「出てって」
何度目かの冷たい言葉を突き付けた。男は泣き腫らした目で睨んだ後に、壊さんばかりの勢いで扉を開けて、部屋を飛び出して行った。
剃刀入りの手紙なんてベタな真似に始まり、無言の電話に常に感じる視線。極め付けは、電車のホームで突き落とされそうになった事。
もしかしたら相手の熱烈なファンかも知れないし、己の商売敵かも知れないし。
危害が及ぶ恐怖。守れないだろうという無力感。
虚勢は虚勢。誰彼構わず見下す態度は、己の自信の無さの裏返し。いつでも何でも誰に対しても、そんなに強く在れるものでは、ない。
ならばいっそ、遠ざけて。見えない場所で健やかに生きていると信じる方が良い。
責任を取りたくないだけじゃないか。
背負えない業に塗れるのが怖いのだ。
彼が出て行った扉が、水に沈んでぼやけた。