いつもの 窓から差し込む柔らかい朝日に頭をやんわりと撫でられて、レイシオは目を覚ます。スッキリした視界で時計を見れば、いつも起きる時間よりも15分遅れて起床したようだった。
首を動かして体の重みに目をやると、腹の辺りに腕が回されてガッチリと自身の身体を抱きしめていた。腕を辿って顔へと視線を移すと、アベンチュリンの頭が自分の体に埋められている。どうやら、アベンチュリンの寝顔を見ることは叶わないようだ。眠っているというのにレイシオの体を強く抱きしめて、まるで新生児の把握反射だな、とアベンチュリンにこの言葉は届かないと分かっていながらレイシオは独りごちる。
レイシオの身体に頭を擦り付けられたふわふわの前髪は、反り返って変な形の寝癖と化していた。レイシオは素直なアベンチュリンの髪を優しく撫で、朝日に照らされた髪がキラキラと光の粒を反射するさまを見て美しさに思わず微笑む。頭を撫でようが、体を少し捩ろうがアベンチュリンはぐっすり眠って不動の構えでレイシオを抱き枕にしていた。呆れと同時に熟睡しているアベンチュリンに安心して、治療が実を結びつつあると柔く実感する。
ここまで来るにも長かった。深夜にアベンチュリンが悪夢にうなされて震えるのも、突然叫んで飛び起きるのも何度あったか数えられない。眠りも浅くちょっとした物音や気配で目を覚ますことも多かった。アベンチュリンの身体が突然ビクンと怯える度にレイシオはアベンチュリンを安心させようと末端が冷たい体を抱きしめて頭を撫で、「大丈夫だ」と辛抱強く声を掛け続けた。強がったり泣き出したり突き飛ばそうとしたりとその当時のアベンチュリンの荒れようは凄いものだった事は深く記憶に刻まれている。しかし、レイシオの根気強いサポートが項を成したのか、徐々にアベンチュリンはレイシオの隣だとよく眠れるようになった。おかげでアベンチュリンはレイシオと添い寝するためにレイシオのベッドにするりと潜り込み、レイシオの身体を抱き枕にしてふてぶてしく寝こけることが常になったのである。お前は猫か?皮肉を言ったところでレイシオの隣で眠ったアベンチュリンには何も届かない。
勿論この状況もレイシオの想定通りであったし、睡眠環境が改善され、アベンチュリンが人間らしい豊かな生活を手にしていくことが嬉しいことは明白だった。レイシオは「これからは1人でも悪夢を見なくなるように」と願いを込めて、今でもアベンチュリンの治療に臨んでいる。
しかし新たな問題も発生している。今までアベンチュリンは悪夢で飛び起きるせいで悪い意味で朝に激強だったのだ。そんな悪夢由来、最悪の目覚まし時計がレイシオの手によって取り除かれてしまえば、アベンチュリンの寝起きはどうなるか。
───そう、お察しの通りその反動によって、レイシオ限定の朝に弱すぎるアベンチュリンが爆誕した。
レイシオの隣で眠るアベンチュリンは夢すら見ない熟睡をぶちかましていた。口もちょっと空いていたし、涎をレイシオのパジャマにくっつけてしまったことだってあるぐらい、それはそれは爆睡だったのだ。
アベンチュリンの寝姿を存分に堪能し、レイシオは大きな欠伸をして、また時計を見上げる。長針は先程見た15分先を指していた。もうそんなに経っていたのか、と驚くと同時に腹の虫が間抜けな音を立てて朝食の時間を知らせる。流石と言えば良いのか、Dr.レイシオの体内環境はきわめて整っていた。腹の虫までも健康の為に主人にコントロールされているらしい。
「そろそろ起きるぞ、アベンチュリン」
「ん〜〜〜ん……」
温かい体をゆさゆさと揺らして起こしてやるとアベンチュリンは不機嫌そうに呻いた。そしてレイシオの身体に頭を横に擦り付けて拒否の意を示す。レイシオももうねむねむ朝弱アベンチュリンには慣れっこである為、昔はその珍しさに二度寝を許していても、今はもう30分の寝坊だと二度寝案を却下した。
用事もない休日だというのに、世の愚鈍を根絶する真理の医者の生活はすこぶるストイックである。
「はあ……いつもなら既に朝食を摂っている時間だ。僕は空腹なんでね。アベンチュリン、目玉焼きと茹で卵、スクランブルエッグ、どれがいい」
アベンチュリンは「んえー」だか「あー」だか曖昧な声を上げて起床に抵抗の意思を表しながらも、朝食のメニューを5秒悩み、決まったのかレイシオの体から顔を上げて声高らかに寝言を叫ぶ。
「いうおぉ!」
なんて?
「スクランブルエッグだな」
なんで分かるんだよ。
アベンチュリンの寝言をさも当然のように翻訳したかと思えば、レイシオはすくりと起き上がり慣れた手つきでアベンチュリンの腕を解いてベッドから立ち上がる。朝食を作るためにキッチンに向かえば、アベンチュリンは慌てて起き上がり、開ききらないぼやけた視界でスタスタ歩いていくレイシオを捉えた。
「れぇ〜〜〜〜しおぉ〜〜〜〜〜!」
君ってやつは!寝起き特有の謎キレをぶちかましながら四つん這いでレイシオを追いかけようとベッドの上を進めば、アベンチュリンはブランケットに手足がもつれてベッドから墜落する。「わっ」と声を上げてゴトンと床と激突するも、大きなふわふわのブランケットはアベンチュリンを衝撃から守り、レイシオの匂いと温もりでアベンチュリンを包み込んだ。
レイシオの匂いに包まれ、未だに眠気限界なアベンチュリンは床でも寝た。最早パブロフの犬状態である。レイシオがいる=安心できる=睡眠とねむねむ朝弱アベンチュリンは思考回路を設定していた。その思考回路を反射で働かせて、アベンチュリンの意識はまた途切れた。
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「君を抱えて引き摺るのも大変なんだ、君はれっきとした成人男性だという自覚は無いのか?」
「その逞しい筋肉は何の為にあるのかな?そう!僕を抱きしめる為だろう!まったく、そんなケチケチしたこと言わないでくれよ」
「僕は君に自分で歩いてベッドから出てきてくれと言っているだけだ」
「ベッドからは出たじゃないか」
「揚げ足を取るな」
「はいはいほへんはは〜い」
「口に物を入れたまま喋るな」