幸せな夢 オーブのコロニーであるヘリオポリスは、オーブと同じ季節に調節されている。
だから、四月は秋の気候だ。
少しひんやりとした空気が、地球のそれによく似ていて、四月のトールの誕生日には手袋やマフラーなんかを贈って
「風邪引かないようにしてよね」
なんて世話を焼いたものだった。
トールもまんざらでもなさそうに
「もう、ミリィったらお母さんみたいだよ」
なんて笑っていた。
あの顔をもう一度見たい。
笑うと、どこからどう見ても人の良さそうなあの顔を。
それなのに、彼は夢にすら出てきてくれない。
たったの一度もだ。
いや、トールだけではない。
ミリアリアの夢には、トールも、両親も出てきたことはないのだ。
今隣に眠る最愛の彼、ディアッカでさえも。
自分に近しい人ほど、ミリアリアの夢には出てこない。
それが、時折とても寂しくなる。
「夢でくらい、逢えたらいいのに…」
ミリアリアはそう呟いて、布団と最愛の温もりに包まれて目を閉じた。
目を開けると、自分の胸元でミリアリアがすうすうと寝息を立てていた。
時計を見るとまだ明け方で、窓の外は薄暗い。
自分の背中に布団がかかっておらず、そのせいで冷えて目が覚めたのだなと悟り、布団を直しながら、無造作にミリアリアの頬にかかる髪をよけてやる。
と、彼女の長い睫毛の間から、一筋の涙がこぼれた。
(悲しい夢でも見ているのだろうか)
ディアッカは努めて優しくミリアリアの頭を撫でた。
「…んんっ…」
小さな声と共に、ミリアリアがうっすらと目を開けた。
「わりぃ…起こした…?」
ディアッカが囁くように言うと、彼女はディアッカを見上げるようにして言った。
「…でぃあっか」
彼女の瞳から、また一筋の涙が落ちてゆく。
ディアッカはそれを指の腹で拭ってやりながら、そうっと頬を一撫でした。
「悪い夢でも見た?」
ディアッカの問いに、ミリアリアはふるふると首を振った。
「…すごく幸せな夢を見たわ」
「幸せな夢…?」
ミリアリアは焦点の合わない目でぼーっと天井を見つめながら、ぽつりぽつりと話始めた。
「あのね、わたし、アークエンジェルの廊下にいたの。
手には軽食の乗ったトレイを持っていて、格納庫のほうへ歩いていたわ。
少し行くとね、声がしたの。廊下の先から男の人たちの笑い声が聞こえてくるの。
誰だろう?と思ってそのまま歩いて行ったら、バスターとアンタが見えて…
…その向かいにトールとスカイグラスパーがいたわ」
ディアッカは彼女の話を妨げないように「…うん」と小さく相槌を打った。
「二人で何を話しているんだろうと思って、私は物陰からそっと聞き耳を立てたの。
…でもね、聞き取れないのよ。
二人が楽しそうにおしゃべりしているのは分かるのに、何を話しているのかはわからないの」
ミリアリアはディアッカの方に首を向けると、愛おしそうに目を細めた。
「でもね、何を話しているか分からないけど、私の大好きな二人が仲良さそうにしてるのを見たら、すごく幸せな気分だったのよ。
二人が生きてて、笑ってて、楽しそうにしているのが…」
ミリアリアの瞳から大粒の涙がまた一つこぼれた。
ディアッカは思わずミリアリアを抱き寄せ、おでこに口づけた。
「あぁ…続きが見たいわ…それでね、わたしは二人に近づいて行ってこう言うの。
『なに二人でおしゃべりしてるのよ!整備終わってないんでしょう!』って」
涙で揺れる彼女の瞳は、楽しそうに笑っていた。
「そしたら俺とトールは『ミリィお袋みたい、おっかねぇ』って言うんだろうな」
ディアッカがそう言うと、ミリアリアははっとしたように目を見開いたが、すぐに
「きっとそうね」
と言ってほほ笑んだ。
「じゃあ、起きるにはまだ早いから、もう少し楽しい夢の続き見ておいで」
ディアッカはミリアリアの頭をぽんぽんとなでると、布団を彼女の口元まで引き上げて言った。
「うん、そうね…もう少し寝るわね」
ミリアリアがディアッカの腕の中で、少し赤くなった瞼を閉じた。
「ねぇ…ディアッカ?」
ミリアリアがディアッカの胸にそうっと手を置きながら、呟くように言った。
「うん?」
「お墓参り…一緒にきてね」
「分かってるよ」
彼女の鳶色の髪をなでていると、やがてまたすうすうと規則正しい寝息が聞こえてきて、ディアッカはそれを子守歌に目を瞑った。
Fin