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    侑治/あつおさ
    あつおさワンドロライ様よりお題『バラ』お借りしました!
    🍙宮でのひととき

    唯一に最愛を 日曜の夕方、昼の営業を終えた店内にはいつもの賑わいも忙しなさもない。
     L字カウンターの真ん中、入口から入ってすぐのこの席は宮侑の特等席だ。
     この席からはカウンターの中がよく見える。丹精込めて米を握る手元まで。

     注文したおにぎりが出来るまでの間、貸切で────治には「夜営業の準備せなならんからお前の為の時間とちゃうねんぞ」と言われるが────それを眺める時間が好きだ。
     時折ふわりと立つ湯気が鼻腔を擽るのが堪らない、視界に映るのは厨房に立つ片割れのみ。

     ……の、筈だった。
    「……おい、なんやこれ」
    「ん?」
     侑が発する声は不機嫌そのもの。明らかに不服を表す声も産まれたその瞬間から彼の傍に居る治にとっては日常茶飯事で、侑には目もくれずせっせと手を動かしている。
    「これやこれ、なんでこんなモン置いてんねん!」
     生返事な更に苛立つ侑が声を荒らげるとようやく治が顔を上げた。それも一瞬だけで、不満一色な侑が指差すカウンター上の〝それ〟を見て「あー」と呟く頃には自身の手元へ集中している。

     侑が指差し睨む〝それ〟。小ぶりの丸い鉢に植えられているのは赤や薄桃、白と色とりどりの多数の薔薇だ。
    「それな、常連さんから貰ってん」
    「はあ? なんで花なんか貰ってんねん」
    「知らんけど、くれたモンやし少しの間でも飾っとかな悪いやろ。いっつも食いに来てテイクアウトもしてくれるお客さんやし」
     そう告げる治の表情が穏やかに緩むのも気に食わない。大人になってからよく見る顔だ。飯を作っている時や客の話をする時特に多い。

     反面、ぶすっとむくれた侑の表情は腫れず、視界の中で邪魔をしてくる薔薇を睨んでいる。

     変なところで臍を曲げるのはいつもの事だがカウンターの外から見られている状況でこうも不機嫌オーラーを撒き散らされるとやりにくくて仕方ない。
     溜息混じりに息を吐き、手を止めた治が侑へと目を向けた。
    「似合わんのはわかっとるで、せやからちょっとの間言うたやろ」
    「ここに置く必要ないやろ」
    「目立つとこのがええやんか」
     正直、自分の店に鮮やかな薔薇の飾りなんて不釣り合いなのは治もわかっている。だが、好意で受け取った物なのだから感謝の意も込めて見える所に飾りたい。それと同時に自分の行動ひとつが店の利益に繋がると知っている故にわざとそこに置いたのだ。その場所は、常連がいつも座る席からもよく見える位置だから。

     侑自身も治の考えは理解している筈、しかしそれを上回るモヤモヤが沸々広がり一向気が晴れない。
    「いつ枯れんねん、これ」
    「失礼な事言いなやコラ、ちゅうかそれ造花やし」
     何をそこまで突っかかる事があるのか、未だにぶつくさ文句を口にする侑を一瞥して言い放ち治は再び調理に集中する。大事な片割れの注文だ。とびきり美味しい物を振る舞ってやりたい。

     治の返答を聞いて侑が凭れた椅子から前のめりに身を乗り出す。椅子がガタンと少々大袈裟な音を立てた。
    「造花ぁ?」
    「そーいうの作んの好きな人やってん、上手く作るよなぁ。本物みたいやろ」
     侑のオーバーリアクションには目もくれず治は淡々と話し続けた。件の常連客は店から少し離れた所に住んでいる婦人で、買い物がてらと言って足繁く通ってくれているのだ。つい二日前に来店した時もいつも注文する明太子おにぎりを味わい夕飯用にいくつもテイクアウトしていった。旦那と息子も気に入ってくれているようで嬉しい。
     その日貰ったのがこの薔薇の造花だ。趣味のハンドメイドが高じて時折ワークショップを開いているらしい。

     おにぎり屋を始めてからこうして他人の話を聞くのが好きになった。客の顔も覚えられるしそれが集客に繋がるとも思う。その甲斐あってかリピーターは増えている反面店主目当ての客も増えつつあるのは考えものだが、何がきっかけでも自分が手掛けた物を沢山の人に食べて貰えるのは嬉しい。

     そういえばこの前来た客も、と尚も話し続ける治をよそに侑はスマホを弄り出している。治はちらりと彼を見て話を止めた。ただの世間話で、特に聞いて欲しいものでもない。
     出来上がるまであと少し。味噌汁を温めている鍋の蓋を開ければふわりと湯気が立つ。今が旬のいんげん入りの味噌汁は客からも好評だ。臍を曲げた片割れも気に入るに違いない。
     半月盆に器と皿を並べ、出来上がったそれを侑の前に差し出す。奇しくも先程から邪険にしている花の横だが彼がそこに座っているのだから仕方ない。

