転術式使えること知ってるよね?」
    五条の声が聞こえていないのか、それでも悠仁は夢中で五条の指を舐める。その頬は上気しており、瞳にはうっすらと涙の膜ができている。その様子を見た五条に、今まで経験したことのない震えが襲った。そこで五条は、ふと以前悠仁が言ったことを思い出す。
    『相手に見返りを求めないことと、相手を受け入れることが《愛》だと思う』
    それを今五条は身を持って体験している。その事実にどうしようもなく体が震えた。
    そもそも、二人が《恋人として付き合う》ということが目的なら、こんなにまどろっこしいことはないのだ。なぜなら、五条がさっさと「付き合って」と言うだけだからだ。もちろん悠仁が了承する確証はないが、今よりももっとシンプルに事を運べていたことだろう。
    しかし、それを五条はしなかった。それは、悠仁の《愛》が自分の欲しい《もの》であるのかが、正確に分からなかったからだ。
    そして、それが今分かった。
    愛を欠片も返さず、追い詰めている五条に、悠仁は献身的に愛を渡し続けている。
    ――許して、愛しているの。
    悠仁に声を出して言われた訳ではないが、態度を見るからに明らかなそれを〝愛しい〟以外でどう表現すればよいか、五条には分からなかった。五条は自分の中に初めて生まれる感情に、苦笑した。
    (僕にも他人を愛しいと思う感情があったんだね)
    そう自嘲気味に思い、それから自分自身に心の中で拍手を送った。そして、未だに五条の傷口を舐める悠仁を見つめたまま、右手を思いっきり引いた。
    「え?」
    急に動いた五条に驚き、ぼんやりとした瞳で悠仁は五条を見つめた。その間に五条は反転術式で右手を治し、その右手を悠仁の後頭部へ回し、左手は腰へ回した。すると、悠仁はぎゅっと目を瞑る。次に何が起こるか分かっているかのようだった。それを五条はフッと笑い、悠仁の唇に噛みついた。下唇を甘噛みし、食いしばっている歯列を舌でなぞり、口を開けるように促す。何度からなぞっていると、恐る恐るといった様子で、悠仁の口が開く。待ちわびていた悠仁の口内を、五条は舌で優しく撫でるように触れる。上あごを触り、それから舌を絡ませた。そして名残惜しいと思いながら、五条が悠仁の唇から離れると、五条の予想外の出来事が起きた。
    悠仁が五条の唇を追って、キスをせがんできたのだ。驚き固まる五条の唇を、悠仁がぺろぺろと舐める。それに応じるように、五条も口を開けた。しかし、悠仁は五条のように上手くはできず、ぎこちなく舌を絡めた後すぐに唇を離した。そして、顔を青ざめさせて俯いた。
    「ごめんなさい」
    「それは、何に対しての謝罪?」
    「……」
    懺悔をするときのような悠仁の態度に、五条は大きくため息を吐いた。それから、少しの苛立ちを込めて悠仁の額を指で弾いた。
    「まぁ、〝誰〟から〝どんなこと〟を聞かされたのかは……なんとなく分かるけどね。でもね、今は僕を見てよ。そんな外聞なんて取っ払ってさ――」
    五条は悠仁の両頬を両手で包み、悠仁の顔を自分の方へと向けた。
    「僕を……僕だけを見て考えて」
    ぱちぱちとゆっくり瞬きをした悠仁は、少しだけ目を伏せて、それから静かに口をパクパクと動かした。五条はその動きを瞬きもせずに見守る。
    ――先生を愛しています
    ゆっくりと音もなく動いた口が、五条にそう告げた。言葉に出さず伝え終えた悠仁は、そのままキュッと口を閉じた。そして、言ってしまったという後悔が悠仁を襲い、瞼も閉じた。どんな反応を五条がするのか、悠仁は見たくなかった。
    悠仁の告白を受け取った五条は、膝の上の悠仁を抱えなおし、悠仁の耳を自分の胸元に押し付けた。トクントクンというよりは、バクバクと激しく音を立てるそれに驚いた悠仁は、目を開けて五条を見上げる。
    すると、五条の顔はほんのり赤くなっていた。こんな五条を見たことがなくて、悠仁は目を見開く。
    「すごく嬉しいよ、悠仁」
    それから、先ほどより強く悠仁を抱きしめた。ぐりぐりと悠仁の頭頂部に頬擦りをして、鼻歌を歌いだした五条に、悠仁は身を任せることにした。

