【イグレミ】『Oh You Remember Everything About Us』【サンプル】「レミー!」
アイスブレーカーを降りるなり、メガマックスの方に向かって怒鳴りつける。バン、と勢いを付けてドアを閉めると、先に降りてきていたルチアが物言いたげにこちらを睨んできた。知ったことではない。
「レミー・プグーナ!」
何の反応も寄越さないことに苛立って、フルネームで呼びつける。と、メガマックスのサイドドアから高慢そうな眼鏡の青年がのっそりと顔を出した。
「はい」
「遅い! ここに来い!」
命じれば、聞こえよがしに舌打ちをする。向こうの方でルチアが何かジェスチャーで伝えようとしていたが、レミーはひらひらと手を振って彼女の助言を拒否したようだった。メガマックスからようやく降りたと思ったら、今度はのんびり歩いてこちらに向かってくる。いい加減、こめかみの血管が切れそうだ。
「駆け足!」
耐えかねたイグニスが怒鳴りつけると、一応は従ってみせるところも気に食わなかった。イグニスの真正面まで駆け足でやってきて、ぴしりと気をつけの姿勢を取る。その瞳は、真っ直ぐに怒りさえ湛えてこちらを睨みつけてきていた。それを負けじと睨み返す。
「どういうつもりだったのか説明しろ」
「説明? 一体なんの説明です?」
「なぜ持ち場を離れた」
「あなたが危険だったからです」
「要救護者のコンテナを炎の中に置き去りにしてか」
見上げてくるレミーの瞳がチカリと冷たく光った。
「お前は一体何をしに行ったんだ。優先順位を間違えているとは思わないのか」
「ルチア、バリス両名との連携は取れていました。全員無事に救出した。炎も消し止めた。それで何の問題があるんです」
「お前の勝手な動きにやつらがたまたま合わせられただけだろうが。あれのどこが連携だ」
「だとしても、コンテナは耐火使用でそう簡単には内部温度も上昇しません。あのときあなたを援護したことの何が間違えだって言うんです」
「質問に答えろ」
「答えているつもりですが」
一歩も引かない。背筋を伸ばし、胸を張って真っ直ぐにこちらを睨みつけてくる。自分は何も間違っていないという自信と自負。それがイグニスには未熟者の驕りにしか思えなかった。
「もう一度聞く」
レミーがぐっと顎を引く。
「おまえは一体何をしに行ったんだ」
「……何を言わせたいんですか」
その目はもう完全に怒りを灯していた。それとは対照的な感情を押し殺した低い声が唸る。
「何だと?」
「オレに……」
言いかけて一度言葉を切り、レミーは深く息を吐いた。そして、
「私に、何を言わせたいんですか。隊長」
静かな声が問う。キレたな、と思った。胸の奥底まで見透かしてくるような鋭い視線が、急速に温度を失っていく。
「今日の自分の立場がわかっているのか、と訊いている」
「……」
ぴくり、と片眉が上がった。
「代理とはいえ、副隊長の自覚があったのか」
言い過ぎた。言葉が口をついて出た瞬間、そう思った。けれど、もはやそれを取り消すことはできない。レミーはまばたきを忘れたようにじっとこちらを睨みつけ、微かに唇を震わせている。何か、尋常でない焦りが胸中をざわつかせた。
「……クソ食らえだ」
ぼそり、と形の良い唇が吐き捨てる。
「何だと?」
「あなたを見殺しにすることが副隊長の自覚だって言うなら、そんなものはクソ食らえだ、と言いました」
「……そうじゃない」
「あんたの自殺に手を貸せとでも言うんですか。あんたこそ何だったんだ。天井が崩れたとき、一体何を考えていたのかこっちが訊きたい」
「レミー」
「あなたが納得するような説明なんか私にはできかねます。じゃあ訊きますが、あなたの方こそ隊長の自覚があるんですか。ご自分の代わりなんかいくらでもいると思っているんじゃないんですか。そんな覚悟で、」
「はいはいストップストーップ!」
声を上げたのはルチアだった。二人の間にその小さな体を割り込ませて、大声を張り上げる。
「なあにやってんのよ、あんたたち! 全員救助できて、鎮火できて、全員無事に帰ってきて、それの一体何が問題なわけ?」
