涙に至る物語彼女の過去を振り返ってみよう。彼女が人の子を夢見た理由を探し出そう。彼女が因果を解さぬとしても、因果は彼女を見逃さないのだから。
黄金の歌声が絶え、慈愛に満ちた女主人が俗世の指揮棒を賜った後のことだった。新たな水の娘が高海の上に誕生した。その表面は蒼晶螺のように輝き、ロマリタイムフラワーの花弁のように澄んでいた。その知恵は雪羽ガンのように無垢であり、カンムリガラの雛のように愚鈍であった。彼女に与えられた名はリリスという。
「人類を十分に理解したとき、あなたは大地に初めての涙を零す」ある月明かりの下で、万水の女主人はリリスに眷属の使命を語った。それは慈悲に溢れた高潔な理想であり、世の万物を繋ぐ悲願であった。
「よく分からない」愚かなリリスは正直に答えた。心優しき女主人は微笑んで説明を続けた。全ての水の精霊に与えられた使命とは、万象を理解し、あらゆる命を愛することである。
「獣を理解したとき、獣の形を作ることができるようになる。水形の獣たちを見たことがあるでしょう?人の形を作るのも同じこと。ただ、人の心は獣よりも複雑だから、理解するのに時間がかかるでしょう」
「理解……私に理解できるの?」数を数えられないリリスにとって、人の心はあまりにも複雑に思われた。
「人と触れ合う十分な時間さえあれば、必ずやその境地に至るでしょう」女主人は彼女の内心を見透かしていた。「そして私がその時間を与えましょう。新しい孤児院を建てる計画があるの。そこに赴き、幼い人の子らと暮らしなさい」
リリスは困惑しながらも嬉しそうに頷いた。彼女は孤児院というものを知らず、これまで人の子と交流した経験もなかった。それでも、彼女は愛する女主人から役目を与えられたことを喜んだ。
………
幸せな日々を振り返ってみよう。彼女が人の子を愛した理由を思い出そう。人の子が皆溺れてしまっても、叙事詩と童謡は残り続けるのだから。
ある午後の水仙十字院、リリスは噴水の中に入って子供たちの冒険を眺めていた。アルとアンがそれぞれ木の剣を振り回し、ジェックの箒と打ち合った。
「邪悪な調律師め!騎士の正義の剣を食らえ!」アンが元気良く叫んだ。
「蛮族よ、お前たちに勝ち目はない」ネイは分厚い歌集を掲げていた。「蛮族は存在すべきではない。神王の治世に汚れがあってはならないのだ!」
彼らは笑い合いながら、噴水を囲む池を高海として戦った。ジェックは見えない艦隊を率いて、アルの見えない砦に突撃した。既に人の子と暮らすようになって久しいが、リリスは未だに空想というものを理解できなかった。木の剣と白石の剣は本質的に違うものではないか?
ボンボン時計の鐘が鳴り、副院長は美味しいケーキを焼いた。おやつの時間の後、リリスは礼拝堂で精霊について語った。「私たちはいつか、人の心を理解して、人の形を作るの」
「精霊はみんな院長先生みたいなんだと思ってた」アンは首を傾げた。「院長先生も人の姿になるの?」
「私には無理なの」
「どうして?」
「まだ時間が足りないの」リリスは高貴な女主人の言葉を思い出して答えた。
彼女は久々に眷属の使命について考えた。人の子は一人ひとり異なっていて、全く予想もつかないことをする。あの副院長もすっかり大きくなって本物の剣を振るうようになり、ケーキを上手く焼けるようになった。人の子の生涯は短いのに、彼女よりずっと多くの変化を経験しているように思われた。
彼女は複雑なことを考えるのが苦手だったが、終わりのない時間を持っている。もっと人の子と触れ合っていけば、いつか彼らを理解できるようになるはずだ。
災いが起きるまで、彼女はそう思っていた。
………
孤独な日々を振り返ってみよう。彼女が希望を抱いた理由を思い出そう。残酷な現実は未来を呑み込み、いつか彼女に追いつくのだから。
アンと機械の犬が去った後、リリスは独りで暗い水中を漂っていた。アンが語った物語について考えていたのだ。プリンセスは「過去」と「現在」を費やして悪龍を防いだが、結局負けてしまった。彼女は永遠の眠りにつき、「未来」を友達に託した。
リリスには、プリンセスが「過去」を費やして「未来」を守った理由が分からなかった。災いが起きてからというもの、彼女は誰もいない水仙十字院で幸せだった日々を思い出していた。彼女にとって過去とは輝く宝物で、未来とは恐ろしい暗闇のように思われた。高海は毒に汚され、子供たちは散り散りになり、現在はこの建物のように空っぽだった。
雨季の終わり頃、リリスはネイとジェックに連れられて新しい家を訪れた。未完成の塔は全体が歯車仕掛けになっていて、住み慣れた孤児院とは異なる雰囲気を持っていた。
「僕とジェイコブが一緒にいますから、困ったことがあれば何でも言ってください」ネイは困惑した様子のリリスを安心させようとした。
「うん……」
「院長先生の力があれば、僕たちは必ず成功します」
「私の力?」彼女には予想外の言葉だった。
「そう、院長先生の純水の力が必要なんです」ネイは両手を広げて周りを示した。
「フォンテーヌに残る純水精霊はあなただけです。あなたの協力があれば、僕たちは世界の滅亡を乗り越えて、無限の未来を手に入れることができるでしょう」
「未来」と聞いて、リリスはアンの言葉を思い出した。一緒に沢山の「過去」を作ったから、「現在」も一緒にいて、「未来」もきっと一緒にいられる。