     顔を伏しがちにスマホの画面を見詰めていた侑が顔を上げた。いつもなら真っ先に手を合わせ食事にありつくところだが今日はお盆の上を通り越し治に視線が向けられる。スマホも手に握られたまま。
     何よりも食に重きを置く治からして見れば食事中にスマホを見るのは言語道断…とまではいかないものの、出来れば食事に集中して欲しいものだ。故に客相手には当然言えないが侑には何度も諭している。「食べる時はスマホしまえ」、「手ぇ合わせてから食え」と。その度に侑は「へーい」と生返事をするがしっかりと行動に移すあたり大人になったと思う。こんな事で大人かどうか判断して良いものか、とも思うが。

     だからこそ侑の態度が引っ掛かりいつものように言及しようとした。しかし治の前に侑が口を開く。
    「なぁサム、好きな数字なに?」
    「……は? なんやねん急に」
    「ええから! はよ言えって」
     急かす侑を訝しむ治だったが、彼の強情な性格は十分理解している。答えなければいつまでも食べ始めないだろうし、そうすると出来たてのおにぎりも丁度よく温めた味噌汁も冷めてしまう。それはあってはならない事だ。

     軽く首を傾げて考える治へ待ち侘びる視線が刺さる。突然そう聞かれて思い付くものだろうか。そもそも数字に好きも何もない、思い入れのある数字なら幾つかあるが、その中でひとつ挙げるとするならば。と、じっくり十秒弱考えた治は浮かんだそれを口にした。
    「…………じゅう、いち?」
    「? なんやその半端な……あっ、そーか! お前の数字や!」
     治が告げた数字を脳内で繰り返し一瞬抱く疑問も直ぐに理解した侑は不機嫌に刻まれた眉間の皺を解きなるほどとスッキリした表情を浮かべた。

     その数字はかつて馴染みがあったもの、目にした回数で言えば侑の方が多いだろう。常に治の隣に居たのだから。
     治の態度からして差し当たりなく思い付いたものを告げたのかもしれないが、思い出深いあの時期に貰った数字を今でも少なからず大事にしている片鱗が垣間見えた事がまず喜ばしい。
     途端に機嫌を戻す単純な様子を見て治は若干呆れた表情で再度口を開く。
    「俺のやけど、ツムのでもあるやんか」
     そう言うと侑がぱちりと瞠目した。
     その様子を見て治は淡々と続ける。半月盆を少し侑の方へ滑らせ「はよ食え」と暗に示すのも忘れずに。
    「昔は俺やったけど、大人んなってお前が着けた数字やし。イチもゾロ目も縁起ええ気するしな」
    「……!!」
     お前もそう思うだろうと言いたげに口角を上げて笑む治を見上げ、その意味を理解したらしい侑が目を丸くする。みるみるうちに周りにご機嫌よろしく花が咲い……て見えるのは幻覚だが、明らかに機嫌が180度変わったようだ。

     機嫌が直ったのならさっさと食えやと思う治を他所に侑が再びスマホを弄り出す。いい加減にしなければそろそろ治の機嫌が反対へ傾くところ、調べ物な何かを終えたらしい侑がようやくスマホをポケットにしまいカウンターのお盆を自分の前に置いた。
    「よっしゃ、ほな待ってろや」
    「? 何を?」
    「フッフ、楽しみにしてろっちゅう事や。いっただきまーす!」
     何故か意気揚々と宣言する侑へわかるように言えと言ってやりたいところだが、やっと手を合わせたのを見て治は口を閉ざした。

     彼の機嫌も感情の機微も、その表情を見れば大体理解出来るがたまに何を考えているかわからないところがある。大抵突拍子もない事を思い付いたかくだらない且つろくでもない事を考えているかだから治の理解が及ばないのも頷けるが。
     この様子だと侑にとっては〝いいこと〟なのだろう。その口振りからしてどうせ直ぐにネタばらしが来る筈だからわざわざ今聞く事でもないか、と治は調理に使った器具を片付けに入った。

     ちらりと横目を向ければおにぎりを頬張る侑が居る。治の視界にも鮮やかな薔薇の造花が映っているのだ。なるほど、侑ほど悪くは言わないが確かにこの店には不釣り合いなような気もする。
     少々大袈裟な呆れ口調で治が呟いた。食べるのに夢中な侑には届いているかわからないが。
    「何なんほんま、変なやつやなぁ」
     とりあえず数日程であの造花は移動させよう。団体客用のテーブルかレジ横あたりはどうだろう、そこならさり気ない存在感で客とのちょっとした話の種になるかもしれない。

     断じてこいつのご機嫌取りの為ではなく、何て治は意味のない言い訳を頭の中で並べるのだった。後日さり気ないどころじゃなく主張する生花の束が贈られるとも知らずに。
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