Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    tuduriki_dai

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 11

    tuduriki_dai

    ☆quiet follow

    拾われたばっかりくらいの頃の話。大体今から七年前。

    天雨陽葵と初めての料理「お久しぶりですね、李夭さん。みかんを沢山いただいたので、お裾分けに来ました」
     あがっても? とほわりと笑う天雨陽葵に頷いて了承を返す。
     草履を脱ぎ終わるのを待つのももどかしく、上り框に立つや天雨の腕を無言で掴み、祀蛇李夭はずかずかと歩きだした。
    「どうかしましたか?」
     問うた声は穏やかだ。きっと、いつもの優しい微笑をたたえているのだろう。
     訪れてすぐ、何の説明もなしにどこかへ連れていかれても、動じる様子のないこの女のことを、李夭はよく知らない。
     知っていることといえば、サチの年の離れた友人であること、きわめて穏やかな性質であること……そして、あの日、死にかけの李夭をサチの家まで運んでくれたということ。
     きっと酷い匂いのしていただろう行き倒れを、躊躇いなく助けられる人間だ。サチと同じ、優しい人。
     だから、大丈夫。
     目的の場所にたどり着き、李夭は天雨の腕を離して口を開いた。
    「ばあさん、入るぞ」
     ええ、どうぞ、と常より弱い声に、眉間に皺を寄せる。
     静かに襖を開ければ、サチは先程見た時と同じように、布団に横たわっていた。
    「あら、陽葵ちゃん。ごめんなさいねえ、こんな格好で」
     手をついて身を起こそうとするので、李夭は咄嗟に怒鳴った。
    「起きんな!」
     駆け寄り、肩を押して布団に戻らせる。サチはたいそう困った顔をした。
    「そうは言ってもねえ」
    「サチさん、本当にお構いなく。体調を崩しているところに来てしまって、すみません」
     枕元へそっと膝をついた天雨は、サチの額に手を当てた。
    「熱は……少しあるようですね。薬は飲みましたか?」
    「ええ。李夭がお湯を用意してくれましたからね」
     微笑むサチに、李夭は顔をしかめた。用意できたのは、たったそれだけだ。他に何をすればいいかわからず、途方に暮れていたのだから、感謝されるいわれはない。
    「それじゃあ、後はよく寝て、栄養のある物を食べてください。お勝手を借りても?」
     李夭がむっすりと黙り込んでいる間に、天雨が話を進めていく。
    「そんなの悪いわ。お客さんに……」
    「お気になさらず。人はみな助け合いですから」
     微笑んだ天雨は、立ち上がって李夭に視線を向けた。
    「李夭さん。お勝手に案内していただけますか?」
     否やはない。李夭は黙って立ち上がった。

    「あらまあ」
     目を瞬いてこちらを見やる天雨から、視線を逸らす。
     惨憺たる有様なのは、言われなくても痛感している。食欲がなくても茶なら飲めるだろうかと、茶筒を探してあちこちをひっくり返した跡に(そこまでしたのに結局見つからなかった)、割るのに失敗し殻だらけの卵の入ったどんぶり、竈にかけられた土鍋の中には、濁った白い泥のようなものがへばりついている。
    「李夭さんの奮闘が見えるようですね」
    「そんなもん見んな」
     李夭の抗議を笑顔で流し、天雨はまず土鍋を覗き込んだ。
    「お粥……玉子粥を作りたかったんですね。栄養がありますものね」
    「……全然、うまくいかなかったけどな」
     サチがやった通りにやったはずなのに。米を研ぎ、土鍋に水と一緒に入れて火を熾し、溶きほぐした玉子を回しいれる。それだけの料理のはずだ。サチがやっているのを見ていた時は、あんなに簡単そうだったのに。
    「料理は、難しいですからね。大丈夫ですよ、最初から全部上手にできる人はいません」
     ひとまず、とここまで持ちっぱなしだった布袋を板間に置き、天羽は腰に手を当てて李夭を見上げた。
    「ここを片付けましょう。それから、一緒に玉子粥を作りますよ。大丈夫、料理は得意ですから」
     
