【ゲ謎/父水】欠片も溢しはせぬように また会おうと言っておきながら『やはり』とか言う父、酷い男だよなぁとは思う。互いにもう会えないと多分理解してたんだよなと思う…ところからの意地でもああなった父はめちゃくちゃおいおいとはなるよな。意思強。あと肉体も強。メンタルフィジカルつよつよ。
それにしてもアレ多分天狗来てると思う。きたさんの誕生日から逆算であそこから約7ヶ月生き延びてるんだよアレ。河童と天狗を姿や名指しで出してる辺り、治療と運搬と保護を示唆されてるよなぁとか…。
そしてギリギリになって、やはり友のそばで死たい。って言う父はいる気がする。
多分日数決めてその後は頼むって約束で最後に友のそばで妻と水入らずする父と、最後なんだから我儘になってって言う妻に、敵わんの…って笑って。それでもうきうき人魂お誘いして二人揃って脅かして笑い合って、心残りは我が子だけじゃの…って泣く夫婦は居る気がする。
取り憑かれたら驚くじゃろか。
もう取り憑いているようなものじゃないかしら?
そうかのぅ?
そうでしょう。この子を託す気でいるくせに。
脅かしたのに?
それでも来ると信じているのでしょう?
敵わんの。
夫婦ですもの。信じたいものも同じだわ。
そうか。
あなた、最後なんだから我儘になって。私に人を信じる事を思い出させてくれたあの人に、私の愛を託す希望を信じさせて。この子も貴方も、私が信じる人に託したいの。
もう来んじゃろ。
そうね、来ないかもしれないわね。でも、来てくれたその時はーー……
……そうじゃの。その時は、我が子をあやつに託したい。水木ならば、安心出来るの…。
聞きましたからね、あなた。私の愛のすべてを水木さんに託します。あぁ、人間を愛して良かった。愛してるわあなた。
ーー、愛しておるよ、おまえ。出会えて良かった。愛して良かった。愛してくれてありがとうのぉ…。
ウチのこの二人は多分母のほうがもう物凄く父を保護していて、今まで大切に守っていたような気がしている。一人で生きていたその人が、親の愛を中途半端な所までしか受け取れなかった気がしているのでいっそ彼の母の分までひっくるめた愛を持っていたのではないのかなぁ…みたいな人になってしまった。ウチのは。あくまでもウチのは。
けれどこの段階になって振り返って、良い時間だったと後悔はしない気がしている。最初は同情みたいなものからだったのかもしれないし、言い寄られたのかもしれないし、喧嘩から始まったのかもしれないし、共に狩られて逃げた仲かもしれないし、昔幼馴染だったのかもしれないし。そこはまぁ明かされておらず語られもしないことなので横に置きますが、それでも其処を超えて夫婦としてずっとそばに居た。だからこそ、最後に思い出すのは暖かなものだったらいいと思う。愛を語った二人が、こんな今際の際まで優しくなくてもいいとは思うけれど。でも。
今まで生きてきた全てが、これから生まれくる命が、そして友と相手が愛しい。そう言いながらきっと二人は最後まで大切な今までの記憶を互いに言い合って、生まれてくる子を呼んで。そのまま声が聞こえなくなるまで共に在る気がする。痛みすら遠く、声が出なくなっても想いを伝えて。
後悔も全て抱えこれで良かったと納得して目を閉じた妻と、信じる事を知ってしまった故に僅かな怖れを抱いた夫の差があの目玉の顛末を生んだ気がする。
人を信じ切れていない、記憶を失った友を信じて良いのか分からない。
でも信じたい。信じても良いか。
そんな迷いの中で現れた人影は、己の招いた結末を見て恐れと嫌悪……少しの憐憫の情を浮かべる。
抱えられた妻が、あの日の姿と重なる。
あぁ友よ。
記憶を失おうとも、お主のあの時間はその身体の中に残っておるのか。
そう信じても良いのか。
さすればもう少しだけ、もう少しだけ待ってくれぬか。
共に行けず背を見送ったあの日を、どれ程思い返しただろう。あの日の願いが叶う時があるならば、今がその時なのだ。
手を伸ばす。手が動かずとも。
追いかける。身体を動かす事すら出来ずとも。
願った未来がある。
ちっぽけな願いだ。友が居て、我が子が居て、ただ生きていてくれるだけでいい、そんなささやかな。
それを『見届けたいのだ』。
妖怪ではないがあやかしではあった故に、そういう事もあったんじゃろうなぁと目玉の親父さんは言う。
お前さん、つまり俺がどういう行動を取ったか、知っているんだろう。
知っておるよ。そうしなかった事も。
殺人未遂だろう?
