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    れっ!

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    れっ!

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    空ベド。夏の湖と月。

    アプローチに気付いておきながら、応えられないひと。

    水月 暑い。

     あまりに陳腐な響きだが、どうしようもなく暑すぎる。

     夕方ごろはまだ涼しかったのに、夜になってから一気に暑くなるなんて。星を見上げながら、深くため息をつく。自分の吐く息ですら熱苦しく感じてしまうのだから、もう相当だ。
     文句を言っている暇があったら、さっさと塵歌壺にでも引きこもったほうがいい……というのも確かだが。俺……いや。俺たちは今、そんな逃げには走れないような状況にいる。


    「……うーん。何も居ないね……」
     小さく唸りながら、低めの丘の上から森の中を見渡す背中。暑さのせいで頭の回らない俺と違って、アルベドはいつも通り、冷静なままで周辺地域の調査にあたっていた。

    「不審な光源なんて……酔っ払いの見間違いだよ、絶対」
     俺が愚痴るのを聞いて、アルベドが小さく笑い声を上げる。……これは、冒険者協会から引き受けた依頼だ。「囁きの森から星落としの湖にかけて向かっている最中、灯りが動くのが見えた」……ヒルチャールが活発化しているのかもしれないし、宝盗団がよからぬことを企んでいるのかもしれない。調査してほしい……という感じの依頼だ。
     実力ある、戦闘経験豊富な冒険者を求めているということで、俺が引き受けることになった。依頼内容からして、朝までかかる調査になると思って、パイモンには留守番を頼んでおいた。……まず、今日はすごく眠そうだったし。ランチを食べすぎたから……。


     で、その依頼になぜ、こうしてアルベドも同行しているのかというと。世間話程度に内容を話したら、「街道付近、要所の警備の見直しも兼ねて、キミに同行したい」なんて言うから、ついつい了承してしまったのだ。

     もちろん、依頼の難度としては俺一人で十分だ。彼の手を煩わせるほどの内容ではない。同行の理由としていた警備の見直しというのも、彼の本来の仕事ではなさそうだし……他に、何か目的があるのかも。そう考えはしたけど、直接聞くわけにもいかず、今に至る。

     まあ、彼と一緒に行動できるのは嬉しいことだし、それはそれで良いんだけど……。
    「この辺りまで来ても、何も見つからないとなると……」
    「うん。……本当に見間違いだったか、もうここには居ないか……どちらでも対処は同じ、現状維持、ってところかな」
     独り言のように呟けば、少し遅れて返事が来た。彼がこちらを振り向く。涼しげな表情をしているものの、額からは汗が流れ落ちている。それを指先で拭いながら、彼はまた森の方へ視線を向けた。

    「疲れただろう。少し、涼んでいこうか。湖に向かおう」
    「えっ、あ……うんっ」
     気遣われたことが嬉しくて、素直に甘えることにする。丘を下り、七天神像を目印にして森を抜ける。水場の近くになれば少しは涼しくなるかな、と思っていたけれど、意外とそう気温は変わらないみたいだ。


     湖のほとりに辿り着くと、水面が月明かりを受けて輝いているのが見える。風があまりないからか、まん丸な月が、きれいに映り込んでいる……。
     ……水面の反射ですらこんなにもキラキラ光っているのだから、酔っ払いならもしかすれば、これを灯りと見間違えることもあるかもなぁ。そんなことを思いながらブーツを脱ぐ。

    「入るのかい?」
    「うん。足だけ……」
     裸足のつま先を水に浸せば、心地よい冷たさが全身に伝わる。そのまま脛あたりまで浸かる深さの場所へ移動すると、ひんやりとした感覚が気持ちいい……。べつに全身浸かったとしてもすぐに乾かせるから良いんだけど、それはそれだ。

    「……ボクも、入ろうかな」
     その声に反応して、背後を振り返る。アルベドが服に手をかけようとしていたので、慌てて首を横に振った。えっ、えっ? 足だけじゃないの?
    「まっ、待って、脱ぐのっ!?」
    「うん? ……誰も見てはいないし、構わないだろ?」
     俺の反応を見て、不思議そうな顔をするアルベド。そういう問題じゃないんだよなぁ!
     どう説明しようか悩んでいるうちに、彼はコートを脱ぎ上着のボタンを全て外し、てきぱきと服を脱いでいってしまう。あっという間に上半身が露わになったので、俺は思わず目を逸らした。
     別に男同士なんだから、気にすることないはずなのに……なんだか、気まずい。俺が意識しすぎなのかな。

