オレンジ 金木犀の香りがするという紅茶を頼んでみた。いつもならブレンドコーヒー一択なのだが、北村が季節に合わせて注文を変えるのを見て、なんだか真似してみたくなったのだ。
オレンジの輪切りの乗った茶色の液体を窓際のカウンター席に置き、傘を椅子の背もたれにかける。グリップの部分が木で出来た、大ぶりの黒い傘。その辺に売っているビニール傘を使っていたら、北村に「こういう小物にも愛着を持つの、楽しいよー」と教えてもらい、興味半分で買ったものだ。なるほどたしかに、こんな秋雨の日にはよく似合う、と我ながら感じる。
北村とは十一も違うのに、様々なことを教えられてばかりだ。彼が生きる若々しい人生の一瞬一瞬の、なんと鮮烈なことか。進むがままに身を任せてきた俺の人生とは大きく違う――彼から見た俺もまた、大人の人生を歩む眩い未来に見えていたならいいのだが。
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