その手にぐいぐいと引き剥がすように押しのけられて、初めてレミーが触れるほど近くまで詰め寄ってきていたことに気付く。それに一歩も退かなかった自分も自分だ。こんな態度を取ればレミーがムキになるのも当然ではないか。
「そりゃちょっと想定外はあったけどさぁ。そこをサポートするのもあたしの仕事なわけだし、そこまで深刻な場面……」
「私は、」
レミーをかばうように立ってこちらに説教を始めようとしていたルチアを、強い声が遮る、彼はまるで髪を逆立てんばかりの怒りを全身にみなぎらせて、まっすぐに睨みつけてきていた。
「自分が間違ったことをしたとは思いません」
押し殺した静かな声と怒りを隠そうともしない表情がちぐはぐだった。そうして「失礼します」とかたちばかりに告げてくるりと背を向けてしまう。
「レミー! まだ話しは終わってないぞ!」
足早に去って行く後ろ姿に怒鳴りつけるが、彼はもう振り返りもしなかった。追い掛けようとしたイグニスを、「やめなさいって」というルチアのあきれかえった声が止める。
その声に、ガン!という音が被った。出て行き際、レミーが壁を殴りつけたらしい。見ると、その近くにいたバリスが目を丸く見開いて肩を竦めていた。今の彼の態度は最悪だ。けれど、そうさせた自分にも非はある。ひとまず落ち着こうと深呼吸すると、腕を組んだルチアが下から覗き込んできた。
「……すまんな」
「あたしに謝られてもさ」
「あいつは扱いにくくて敵わん」
車にもたれ掛かって、眉間を揉む。どうしようもない弱音を吐いた自覚はあった。
「ま、体調が得意なタイプじゃあないわよね」
「……わかるか」
「あたしにわかるんだから、レミーはもっと感じてるんじゃない?」
ぐうの音も出ない。確かにそうだ。彼が気付かないはずがない。黙り込んでいると、ルチアが隣に並んだ。
「良い上司とは言えないわね。どうしたのよ、らしくもない」
幾分潜めた声は、イグニスに「本音を言え」と迫ってくる。どんなに背伸びをしても、結局彼女には敵わない。
「……期待を掛けすぎているんだ。初めの印象がこの上なく悪かっただけにな」
「三日で辞めるとか言ってたっけ?」
白衣のポケットに両手を突っ込み、車体に背中を預けながらルチアが言う。そんなことまでよく覚えているものだ。
「辞めなかった上にあの動き、判断も的確だ。度胸も力もある。まったく気に食わん」
自分で言っていてめちゃくちゃだと思う。それでも、本心なのだから仕方ない。期待を上回る逸材だったことは確かだが、まだあの最悪な第一印象を覆せるだけの信用はないのだ。
「……意地っ張り」
ぽつ、とルチアが言う。思わずそちらを見ると、彼女はレミーは去って行った方に視線を投げながら薄く微笑んでいた。
「そうじゃない。意気地無しなんだ」
「自分で言っちゃうかァ」
笑いながら見上げてくるその頭に、ぽんと手を置く。いつもは嫌がって払いのけるくせに、今日はどういう風の吹き回しか大人しく受け入れてくれた。どうも余計な心配ばかりかけているようだ。
「今日は助かった。俺も油断していたようだ。すまなかったな」「だーから、それはレミーに言いなさいよ」
振り払われてしまった。なかなか厳しい。
「認めたくないなんて言ってる時点でもう認めてるようなもんでしょうに」
そうはっきり言われてしまうとさすがに刺さる物がある。その上、「今日のはどう考えても隊長が悪いわよ」と畳み掛けられて二の句が継げなくなってしまった。
「さっさと追い掛けた方がいいと思うけど?」
ひらひらと手を振って、コンソールの方に行ってしまう彼女は、どこか悪戯っぽく笑っている。それへため息をついてはみたものの、確かにルチアの言うとおりだ。とにかく話しをしてみないことには。今後のこともある。イグニスは、床に張り付いてしまったかのように重たい足をなんとか動かして、レミーの去った方へと歩を進めた。
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よろしくお願い致します。みずさき拝