     ちらりと横目で確認してみると、相変わらず彼は平然としていて、特に恥ずかしがる様子もない。いつのまにか全裸になってしまっていて、湖の中に足を踏み入れていた。

     白い背が月のひかりを受けて、うつくしく輝いている。背骨に沿う窪みに汗が伝い、肌を流れ落ちていく。
     ……きれいだ。


    「気持ちいいね」
    「そっ……そうだね」
    「……どうして、そんなに緊張しているんだい?」
     動揺している理由がわからない、といった感じで俺を見つめる彼に、上手く言葉を返せない。……さっきからずっと、心臓の音がうるさい。深呼吸をして落ち着けようとしていたけれど、なかなかうまくいかない。

    「……きれい、だから」
     やっと絞り出した言葉は、自分で思っていたよりも大胆なものだった。……ああ、言ってしまった。もう後戻りはできないぞ。
     俺の言葉を聞いた彼は、一瞬きょとんとして、それから小さく微笑む。

    「うん。良い夜だ。キミと、この景色を見れたこと……しっかりと、覚えておかないとね」
     ……俺の言葉を、自分のことではなく、景色のことだと勘違いしたようだ。……まあ、それでもいいや。彼の勘違いに乗っかることにした俺は、こくりと大きく一度首肯してみせた。
     彼の瞳が俺を捉え、細められる。彼の手が伸びてきて、俺の頬に触れた。その瞬間、俺の身体はびくりと跳ね上がる。……顔が熱い。どうして急に、距離を詰めてきたのだろう。……なるべく、首から下を見ないように気をつけながら、彼と視線を合わせる。


    「意気地無し」
     囁かれた言葉に、また肩が跳ねる。……なんのこと、と言い返すこともできない。だって、図星だから。
    「ごめん」
    「……冗談だよ。謝らないで」
     彼の手が離れていき、ほっとすると同時に寂しさを覚える。もう少し触って欲しかったな、なんて考えてしまう自分が、なんとも浅ましく思えた。

    「キミは優しい人だ。それに、誠実でもある。……ボクのことを、ちゃんと考えてくれている」
     その言葉を聞いて、少し胸が痛くなる。……誠実であるかどうかは、よくわからないけど。だって俺は、こんなにも欲深くて、醜い感情を抱えたまま、彼と接しているのだから。

    「……すまない、少し、余計なことを言ったね。……泳いでくるよ」
     そう言って、彼が湖の奥へと進んでいく。その姿を見送りながら、俺は大きく息を吐いた。


     恋心をからかわれるのにも、少し慣れてきた。こうして度々、彼に思わせぶりなことを言われても、前ほど心が揺れることは……なくなったとは言わないが、少なくはなった。
     素直に恋心を伝えて告白できない、そんな俺を彼は面白がっている。……おそらく彼は、恋愛というものをよくわかっていない。だからあんな風に、俺を試すようなことをする。恋に狂う人の気持ちも、穢れも知らない、純粋な存在だ。

     だからこそ、恋という触れられないものの「かたち」を確かめるために、俺を使うんだ。反応を予測して、俺を試して、実際の反応や、応対を見る。そういう実験をしているだけだ。

     ……そう、思い込むことにしている。

    「(でも、もし)」
     もしも、アルベドが、俺と同じ想いを抱いてくれていたなら。俺と同じように、触れたいと思ってくれたら。
     ……そんなの。水面に映る月を、掴むような話だ。



     水しぶきがあがり、湖面が大きく波打つ。少し高くなっているところから、水に飛び込んだらしい。いっそ、俺も水浴びしようかな。そうしたら少しは、頭も冷えるかも。ぼんやりと考えているうちに、彼の姿は見えなくなってしまった。
     ……水音も聞こえない。本当に泳いでいるのだろうか。

    「アルベド? ……アルベド!」
     心配になって何度か名前を呼ぶと、ざぶん、と大きな音を立てて、彼が水から出てきた。水を含んだ髪から、ぽたぽたとしずくが落ちてくる。

    「……よかった。溺れたのかと思った」
    「大丈夫、平気だよ。……それよりも」
     そこで言葉を切った彼が、水の中から手を引き上げる。何かを持っているようで、それをこちらに見せるように掲げた。

    「……魚」
    「うん。食べないかなと思って」
     ……手に持っている魚はまだ生きているらしく、びちびちと尾びれを動かしている。エラに指を突っ込まれているため逃げ出すことはできないが、それでもなかなか元気そうだった。
    「食べる……かも?」
    「ふふ。それじゃあ、調理は任せるよ。……今度こそ、行ってくる」
     はしゃぐ子供のようにそう言って、ぱしゃぱしゃと水をかき分けながら、湖の中に戻っていく。ほんとに、自由だなあ……と思いつつ、俺はその背中を見送った。

     ひとり取り残されてしまった俺は、その場に座り込んで、月を見上げる。


     ……この景色を、覚えていよう。先ほどの彼の言葉を思い出した俺は、ゆっくりと目を閉じた。

     夜が明けるまで、あと数時間。それまではこの景色を眺めて、美しいものに触れて、記憶の中に焼き付けておこう。
     いつか来る別れの時に、この景色を思い出せるように。
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