楓可不『Trick yet Treat』 コン、コンコン。この数ヶ月で聴き慣れた音が耳を打つ。予想していたより遅かったな、と思いながら、楓はローテーブルの上に置いていた小さな包みを取って玄関に向かった。
「トリック・オア・トリート!」
楓が可不可の病室を訪ねていた時と同じリズムで叩かれた扉を開けると、落とした視線の先には大きなカボチャ。そのくり抜かれた口の中で被り物と同じように目を細めた可不可が今日一日で何度聞いたかわからない決まり文句を口にした。期待に満ちた瞳を細めて差し出された手に、楓はさきほど手に取ったお菓子を乗せた。
「はい、どうぞ」
「ちぇっ……まだ残ってたか」
「ちゃんと人数分準備してたから貰いに来てない人がいると余るんだよ」
「ふぅん……」
頭をすっぽりと覆い隠すジャック・オ・ランタンは視界が悪そうだ。楓から受け取った包みをカボチャ越しに覗き込んだ可不可が「あ」と小さく声を漏らす。隠れて見えないが微笑んだ気配がしていつものように頭を撫でようとした手は当然硬い皮に阻まれた。
「これは可不可専用。可不可のすきなお菓子用意してたのに貰いに来ないのかと思っちゃった」
「あれ? 僕これすきって言ったことあったっけ?
「うーん、ないけど……。最近よく食べてたし、美味しそうな顔してたから」
違った? と首を傾げると可不可があーともうーともつかない声で唸る。
「…………ズルいなあ」
そう呟いた可不可は両手を広げて楓の胸に飛び込もうとしたが、頭よりも一回り以上大きなカボチャが先に楓にぶつかる。抱き止めた勢いでカボチャ頭を外すと中から現れた可不可の耳が赤く染まっている。今度こそ触れた丸い頭を抱き寄せて指を通した髪にはまだほんのり湿り気が残っている。ジャック・オ・ランタンに気を取られていて気づかなかったが、可不可が着ているのはハロウィンパーティーの時の仮装ではなく部屋着だった。被り物だけだなんて、入院していた頃の方がよほど凝った仮装をしていた気がする。
入る? と尋ねると、最初からそのつもりだったであろうかわいい歳下の幼なじみは、控えめに頷いた。
可不可が訪れた時の定位置になりつつあるローテーブルのそばに座ろうとした可不可を、楓はベッドに座らせた。いつになくおとなしい恋人は、髪や頬、赤く染まった耳の縁や額に触れるだけのキスを落とすたびに小さく身じろぐ。
可不可が握りしめたままだったお菓子がかさりと音を立てた。
「お菓子、食べないの?」
「んー後にしよう」
楓が軽く流しても、でもこのままじゃ潰れちゃうからと楓を止めようとする可不可の言葉を塞ぐ。
触れて、離れて、また触れて。離れたそばから触れ合った体温が欲しくなって何度も唇を重ねる。されるがままになっている可不可が珍しくて、楓の胸に小さないたずら心が芽生えた。唇が離れた隙に「可不可」と呼びかける。
「トリック・オア・トリート」
「ん……今?」
蕩けた声で可不可が答える。少し不機嫌に尖らせた唇にわざと音を立てて触れる。
「うん。まだ言ってなかったから」
「持ってないよ。僕、全部配っちゃった」
予想通りの返事に続いて、少しだけいつもの調子を取り戻した可不可がニヤリと続ける。
「え~どんなイタズラされちゃうんだろう。でも楓ちゃんからのイタズラなら大歓迎、なーんて」
「どんなイタズラがいい?」
「へ?」
返事を待たずに口づけて、呆けた唇の隙間から舌を挿し入れる。一瞬肩を震わせながらもすぐに応えようとする可不可をかわして、額を合わせて、両手で包んだ頬を擦る。
「可不可は俺にどうされたい? 俺にできることならなんでもしてあげるよ」
体重をかけると可不可の身体は大した抵抗も見せずにゆっくりと後ろに倒れる。ベッドに沈み込んだ耳元に唇を寄せて薄い耳朶を軽く食む。
「だからね」
触れた耳がさらに赤く染まる。言葉を失った可不可の唇をひと舐めして囁いた。
「教えて」
2024.11.09.