朽ちた教会から紡がれる聖歌。日が昇っても薄暗いそこから細々と囁くように聞こえる声に耳をすませる。この教会を管理していた神父は既に他界し、町外れのここへ足繁く通っていた最後の信者も随分前から姿を見ていない。神父不在の、神すらも見捨てたような廃墟と化したこの教会に、人がいる。
ぎっ、と扉を軋ませて日の光を中へ入れれば途端に歌はピタリと止んだ。さっきまであった人の気配が一瞬の間に消え、静寂と埃まみれの十字だけがそこにある。人気はない。ならばさっきのは亡霊か、はたまた特異な悪魔の類いか。つまらない考えを巡らせて祭壇へと近づいたその時、影から伸びた何かが自分を押し倒した。
「っ…」
掃除のされていない床に背を打ちつけ息が詰まり、長い丈の裾が揺れ埃を巻き上げた。ヒタリと首筋にあたる無機質な冷たさは、小さな、それでいて刃こぼれもなさそうなナイフらしく、鈍い銀の刃よりも冷えきった澱む赤色の瞳に見下ろされる。
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