「アンとアルも一緒に?」リリスは思ったことをそのまま尋ねた。
ネイとジェックは目を見交わした。「ええ、またみんなで一緒に暮らせますよ。僕とジェイコブ、アランとマリアン、そして院長先生で」ネイが手を差し出し、リリスが伸ばしたひれの先に触れた。彼は手が濡れることを気にしなかった。
彼女は未来に縋っているようでいて、本心では過去を求めていた。彼女が未来に抱いた期待とは、四人の子供たちが集まって過去を演じることだった。彼女は災いという複雑な出来事を理解できず、単純な日々を取り戻そうとした。
自責の念に閉じこもって幽霊のように彷徨うのと、偽りの未来を信じ切って進むのでは、どちらの方が良い選択肢だろうか。
………
見知らぬ記憶を振り返ってみよう。彼女が悲しみを覚えた理由を取り出そう。哲学の本を読んだとしても、哲学者になれるとは限らないのだから。
リリスはジェックの呼び出しを受けて実験室にやって来た。記録と錬金術の本が積み上げられた机の脇には奇妙な銀の水盆があった。
「何があったの?」リリスは無邪気に尋ねた。ジェックは前よりも疲れているように見えた。会員たちの前で抑え込んでいた感情が緩んだのか、焦りと恐れが顔に表れていた。
「この中にある人格が分かりますか?」彼は水盆の中で渦巻く原始の水を指差した。リリスはひれを浸し、すぐに溶けた記憶を感じ取った。
高貴な血筋/傲慢/魔獣/恐怖/海軍士官の父/喜び/財産目当ての親戚/不当な審判/怒り/社交界の汚点/嫉妬/不安/友人の招待状/好奇心/偉大なるマスター/救世の大義/狂信者/疑念/恐怖/恐怖/恐怖
彼女はひれを震わせた。「彼は……ここの人。会ったことがある人」
「ええ、第三階位でした」ジェックはどうでもいいというように首を振り、リリスの頭を見上げた。「その溶けた人格を再抽出することはできますか?ほら、純水精霊は水形動物を作るでしょう?同じように、この人格を人の形に作り直せますか?」
それは万物を理解する高潔な理想だったが、女主人はもういない。リリスはばらばらの記憶を繋ごうと試みたが、その因果関係を理解できなかった。
「やってみた……でも、できない」
「そうですか、ご協力に感謝します」ジェックの声から隠しきれない失望を感じ取り、リリスは不思議に思った。そもそも、なぜあの会員は溶けたのだろう?結社に来てから不穏な疑問を抱いたのはこれが初めてではなかったが、いつもネイが分かりやすい説明で彼女を納得させてくれた。
「ネイはどこにいるの?」リリスが実験室の戸口でそう尋ねると、不自然な沈黙があった。振り向いた時には、ジェックは既に平静を装っていた。
「リリスさん、前の集会でも言いましたが、マスター・ナルツィッセンクロイツは大いなる秘儀を執り行っています。しばらくは会うことができません」ジェックはそのまま戸を閉めてしまった。
「そう……」彼女はジェックらしくない行動に困惑しながら立ち去った。ネイに次に会った時には、あの会員について尋ねるつもりだった。
しかし、次に会った時には、ネイは純粋なネイではなくなっていた。
……
さあ、暗い現実を見つめよう。彼女が人の子に触れた瞬間を見届けよう。水の女王が失せたとしても、その理想は消えないのだから。
リリスは透き通ったひれで人の子を抱き上げた。赤い血が純水の体に落ちては濾過されていった。機械の犬は歯車を撒き散らして倒れていた。
「アン?」彼女は慌てて呼びかけてみたが、人の子の反応はなかった。
リリスは現状を理解しようとした。マスターの名の下に溶かした会員たちの記憶を思い起こしながら、手がかりを探そうとした。血、歯車、アン。
血/深紅の石/毒素/呪い/カーンルイア/ヒルチャール/人語を解する怪物/幻光蛾蝶のさなぎ/秘密の実験/消えた助手/難病/死
歯車/新式クロックワーク/学院の天才/閉鎖された孤児院/水神様の仁政/災い/エリナス/白い艦隊/執律庭/マレショーセ・ファントム/ポワソン包囲/代理決闘/死
アン/あの日の冒険/純水騎士/昔日の人/金色の劇団/密合の契印/水仙十字結社/世界の滅亡/マスター・ナルツィッセンクロイツ/大いなる秘儀/サー・インゴルド/疑念/恐怖/死
いくつもの概念が絡まり合って浮かんだが、彼女はやはりそれらを繋ぐことができなかった。まるで難解な本を読んでいるかのように、目の前にある答えを知ることができなかった。全てが耐えられないほどに複雑だった。
ネイがネイではなくなり、アンが消えようとしている現在において、約束された未来は打ち砕かれた。リリスに残されたのは死にゆく過去だけだった。そして彼女は過去を掴み、全てが単純だった日々に戻りたいと願った。
水の精霊が人の形を作るのは難しい。高い知能と共感力を備えた者だけが、知り尽くした相手を模写することができる。リリスは知能も共感力も不足していて、過去のアンしか知らなかった。しかし彼女の前には、万水の主が口にしなかったもう一つの道があった。
彼女は人の子を抱擁し、あの塔で繰り返した儀式と同じように、その人格を壊れた肉から引き上げた。純水は願いによって人格を溶かし、新しい意志を描いた。人の子だった心に触れた時、彼女は既に彼女だけではなかった。
「彼女たち」は両目を開き、人の子の顔で一粒の涙を零した。なぜなら「彼女」は最後まで人の心を理解できなかったからだ。