     言うだけあって、天雨は料理が上手かった。
     散乱したものを手際よく片付けた後、無残な姿になった卵をざるで漉してあっという間に救出し、土鍋の中の粥のなりそこないまで平たい浅鍋で焼いて、おこげと煎餅のあいの子のような料理にしてしまった。
     ぱりぱりと食感の良いそれをお茶うけにしてひと休みした後(茶筒も天雨があっさり見つけた)、李夭は天雨の横で作業をじっと見つめていた。
    「お米を研ぐのは上手にできていましたね。これをしないと、炊いた時にお米が臭くなってしまうんですよ。玉子は、今回は李夭さんが割ってくれたものがありますから、これを使いましょう。上手に割るコツは、慎重に力をいれることです」
     ふきんをかぶせて置いておいた玉子のどんぶりを手に、天雨が微笑む。
    「李夭さん、玉子を入れてみますか?」
     既に土鍋はくつくつと煮えている。李夭の作った泥か糊のような何かとは大違いの、きちんとした粥だ。天雨の手によって塩で味を調えらえれているので、これで完成といってもいい。
     ここに、殻だらけだった玉子を入れても大丈夫なのだろうか。
     しばし迷った李夭だったが、覚悟を決めてどんぶりを受け取った。
     卵は栄養が沢山入っているのだ。これで、サチに元気になってほしい。
    「玉子は、菜箸を器の縁に当てて、沿わせるように細く流します。そうすると、ふわふわになって美味しいんですよ」
     細く、と呟く。天雨に言われた通り菜箸を当て、慎重にどんぶりを傾ければ、とろみのある黄色の卵液が、糸のように土鍋へ垂れた。
    「そう、上手ですよ、李夭さん。そのまま、器を土鍋の上で渦を描くように回しましょう」
     言われるがまま、器を菜箸ごと動かし、渦を描く。なるべく玉子のかからないところをなくすように、慎重に隙間を卵液で埋めていけば、最後の一滴が落ちる頃には玉子にきっちり熱が入っていた。
    「とても良いですね。美味しそうです。後は余熱で火が通りますから、竈から下ろしますね」
     鍋掴みを手にした天雨が、いつの間に用意していたのか、鍋敷きの上に土鍋を下ろす。
     灰をかぶせて竈の火の始末をしながら、天雨は微笑んだ。
    「李夭さんは手先が器用なんですね。それに、よく見て真似するのが上手です」
     そうやって手放しで褒められると、腹の底がくすぐられているような、奇妙な感覚がする。不快ではないが、慣れないそれに、李夭は身じろぎしながら口を開いた。
    「……たいしたことは、してねえだろ」
    「大したことですよ」
     立ち上がった天雨は、いつにも増して優しい笑みを浮かべている。
    「病気になった人に玉子粥を作ってあげようと思って、それを実行できるって、大したことですよ。優しくて素敵ですね、李夭さん」
     鋭いところの一つもない柔い誉め言葉に、耳が熱くなる。全身がむずがゆくなるようだ。
     いたたまれなくなって、李夭は天雨に背を向け、茶碗の入った戸棚へ向かった。
    「……できたなら、ばあさんに持ってくぞ」
    「……ええ、そうしましょう」
     笑いを含んだ天雨の声が、なんだか腹立たしかった。

     サチは玉子粥をたいへん喜んでくれた。
    「二人の作ってくれたお粥のおかげで、元気いっぱいよ、風邪なんか吹き飛んでしまうわ」
     と言っていたが、さすがに大げさだと思う。
     天雨はその後少しだけサチと話をし、帰っていった。
     流しで食器を洗いながら、今日の出来事を李夭は思い返していた。
     料理とは、良いものだ。食べた者も、作った者も嬉しくなる。
     また、作ってみてもいいな。
     手拭いで食器を拭く李夭の口元は、自分でも知らぬうちに綻んでいた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator