本気「なあ、チャンピオンさん。オイラと付き合わねえ?」
「………えっ?」
カキツバタと私以外に誰もいないリーズ部の部室で、突拍子もないことを言われる。
「そのまんまの意味だよ。」
口元だけくすりと笑うと、笑っていない目が私の瞳を覗くように見つめる。
「からかってる?」
「そんなわけねえよ?オイラは本気で*のことが好きなのさ」
………本当なのだろうか。この男は、いつものらりくらりと会話を交わすし、あの騒動があった時もデートだなんて言って私を呼び出したりしていた。
「………本気?」
「本気だよ。キスでもしてやろうかぃ?」
そう言って、カキツバタは私の顎をクイ、と持ち上げる。イエローの瞳に映る私は、間抜けな顔をしている。
「そういうことじゃないでしょっ」
思わず手を払いのけようとすると、「おっと」なんて声を出してするりと私の腕をかわす。
「じゃあ、*の好きなとこでも順に教えてやろうかねぃ?
まず、からかいがいのあるところ、次にオイラみたいな悪いやつにのこのこついてっちゃうような純真なとこ、次に…」
「わかった、わかったから!」
「へそうやって照れるところがカワイイんだよ」
「………………!」
カキツバタは、私の頭をポンポンと撫でる。
……カキツバタって、こんなに大きかったっけ。なんて、考えながら俯いていると、ぐい、と抱き寄せられる。カキツバタの体は、冷たくて、少しだけ、ほんのりと体温の温かさがあった。
「で、*はオイラのことどう思ってるんだい?」
思わず顔を上げる。
彼の口元は相変わらず笑っているが、目は笑っていないように見える。私がその目に見つめられると何も言えなくなるのを知っていてやってるのだろうか? きっとこの男のことだ。私をからかっているに違いない…とさっきまでは思っていた。
しかし、私の返事を待つ瞳があまりにも真っ直ぐで、少なくとも嘘は言っていないのでは…なんて気持ちになる。
そう思うと、急に恥ずかしくなってきた。カキツバタの胸板を押し返すも、私の力ではびくともしない。むしろ、私を抱きしめる力が強まるばかりだ。
……私は意を決して口を開こうとすると、廊下から声が聞こえてきた。きっとリーグ部の部員だろう。カキツバタは私の髪をさらりとなぞると、「返事、期待して待ってるぜい」と言い残していつもの椅子へと座った。
「おつかれ!あれ、またカキツバタは授業サボったのかー!?
あ、*も!もしかして2人ともサボり!?」
アカマツくんの元気な声が部室に響き、後ろからスグリが顔を出す。
カキツバタはお菓子を頬張りながら気だるそうに手を振り、私はといえば、高鳴る胸の鼓動をそのままに、その場から動けないでいた。
部活動に身が入らないまま、夜になってしまった。寮に戻り、シャワーを浴びる。すべての用事を終えてしまっても、カキツバタの告白を何度も頭に反芻しては、自分の答えを出さないままぼーっとベッドに腰掛けていた。
「私、カキツバタのこと好きなのかな…」
ふと呟いて、顔がぼうっと熱くなる。カキツバタはああ見えて面倒見がいいことも、みんなのことをよく見ていることは確かだ。しかし言動と行動に関してはもう少しやりようはあるのでは…とは何度も思うこともある。
それ以上に、彼のポケモン達は彼によく懐いていて、鍛え上げられている。それらは一朝一夕にできることではない。根は真面目で、真摯な努力家であることも伺える。
彼は、どうして私のことを好きになったんだろう……いや、あれもきっと冗談に違いない。…でも、冗談ならわざわざ2人だけの時に言うのかな、なんて頭を巡らせていると、突然スマホロトムの通知が響く。
そこには「部屋のドア、開けて」とカキツバタからのメッセージがあった。
「へへ…来ちゃった、ってね。」
この時間、寮の個人部屋に部屋主以外が出入りするのは禁止されているはず…。しかし来たからには追い返すわけにもいかない。この学園は監視も校則もゆるく、見つからなければオッケー、なんて考えが蔓延してるらしい。
悪びれず私の部屋に居座るカキツバタ。
「何か用?」
「冷たいねぇ。せっかく好きな人に夜這いしに来たってのに」
「よばっ…」
思わず声を荒げそうになる。しかし、カキツバタは気にする様子もなく続ける。
「夕方の返事、聞かせてくれねえか?このままだとオイラ、夜しか眠れそうになくってさ」
「いつも昼寝してるじゃん…」
悪態をついてみるものの、あの目が私を見つめる。カキツバタは私に想いを伝えてくれたのだから、私も返すべきだと。
「……正直、カキツバタのこと…私何にも知らないの。
カキツバタって、いつものらりくらりとかわして本心を見せないから、私、急に好きって言われてびっくりしてるんだ」
「うん」
カキツバタは、私の目を見て相槌を打つ。
……なんだか恥ずかしくなってきた。顔が熱いし、心臓もドキドキと高鳴っているのがわかる。それでも私は続ける。
「だから、カキツバタのことが好きかどうか、私自身わからなくて…」
その先を遮るように、カキツバタの指が頬をなぞる。ひんやりとした指に驚いてしまい、びくりと身体が震える。
「じゃあ、オイラのことを知ってくれたら好きになる?」
向かいに座るカキツバタは私の目をまっすぐと見つめる。あの目だ。カキツバタの目。あの眼差しに見つめられると、私は………
「………わからないけど、カキツバタのことは、知りたい。」
そう言うと、椅子から立ち上がった彼は覆い被さるように私の身体に腕を回す。
「オイラはこういう人間だよ。」
柔軟剤の匂いだろうか。ふわりと花のような香りがしたかと思うと彼の顔が近づく。恥ずかしくなって瞼をぎゅっと瞑ると、唇に柔らかいものが触れたあと、ぺろり、と濡れた感触があった。
「口、開けて」
何が起きたかわからず、言われるがままに口を恐る恐る開くと、ぬるり、と生暖かい感触が割り入ってくる。それは私の歯列や舌をなぞったあと、蹂躙するように咥内を弄んでいく。
息苦しさを覚え、彼の身体をぎゅっと掴む。ふるふると身体が震えると、それはやっと私の口から離れて行った。
目を開けると、カキツバタの舌が私の唇に垂れた唾液を舐めとる。
……何をされたのか理解して、顔が真っ赤になるのを感じた。そんな私を見て彼はくすりと笑うと、耳元で囁いた。
「嫌いになった?」
「………食べられたかと、思った。」
「食べた…ねえ。そうかもしれねえ。
オイラはただ、*のことが欲しいだけだからねぃ。」
そう言うと、カキツバタは私の髪をさらりと撫でて、またな、と言って部屋を去ってしまった。
………私は腰が抜けてしまい、そのまましばらく動けなくなってしまったのであった。
カキツバタのことを知りたい、なんて言うんじゃなかった、と少し後悔した。
彼は私が思っている以上に、貪欲で、よくわからない人間だ。
…………私はそんな彼に惹かれている。