我らはあやかし、名を幽霊族。あれしきの事では死なぬよ。
……人では無いのか。
ヒトじゃよ。古い古い、人間の前のヒトじゃ。しかしもうとうの昔に文明は滅び、その子が最後の一人。故に今の我らはただのあやかしとして生きておる。人に近い姿をしているが、人では無いヒトじゃ。だから儂はこうしておめおめ生き延びておるんじゃろう。……だから水木よ、お主はなんにも悪くはない。
あやかしだと言う赤子の親父さんは、布団に寝かせている赤子を上機嫌であやしている。高いが蕩けそうな優しい声は、確かに親の愛に満ちていた。
赤子を抱き上げたその時見えたものの事を、自分はまだこの目玉の親父殿に伝えていない。そして親父さんが生前…いや前の姿の時に何故自分を知っていたのかも、聞いていない。
不気味な包帯男の背の高さを覚えている。次に廃寺に行った時にはもう躯どころか包帯や痕跡があった筈の床板すら残っていなかった故に体感でしか分からないが、頭半分ほどは背が高かっただろう。そんな知り合いなど生きて来た中では居ないし、なんならこんなに親しく声をかけてくる相手もそうは居ない。
こいつは一体、何なのか。
……無くした記憶をたまに思う。病院生活と復帰後の暮らしの中で、医師と警察と同僚と上司に散々あの空白の数日を問いかけられたが、電車に乗り込む辺りからふつりと途切れ気づいた時には病院の天井を眺めるところになっている。無事かと聞いた『彼女』とは誰だったのか。あの喪失感と今に続く悲しみは何だったのか。
目の前の親父さんは、俺がこうも腑抜けになった経緯を知らない。未だ治りきってはいない臓腑の異常も、知りはしない。
医者に一つ言われたのは、お前さんは広島にいたのか。そうれだけだ。その内臓や体の変調は、それによく似ていると。
それは無かったから、己の居たのだという村が気になった。
けれどそれは、赤子とこの小さなあやかしには関係の無い話だ。言っていきなり治るわけでも無し、むしろ治る事は無いだろうとなんとなく思っている。治らないと、確信している。『治ってはならない』と。
それが最後に握りしめた縁なのだと、埋葬されたかの妻は知っている。
たった一体だけでも、彼に戻らせずにいられるならと最後に受け入れたそのせいだと伝えなかったのは、人生最後の意地悪で。
そのたった一体の差で、救われた命だったと地獄で笑う妻は知っている。記憶を捧げいっそ命まで失う覚悟の人間を抱きしめながら、たった数日であやかしに魅入られた人間と長きの命の果てに初めて誰かを信じた夫をただ愛しく思った。
だから最後のちいさな意地悪を、二人で乗り越えて欲しいと最後の幽霊族の女だった者は願う。
失う前に息子と私とで奪ったあの一瞬の欠片の記憶を返せたから、私はもう、思い残す事は無い。
愛しいあなた、愛しい我が子。私を命がけで守り、愛した人がその命をかけて守りたいと願った愛しいヒト。
そのヒトの抱えた心が何だったのかを知っていたのはきっと、私と息子だけだったから。あなたのその友への願いが愛なのだと知っているのは、あなたに愛されている私だけだから。
その願いと祈りが、いつか何かを変えて行く。
未来を、運命を。
……久しぶりの煙草を燻らせ、人間は穏やかにあやかし二人を眺めている。
一日に数本だけしか減らないのは相変わらずだが、もう少し少なくてもまぁ問題は無い。その僅かな数本も、請われれば目玉の姿に手渡される。
欲しいなら最初から言えよ。
何をお主から貰わねばならぬのよ。
あやかしの常識は分からんが、それでいいなら良いのだろう。
家に居る時は特に具合が悪いが、十分に帳消しされる一日の終わりの時間が人間は気に入っている。この症状の原因がたとえ、この親子なのかもしれないとしても。
見捨て、殺しかけた二人が何故自分を信じるのかは知らない。いずれ金をむしり取りこの身を喰らう為だったと聞かされたとしても、それはそれでいいと思う。この時間は、戦に行く前の何も知らず穏やかだった頃を思い出すから。
そう言えば、墓参りに行ってくる。
誰のじゃ?
