ファーストキスの味は任務後のにんにくマシマシラーメンは最高だ。
ズルズルと音を立てながら、俺はラーメンをすする。釘崎だって「こんなニオイがきつい物、乙女に食べさせるんじゃないわよ‼」とか怒っていたけど、今は「疲労困憊した体にスープが沁みる」と言って、替え玉までしている。
伏黒だって無言だけど、ハフハフ言いながら食べてるし、やはり俺のおすすめのラーメン屋は最高だな!と心の中で自画自賛しながら、俺はもう一つ替え玉を頼んだ。
替え玉が来る間に、俺はスマホを少し弄る。すると、画面の上部にメッセージアプリからの通知が表示された。それは仲良くしている先輩からで、急いでアプリを起動させる。
「んんん?」
メッセージを見て、俺は少し困惑した。なぜなら、『会いたい。××公園で待ってる』というメッセージだったからだ。
俺はこの後、先輩も住んでいる寮に帰るし、会いたいなら、わざわざ公園で待つ必要がない。談話室か、もしくはお互いの部屋でいいだろう。っていうか、先輩が俺に送って来るなら『用事があるから、後で俺の部屋に来い』と送ってくるはずだ。
……となると?
「なぁなぁなぁ」
俺はニヤニヤしながら、スマホの画面を伏黒と釘崎に見せた。二人は怪訝な顔をしてスマホ画面をのぞき込む。
「なにこれ? 五条先輩から? この後待ち合わせでもしてんの? つかなんで公園?」
最もな疑問を釘崎が口にする。それに対して俺は自分の考えを口にする。
「これさ、口調も柔らかいしさ、女の子に当てたメッセージじゃね?」
「彼女とかか?」
伏黒の一言に、俺は首がもげるくらい頷いた。すると、釘崎がゲラゲラ笑いだす。
「アイツっ、こんな、アハハハハ。『会いたい、待ってる』って、ふふっ、少女漫画かよっ」
「でも、先輩なら似合うくね?」
「ビジュアルだけならな」
三者三様、好き勝手に先輩について喋っていると、俺の替え玉がカウンターに置かれた。それをラーメン鉢に入れて、俺は豪快にラーメンをすすった。
カウンターに置いた俺のスマホを釘崎が手に取って、画面に映るメッセージをじっと見つめた。
「ねぇ、虎杖?」
「ふぁに?」
モグモグと咀嚼しながら釘崎を見る。釘崎は悪い笑みを浮かべた。
「アンタこれ、行きなさいよ」
「ん?」
「だから、『送り先間違えてんよ』とか送らずに、この公園にアンタが行きなさいよ」
釘崎がそう言った瞬間、伏黒が「おまえなぁ」と言いながら、声を出して笑い始めた。伏黒も随分悪い顔をしている。
「だって、こんな面白いことある? 愛しの彼女を呼び出したかと思ったら、ニンニク臭い後輩が来るのよ? 五条先輩なんて、なかなかイジれないんだから、これが好機よ‼ 行ってきなさい」
ビシっと指をさされて、俺はゴクリと口の中のラーメンを飲み込んだ。そして、ほとんど食べきってしまったラーメン鉢を見つめる。
「だったら、スープも飲んだ方がいいな」
俺がそう言った瞬間、三人そろってお腹を抱えて笑った。任務の疲労も相まって、これは面白すぎる。俺はゴクゴクと、こってりとしたスープを飲みほし、口を拭いて立ち上がった。
「愛しの悟君が呼んでるの、悠子いってくるわね」
内股になり、謎のポーズをとって、二人にウインクする。すると二人は、ゲラゲラ笑いながら、「健闘を祈る」と言い、綺麗な敬礼を返してくれた。
さて。
目的の公園まで、俺はジョギングがてら、ゆっくり走る。食後の運動に丁度いい。
そして目的の公園に辿り着いた。キョロキョロと周囲を見渡すと、ブランコに座ってゆらゆら揺れている五条先輩を見つけた。
何て声をかけようかなと思いながら、ゆっくりと背後から先輩に近づく。そして――
「さとるく~ん、まったぁ?」
と猫なで声で先輩に声をかけた。先輩はゆっくりと背後を振り向き、怪訝な表情で俺を見る。まぁそれはそうだろう。だって俺は愛しの彼女ではないのだから。
「お前、俺のこと名前で呼んでたか?」
「へ?」
疑問なの、そこなの⁉ まずは、「は? なんでお前ここにいんの?」じゃねぇの?
