昼寝時折傷口がうずく。
ある時、やけに顔色が悪い真島に何があったのかと冴島が執拗に問いただすとそう返された。
ちょっとやそっとの不調などおくびにも出さない真島がそういうのだから、相当つらいのだろう。
お互い言葉には出さなかったが、黒い布で隠された眼窩の傷が要因なのだというのは手に取るように分かった。
真島の体調が悪くなるのは大抵が湿気のこもった曇りや雨の日だ。あまり詳しくはないが気圧による関係なのだろうか。
ある程度法則性に気づけるようになった冴島は、あえて真島の体調がすぐれないだろう日に合わせて真島組に顔を出すようにした。
そうして真島の顔色だけ確認して、体調が悪そうであれば無理にでも理由をつけて家に帰すのが冴島の役割だ。
こちらの意図にも薄々感づいてきたのだろう真島は、最近では体調が優れない時は冴島の顔を確認するなり書類を簡単に片づけておとなしく冴島の後をついてくる。
そのまま一緒に食事をして真島の家に上がり込み、楽な服装に着替えさせ、市販の鎮痛剤を飲ませて真島が眠りにつくまで傍で暇をつぶす。
ともすれば看病をしている親と子とも取られかねない一連の流れだが、二人とも成人して久しい大人であり恋人同士だ。
冴島にとっては中々二人で時間を過ごすことのできない恋人との貴重な一時であり、大げさに甘やかしてしまうのも無理はない。
眠りについた真島の眼帯をゆっくりと外してサイドテーブルに置き、傷口をいたわるようにその瞼へと口づけを落とす。そうした後に自分の仕事へと戻るのが段々と癖づいていた。
9月、暦では秋に入る時期になってきたが神室町はまだまだ蒸し暑さが続く。
連日灰色の雲が空を覆っており、雨が降ったりやんだりを繰り返している。ニュースによると大型の台風が段々と都心部へ近づいているらしい。
ここ数日は心配になって頻繁に真島組へ足を運んでいたが、当人は存外ケロッとしていた。冴島にとっては安堵半分寂しさ半分といったところか。
昨日も顔を出して元気そうな姿を確認していたため、なんとなく安堵していたのだろう。今日は手元にある仕事をある程度片づけてからいつも通り真島に会いに行こうかと考えていたところで真島組の組員である西田から電話が届いた。
曰く、朝から真島の姿が見当たらないのだそうだ。
元々真面目に机に向かって仕事をするのが性に合っていないのか、組に顔すら出さずに出歩いていることも度々ある真島だが、不安定な天気の中でわざわざ外へ出る可能性は低いだろう。
となれば自宅か。
冴島はやりかけの仕事もそのままにスーパーへ向かい、昼飯として簡単に食べられそうなものをいくつか調達すると真島の家へと急いだ。
いつでも家を出入りできるように、と受け取っていた替えのカードキーを使って真島の住むマンションのエントランスへと入る。真島の部屋番号が書いてあるドアに鍵を差し込み勢いよく玄関のドアを開けると、家中に立ちこめた蒸し暑い空気が肌に触れた。
廊下を進んでリビングへと足を踏み込むと、薄暗い部屋の中心にあるソファで真島が部屋着のまま倒れるように蹲っていた。
蒸し暑い部屋の空調を変えるべくエアコンのリモコンを操作しながらソファへ近寄ると、ようやく人の気配に気がついたのか真島がこちらを向いた。
額へ手を当てると平常より僅かに暑い。熱中症になりかけているだろうとアタリをつけて飲料を渡し、冷蔵庫から取りだした保冷剤をタオル越しに脇や首へ宛てがう。されるがままだった真島は段々楽になってきたのか、初めは荒かった呼吸もだんだんと落ち着いてきた。
今は食事をとることは出来ないだろう。真島が起きた後に食べられるものでも作っておくかと考え、冴島はブランケットを掛けてやるといつも通り彼の眼帯に手をかけゆっくりと外しかけた。
途端、未だに熱を持った真島の腕がそれを遮る。
「…もう、行ってまうんか。」
ドキリとした。真島はじっとこちらを見据えながら続ける。
「兄弟がこれ外したら…すぐ帰ってまうやろ」
いつも寝入っているものだと勘違いしていた。冴島が帰る間際に行うこの習慣に真島は気づいていたのか。
真島は冴島と眼帯とを遮ったその腕で、蛇が巻き付くようにして冴島の片腕を絡めとった。真島はまだ何か言いたげな顔付きだ。冴島は余ったもう片方の腕で真島の頭を撫でながら続きを促した。
夢現だが、帰る前の冴島の一連の行動は覚えていること、
傷が痛む日は決まって悪夢を見ること、
目が覚めて冴島が居ない部屋を見て寂しい気持ちを覚えること。
熱の影響か普段からは考えられない程に素直な真島を見て、可哀想なことをしてしまったなと思う。話し方から察するにあの日の悪夢を繰り返し続けているのだろう。今でこそ頻度は減ったが同じ日の悪夢を見ている冴島だからこそわかる事だった。
「今日は休みとったから、いつまでも一緒に居たるわ」
それを聞いて安心したのか冴島の腕の拘束が解けた。既に外れかけている真島の眼帯を外して近場のテーブルに置き、傷の着いた瞼に口付ける。
安心して眠って欲しい。
目が覚めても自分はここにいるのだと、伝えてやれるから。