坂道の母 劉備が昔住んでいたアパートは高台に建っていて、駅から家までの間にそれなりの勾配がある坂を登らなければならなかった。
大学が近く若い人間の多い街だったため特別不便ということもなかったのだが、稀に老人が難儀していることがあり、人のいい劉備は荷物を持つなどの手助けをすることがままあった。
ある日劉備が自宅を目指してその坂を登っていると、上の方から若い女の声が聞こえてきた。
「たすけてくださーい」
顔を上げると、坂の上から引く人のいないベビーカーがガラガラと滑り落ちてくる。劉備は慌てて坂を駆け上がりベビーカーを受け止めた。
坂の上には女が立っていた。いかにも日除け目的の黒いキャペリンを被り、落ち着いたキャメルのシャツワンピースがふくらはぎの半ばまでを覆い隠している。
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