気付かれないよう静かに。
目の前で眠るのは整った綺麗な顔立ちの青年。
自分が今から殺すべきターゲット。
気付かれないようゆっくりと注意を払いながら彼に近付きナイフを突きつけた。
「―っ!?」
いや、突き刺す事は出来なかった。
後少しの所で僕の動きは止められてしまった。
彼の手によって。
「夜這いとか良い趣味してんじゃん」
余裕の笑みを浮かべ彼は僕の動きを封じた。
これ以上進める事もこの体勢から逃げる事も許されなかった。
額から冷や汗が流れる。
額だけではない。
背中にも嫌な汗が伝う。
彼の笑みに恐怖した。
「一体誰の差し金?言えば殺しはしない」
「…ボスを殺すというなら…自分はアナタを殺す」
彼はにやりと笑う。
僕の言葉に驚く事もなく怯える事もなく。
予想は付いていたのだろう。
「アンタを傷付ければボスとやらは来んの?」
耳元で低く放たれた言葉は恐怖を与えた。
僕を射抜くその鋭い紫色の瞳に心臓さえも止まってしまいそうだった。
獲物は彼ではなく自分だった事に今更気付いた。
「あっ!」
敵わないと察し自刃しようと喉に突き立てたナイフを取り上げられベッドに押し倒される。
覆い被さる彼の顔はこんな状況だというのに見とれるくらい妖艶だった。
「ここ最近ご無沙汰で溜まってんだよね。暇つぶしにちょっと相手してよ」
自害することも逆らうことも許されない。
彼にされるがまま陵辱を受けるしかなかった。
太陽はすでに高い所まで昇っていた。
一夜のうちに彼の手に堕ちてしまった。
重い身体を起こす。
しかし身体の節々が軋み上手く立ち上がる事が出来なかった。
「まだ寝てた方がいいんじゃない?」
彼の声が頭から降り注ぐ。
散々鳴かせたというのに涼しげな顔で言う。
無意味だと知りながらも彼を睨みつける。
彼は笑うだけだった。
楽しんでいるのだろう、無力な僕が必死にもがく姿を。
「アナタと居るのは嫌」
彼を否定する。
ベッドから何とか立ち上がるも歩けなくて床に座り込んでしまう。
それを繰り返して彼から逃げるように前に進んだ。
「自分から誘っといてよく言うな」
「誘ってなんかない」
彼は僕の動きを見て楽しむ。
なんとか外へと出る扉に近付けたと思ったら、彼は僕を抱き上げ元の位置に戻してしまった。
しかも今度は彼の膝の上に座らされる。
「…ぁっ…」
「そう簡単に逃がすわけないじゃん」
笑う彼にもう成す術がなかった。
昨夜の行為のせいで体力が殆どなく動けない状態であった。
意地悪く口元を歪め笑う彼は相当なSだと思う。
何か楽しい悪戯でも思い付いたのか目を輝かせている気がした。
嫌な予感しかしないし冷や汗が背中を伝うのが分かる。
無言のまま彼を見続ける。
視線を逸らしたら負けだと思ったから。
彼は僕の顎を掴む。
そして顔が近付いてきた。
キスされたんだって気付くのは暫く後だった。
どうして気付くのが遅かったかと言うと、思考回路が停止しそうな程の濃厚なキスをされたから。
逃げても絡められ、嫌と言うほど力の差を見せつけられた気分だった。
きっとこれは僕に対する嫌がらせ。
「…んぅ……ゃあ…ぁ…」
喘ぎ声に近い声が出て恥ずかしかった。
彼は嬉しそうに笑う。
嫌な笑い。
まんまと彼の罠に嵌ってしまった。
「で?まだ仲間は来ないの?」
「…来ない…来る訳ない、こんなクソでゴミクズの失敗作を助けになんて…あの人達にとって自分はどうでもいいから…」
自虐的に言った。
任務に失敗した僕を助けに来てくれるとはとても思えない。
所詮自分は使い捨ての駒。
「…死なせてください」
彼にとって僕は誘き出すための囮。
来ないならもう用済みって事になる。
このまま殺されるのだと思った。
そうでなくても帰る場所を失った自分に価値はない、さっさと消えるべきなんだ。
しかし彼は首を横に振る。
「俺さ、この辺り仕切ってる奴ら片っ端からぶっ潰したいんだよね」
「はあ…?」
「行くところがないならさ、俺の側にいなよ」
驚いた。
彼は僕を殺しはしないと。
それどころか仲間になれと言う。
混乱していた。
何故、側に置いておくのだろう。
答えは簡単だった。
「大瀬のこと気に入ったから」
そう言って僕の頭を撫でる。
意外にも優しい所はあるんだと思った。
だって彼は僕を慰めるようにとても優しく撫でてきたから。
もう何も言う事はなかった。
帰る場所のない僕は彼に身を委ね、彼の為に死ぬ。
自分の運命を受け入れ彼の言葉通り側にいることになった。