Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    れっ!

    @f_re_th

    ありとあらゆる連絡はTwitterかpixivによろしくな!

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 🎉 🐕 🌼
    POIPOI 106

    れっ!

    ☆quiet follow

    ベドベド。夜食と憂鬱。
    飼い殺してあげようね。

    飼い殺し 物音で目が覚めた。時計を確認すると、まだ深夜と言える時間だ。……扉を隔てた隣室から、がさごそと何かを漁るような音がする。ふと隣を見れば、彼の姿がない。
    「……」
     寝ぼけ眼のままベッドから降り、部屋の扉へと向かった。そうっとドアを開けて、どうしたのかと覗き込むと……彼の背が見えた。

     ちょうどシンク下の収納を開き、そこからフライパンを取り出したところだったようだ。かまどの上にそれを置いて、油を引き、火をつける。それから保冷庫の方へと向かい、中から卵をひとつ取り出した。……そこで、ボクと目があった。

    「……起こしてしまったかい?」
     彼の手が二個目の卵を手に取って、保冷庫の蓋が閉じられる。ボクは何も言わずに首を振って、彼の方へ歩み寄っていく。
    彼はボクに場所を譲るように一歩横へずれると、手にしていた卵をフライパンの中へと割り入れた。

    「夜食かな」
    「そんなところ。少し、お腹が空いてね」
    「……昨日、あれだけ食べたのに?」
    「食べ盛りなんだ」
     ボクはそれ以上何も聞かずに、彼の横で調理の様子を観察する。パンを薄く切り皿に乗せる仕草は、初めのころと比べれば随分手慣れてきた。力加減がわからなくてパンを潰すなんてことも、今ではほとんどなくなった。

    「キミも食べるだろ」
    「いいのかい?」
    「ひとりで食べるのは味気ないからね」
     彼はボクのために椅子を引いてくれる。そこに腰掛けて、目の前に置かれた皿を見つめる。切り分けられたパンの上に目玉焼きが乗る。半熟の黄身がつやつやと輝いている。

    「朝食みたいだ」
    「簡単なものでないと、夜食にならないだろ。……それに、この食材はボクのものではないし」
     そう言うと、彼は自分のぶんのパンにかじりつく。ボクもそれに倣って、ひとくちかじってみる。ほどよく塩胡椒の効いた、シンプルな味付けだ。

    「おいしいよ」
     素直な感想を口にすると、彼は少し照れたような顔をして、ありがとうと短く答えた。それから……少しだけ間をおいて、口を開く。
    「でも、キミの方がもっと上手く作れるだろう」
    「……」
     ボクは黙ったまま、また一口、パンを食べる。目玉焼きくらいなら、気をつければ、誰だって上手に作れるはずだ。彼はボクの返事を待たずに言葉を続ける。

    「今は、それでいい。……これから、キミ以上に完璧になってみせるから」
    「……それは、楽しみだね」
     ボクは笑ってみせれば、彼はそれに満足げに微笑むと、「そうだろう」と言って、残りのパンを食べきってしまう。
     そんなことで張り合っても仕方ないと思うのだけど、彼にとっては、……日常生活の小さな所作ですら、ボクに似せねば気が済まない。
     それは、ひどく息苦しい生活ではないだろうか。鳥として生まれた生き物が、四つ足の獣を真似して生きるような――

    「……キミがボクの真似をするのをやめたら、ボクたちは一体どんな関係になるんだろう」

     ふと思い浮かんだ疑問をそのまま口にすれば、彼は不思議そうな顔でこちらを見た。
    「どういう意味だい?」
    「そのままの意味だよ。……たとえばボクが、アルベドという身分を捨てて、キミの元から去ったら」
     彼は目を細めて、ボクの瞳の奥を探る。その視線から逃れるように、ボクは俯く。

    「そうしたら、キミはボクの模倣をしなくてもよくなる。……それでいつか、ボクを求めなくなって、ボクのかたちを忘れていくんだ」
     そうして、正しいかたちを手に入れる。〝アルベド〟ではない、新しい身分だ。新たな自己同一性を手に入れさえすれば、彼はこの世界を、もっと自由に生きられる。温かな陽の下で、鮮やかな色を知ることができる。……ボクの存在は本来、彼には、必要のないものだ。ボクから彼に与えられるものは、劣等感だけだから。
     彼はしばらく無言でいたが、やがて小さくため息をつくと、肩をすくめた。

    「そういうところが嫌いなんだ」
     冷たい声色だった。
     思わず顔を上げて彼を見る。冷ややかな視線が、ボクを射抜く。

    「もし、そうしたくなったらボクに言うといい。……今度はボクが、キミを、飼ってあげるよ」
     そう言って、彼は笑う。

    「お似合いの服を着せて、美味しい餌で太らせて、可愛い可愛いって撫で回して、新しくつけた名前で呼んであげる。……きっと、楽しい毎日が過ごせるよ」
     彼の表情は、どこまでも穏やかだ。まるで子供に言い聞かせるような甘い声色で、彼は囁く。

    「今のボクみたいにね」

     ああまるで、それでは、飼い殺しにされる家畜のようだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💘🍳💕🅱ℹ↪🇱🇴🇻🇪😭🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works