子守のばぁさんだな。昔、世話になったのをお前たちを見て思い出したんだよ。……視えないものの事を教えてくれたから、あんた達もそうなんだと受け入れられたんでな。
それなら儂らの恩人でもあろうと共に行きたがる目玉に、人間はそれも良いなと笑う。
皆で行こうか。この子の服も揃えなきゃなぁ。
くりぃむそーだも飲みたいのう。
おいおいそんなものも知ってるのか。ハイカラな妖怪だな、じゃあ帰りにパーラーに寄っても良いか。
手のひらにすっぽり収まる目玉なら、きっと人に見つからず楽しめるだろう。赤子にはまだ早いだろうが、いつかまた行けばいい。だから向かいの席はーー…
墓参りの後、母への土産と少し丈夫そうな子供の服を買う。母曰く、子供は直ぐ大きくなるから上等なものは避けなさいとの事だが、そう言われたものの毎年何枚かは良い物を渡してもいいだろう。内一枚は古着物にしてある。これならば少し長く着られるだろうと思う。縹色にしたのはそう、何となくだ。
赤子と風呂敷を手に、墓は本当に小さく、備えた花と線香の煙が晴れた空に軽く揺れていたのを思い出す。
人の目に見えるあやかしと今、生きている。人であり、人では無し、妖怪とも少し違うあやかしなのだと言う。半分だけ重なった、そういう世界の理の生き物。
半分だけねぇ。そう呟くと、赤子の髪の中からそうじゃよ、と声がする。
片目で見るくらいが丁度いい。のう、水木。
耳に馴染む言葉に、幼き日に違う世界の理に生きる者達を語った姿を思い出す。
そうかよ。
そうじゃよ。ただ、儂らは必ずそこにおる。視えないものだからとて、居ないわけではない。
そうか。それなら良いなーー……
いつか自分がこの親子を見失っても、いつか自分が失われても。
この親子がここでこうして呑気にクリームソーダなど喫していた事は確かなのだ。
目の前の空席にもう一つのクリームソーダ。誰かの為の無意識の意味を、俺はまだ見つけられないけれど。
お主はやはり、優しい男じゃの。
そう言いながら手のひらの上でぎゅっと指を抱きしめた親父さんが飲んでおやりと言うから、俺の分のさくらんぼが残るクリームソーダの残りは親父さんにやって、溶けかけたそれを引き寄せ知らぬ誰かに捧げてからそれを口にした。
夏になったらアイスクリームを食べたいのう。そんな言葉を聞きながら、そうか夏までは共にいられるのかと微笑んだ。
そうやって少しずつ、俺達は何かを確かめていく。呪われていると思わぬのかとの脅かしも、無理をするなとの労りも、治らない身体の秘密も、月を見て何故か痛む胸の事も、きっと穏やかな日々に対しては些細な話だ。穏やかと言うには赤子と、妖怪のせいで驚きと困惑に満ちているが。
それでも、この親子を愛おしく思う。何故かとの問はなくした記憶の中に続いているのかも知れないが、其処に在るならそれでいいのだ。
もうこの親子に何も望むものなどない。そこで生きて、いつか離れるなら便りの一つくらいくれれば良い。
だからこの、脳裏にこびりつき離れない姿をたまに思い出す時間は罪なのかもしれない。
良い満月で、良い酒の日。目玉を置いて縁側に行く。どうせすぐ来るだろうが、少しだけは一人で。
息子を救った下駄の音。舞う花弁、見えない表情、妖しい満開の…。
それでも印象は月なのだ。青い光、闇を照らす静かな月。
今更何を忘れても構わない。ただ、この親子とあの記憶だけは残してくれと願う。
どうせあやかしまみれの生活だ。この程度の不思議など、取るに足らないものだろう。だから、何か言いた気な目玉に笑い、小さな猪口を差し出す。
何を思うておった。
いンや、月が綺麗だなぁってなぁ。
まるで口説き文句のようじゃ。
目玉相手に嘯いてもなぁ。
人間は笑うが目玉のあやかしは、魂を欠片ほど欠いた人間を心の底から気遣っている。これ以上欠けさせてたまるものかと思っている。いっそ呪いのようなその執着を、人間はなんにも知りはしない。
だからこそ、愚かしいのはどちらやら。
口説いて欲しいのかい。
お主なら口説いてみるのも良いよの。
それはそれは大仰な。俺などお前さんの愛にはそぐわない。
お主程の相手はおるまいよ。