    どれだけの時間二人はそうしていたのか。夜も更けてきたころ、五条のスマホが着信を告げた。相手は伊地知で、いつピックアップに行けばいいかの連絡だった。
    「もう任務は終わってるよ。事務作業は出来た? うん。なら良かった。んじゃ待ってるね、よろしく」
    そう言ってスマホを切り、五条は悠仁に向き合った。それから、悠仁を自分の膝から降ろし、ゆっくり立ち上がった。そして、伊地知との待ち合わせ場所まで歩を進めた。悠仁はその背を見て、慌てて後を追いかける。それから、視線を五条の手に向けた。五条の歩みに合わせてゆらゆら揺れるそれに手を伸ばそうか逡巡していると、急に五条が悠仁の方へ振り向いた。
    「なあに?」
    「えっと……いや、別に……え?」
    悠仁が言いよどむと、五条が悠仁の右手を自身の左手で握った。それに呆気にとられていると、五条は嬉しそうに歩き出した。
    「手を繋ぎたいなら、繋ぎたいって言いな」
    「うん」
    先ほどまでとは違い、悠仁の歩幅に合わすように歩き出した五条に対して、悠仁は頬を緩ませる。血色がよくなった、顔は朗らかで、柔らかい空気を纏っている。そんな悠仁を五条は目を細めて見る。
    「僕は悠仁にはずっと笑ってて欲しいなぁ。笑ってる悠仁が好きだから」
    「ん?」
    何かに引っ掛かり、悠仁は首を傾げて五条の方を向いた。
    「《好き》って分かんないんじゃなかった?」
    その問に対して、五条は「あははは」と軽やかに笑った。
    「確かに、ちゃんとは分かってないかも。でも、不思議な感情が湧いたんだよ。これが《好き》とか《愛》とかなのか、これから悠仁に協力してもらって、頑張って証明をするよ」
    「俺も協力すんの?」
    「もちろん。悠仁以外に誰がするのさ」
    悠仁の顔を覗き込みながら、堂々とそう言い放った五条に、悠仁は笑いが止まらなくなる。ケラケラと楽しそう笑う悠仁を五条は優しく見つめる。それは、伊地知が二人の目の前に車を止めるまで続いた。


    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    cyan_s14n0

    MOURNINGこれの続き読みたいんですけど,プロットどこいった??
    多分これ練ってるときに,にょた設定思いついて,愛だの好きだのをそっち持って気がするんだが,『これはこれで続き書いとけよ』と今思ってる。ちょこっと編集してちょこっと付け足して,支部に上げるかなぁ。って感じ。
    無題1 ぐるぐるぐるぐる



    愛なんて呪いだ。
    そして、不確定要素の塊だ。そんなものに振り回されるほど五条は暇ではない。だから、自分の三大欲求の一つを解消するために、上辺だけの愛を囁いて、少し優しくしてやり、どこかしらの奴らを引っかける。本性など見せることはないし、今後も見せるつもりがない。しかし、奴らはどいつもこいつも、必ずこう言うのだ。
    「愛しているから、あなたのすべてが知りたいの」
    〝愛している〟など,なぜそんなに軽々しく言えるのか,五条は不思議でならなかった。だから,やんわりと上辺だけお礼を言い,体だけを提供してもらうことに努めた。しかし,そんな五条の努力も虚しく,しつこい奴らはしつこく迫ってくる。ならば良かろう、と少しだけ本性を見せてやると、必ずといっていいほど、顔を青ざめさせながら引きつらせ、怯えたような態度をとってくる。
    19387