俺の頭の中はハテナでいっぱいになる。
ポカンと口を開けた俺に、先輩は「座れよ」と言って隣のブランコを指さした。だから、俺はそれに従って、隣のブランコに座った。そして、先輩の方を見る。けれども先輩はゆらゆら揺れるだけで、何も言ってくれない。気まず過ぎる。
「あ、こ、この公園、先輩のとっておきのスポットだったりする? 女の子口説くときに使ったり?」
「いや、別に。今日の任務地から高専までの帰り道ってだけだ」
「へぇー。でも雰囲気いいよねー。女子受け良さそう」
「そうか? ただの公園だろ」
俺が何を聞いても、先輩は淡々と返してくる。
なんだこれ。思ってたんと違う。
気まずい空気が拭えなくて、足でブランコを漕ぎながら、もう素直に謝ってしまおうかと思った。完全無欠の五条先輩を揶揄うために、誤爆メッセージを遊びに使った俺(と伏黒と釘崎)が悪かったんだ。
「あのさ、ごめん」
「何が?」
「俺が来て」
「は?」
「おっぱい大きな和香子ちゃんが良かったよね」
「何言ってんだ、お前」
凄まじく顔を歪ませた先輩が、俺を覗き込んでくる。それに対して俺は眉尻を下げて「あ、お尻派だった? ごめん」と謝った。
「……何を勘違いしてんだ?」
「え? お尻でもないの? あと何がある? 足とか?」
「ちょっと黙れ。そもそもお前、メッセージ見て来たんじゃねぇのか?」
「は? あれ俺宛なの⁉」
ブランコから降りて、俺は五条先輩の目の前に立つ。そして、驚愕の表情で先輩を見下ろした。すると、先輩は少し頬を赤らめて、口を尖らせた。
「そうだよ。何だよ、文句あんのかよ」
「え? 『会いたい』って……別に寮で会えるじゃん。わざわざこんな所で会う必要ある?」
「二人っきりに、なれねぇだろうがよ‼ 傑や硝子は邪魔してくるし、お前ら一年は三人がいっつもベッタリだしよ‼」
「ん? んんん? え? は? ちょっとまって」
俺は顔を先輩から背けて、左手で口を押さえて、右手を先輩の方に突き出した。多分俺の顔は今あり得ないくらい真っ赤だ。
「分かったかよ。今から言うぞ。こっちむけ」
「いやいやいやいや。無理、無理‼」
「覚悟決めろよ、こっち向け悠仁」
先輩もブランコから降りて、俺の近くに歩みよって来た。俺は往生際が悪く、顔を背けたまま、じりじりと先輩から距離を取る。すると、グイっと何かの力で先輩の方へ体が引き寄せられる。もう俺の頭は大混乱だった。
「一回しか言わねぇ……いや、聞こえなかったとか言いそうだな。何回でも言ってやるから、心に刻めよ」
ぐいっと顎を持ち上げられて、先輩が俺にキスをする。
「好きだ。俺と付き合え」
俺の脳みそはボンっと音をたてて沸騰した。顔は熱いし、体の至るところが痒い。俺はしどろもどろになりながら、「はっ、はい」と固くなった声で、返事をした。すると先輩は、突然口元に手を当てて、顔を歪ませる。そして、何かに思い当たったようで、ゲラゲラと笑い始めた。
「初キスがニンニク臭って、なんだこれ」
楽しそうに笑う先輩に、俺は小さい声で「ホントごめん」と謝った。すると先輩はニコニコ笑って、俺の手を握った。
「なんか餃子食いたくなってきた。これからデートしようぜ」
ブンブンと俺と繋いだ手を振り回し、足取り軽く歩き出した。それについて行きながら、俺は胃の当たりを押さえて『俺、まだ食えるかな』と頓珍漢な心配をしていた。
だって、恥ずかしかったんだもん。