酒の席での言葉遊びかそれとも素面の告白か。互いにただただ笑って杯を勧め、良い月の所為だとおためごかしの戯言を。
お主には分かるまいよ、今の幸せは。
お前こそ分かってないだろ、人間に戻れた幸いを。
なぁに分かっておるよ。
分かってないだろ、お前らはもっと幸せになるべきなんだよ。
互いに互いを幸せにしたいと言い合って、気付いて腹を抱えて笑い合い。結局まぁ幸せなんだろお互いに。そうじゃの違いないと納得し。それでも遠く月を眺める人間に、あやかしはただ傍にいる。
あの月の夜の酒の席、お主は一つも覚えてないじゃろうに。儂とておためごかしのあやかしじゃ。
寄れば軽くなる身体に、目玉も流石に気付いている。
いつか来る、別れまでの年月をあやかしは数えている。己の身の行く先も、あの村を経た人間の命の残り火も、本当の所は分かりもしない。
友の変質した魂を憂い、その男と繋がる縁の糸が互いを滅ぼすかもしれぬ事を恐れている。
そう、恐れているのだ。あの時死をもよしとした己が、隣で笑う人間と断絶を恐れている。互いに腹に押し込んだものがあると知りながら、それを問えずにいるなど妻はなんと言うだろう。
涙を浮かべた目玉のあやかしに、泣き虫だなぁと声が降る。優しく甘い、あやかし親子にしか届けぬ柔らかな声が。
泣き虫ね、と囁いた妻の声を覚えている。縋れば抱きしめ返した確かな存在を。
それは、今縋った指の暖かさに似て。
枯れない涙でもまぁ…聞いてやる事くらいは出来るから、泣いていいぞ。
そんなふうに言うものだから、手放す気になどなれぬと言うのだお人好しめ。
妻を、息子を、そして儂を、全てを救い己の欠片を失った儂のただ一人の相棒よ。儂の我儘の果て、己の執着の結末の今よ。お主をこれ以上欠けさせてなるものか。
いつか来る決断の時。その日に問える己で在ろう。
涙枯れずとも、全てを包めはしなくとも、お主の柔らかな生まれたばかりの愛を欠片も溢しはせぬように。
儂は幸せものじゃぁと、笑った目玉と赤子の寝息。それだけが、人間の男の人から少しはみ出た安息の時で。
そりゃあ結構な事だねと残った杯を空け、月に軽く囁いた。
いつかお前に出会えたら。
不思議そうな目玉に人間はさぁて酒はそろそろ終いだと立ち上がり、月明かりの届かぬ部屋へと退散する。
いつかお前に出会えたら、己の罪と愛の話を語ろうか。なぁ、瞼の裏に棲む人よ。
その時まで、この身を焼く罪の証を手放さず居よう。消えた目玉の身体のように、爛れ動けなくなる日が来ようとも。
赤子をあやし、夏の約束を思う。
いつかの別れの日までこの愛を腕に。
要らなくなるまでそばにいるから、鬼太郎。心配するなよ。
お前はなァ…きっと誰よりも優しく強くなる。だから沢山泣いていいぞ。
お前の父さんは優しくて強くて、誰より頼もしいんだ。そしてお前を誰よりも愛している。
だから、おやすみ鬼太郎。また明日。
あやす柔らかな声が部屋に小さく漂って、立ち尽くす目玉にぽろぽろほろりと降ってくる。
愛などと。そう言った男はもう居らぬじゃろう。お主の運命はあの日、そうあの月夜に変わったのじゃろうか。
たった一人残された筈の子供が愛されている。あの日、膝を抱えていた自分のように冷たい雨に打たれる事無く。
それだけで救われた気になるなど。
要らなくなどならぬよ。もう逃げられぬと思うがいい。
なぁ、妻よ。お前は儂が取り憑いているようなものだと言うておったな。確かにそうじゃ。
儂は、もう手放さぬよ。
お前も寝ろよと声がする。倅のもとに辿りつけば眠る姿に愛しさが募る。
己には過ぎたる今の時間を噛み締め、それでもこの腕の小ささに不甲斐なさを感じて。
けれど己の全てで守るものがある事に、今はただ感謝する。
儂の、残されたたった二つの愛よ。穏やかに生きておくれ。
妻よ、ご先祖様よ、そして水木と倅よ。儂は何が出来るじゃろうか。
……それを、これから見つけて行こうと思う。
いつか不意に別れの日が来ようとも。
それを跳ね除け大切な者達と、生きていくことが出来るように。
愛する者をもう二度と、失うことが無いように。
Sep 8, 2024 16:30 BlueSky
2024/09/12 22:03 微修正