普段より狭い視界に見慣れた天井が映る。手を翳して焦点を合わせながら、べらぼうに強い己の相棒はこの不自由な視界であれほどの強さなのかと妙に感心した。
部屋の外からぺたぺたと近づいてくる音がある。いつもは足音のひとつも立てないくせに、わざと音を立てて近づいて来ているのだ。今、自分は怒っているのだとこちらに知らしめるように。
そのうち足音の主はこの部屋に入ってくるだろうが、顔を合わせたところでどうせ長い長い説教が待っている。心底面倒だ。
横たわった布団の中で一通り思考を巡らせた水木は、無駄な抵抗と分かっていながらも外界を遮断するように掛け布団を深く被り直した。
鳴り続いていた足音が部屋の前でぴたりと止まる。息を潜め、相手がどう出るかを窺っていると襖越しに小さく声をかけてきた。
「水木、目覚めておるのじゃろう。入っても良いか。」
努めて抑えているのか、酷く穏やかな声色なのが恐ろしさすら感じる。返事をするべきか、このまま寝たふりを続けるべきか。正直今は顔を合わせたくはないが、ここで無視をすればさらに面倒なことになるのは経験上よく分かっているので仕方なくのろのろと掛け布団から顔を出した。
「ハ、なんで起きてるって分かるんだ?」
「気配で分かるさ。」
「お前、本当...。まぁいいや、入れよ。」
起き上がりながら投げやりにそう返せば、からりと開いた襖の間から、白髪の大男がぬっと現れる。いつもは揃いの浅葱のだんだらも今はその肩になく、白い着流しだけを雑に身につけていた。声色に反して男は無表情だったが、こちらを見下ろす赤い瞳にはやはり怒りが滲んでいる。
あぁ、これは思ったより長くなるかもしれん。そう考え思わず布に覆われた左目を撫でて、ため息を吐いた。それを見たゲゲ郎の視線がさらに鋭くなるのが、解かれ垂れた己の長髪の間からちらと見える。
「なんじゃ、何か不満か?」
「別に。...俺は、謝らねぇぞ。」
「何を謝る?お主が詫びるべきことなど何もない。」
全身で怒りを主張しておきながら、わざと突き放すような嫌味な物言いに水木もむっとした表情を浮かべる。
「嘘を吐け、怒っているくせに。わざと足音なんか立てて歩いてきやがって。」