随分久しぶりに聞く音がする。
それに釣られて歩いていくと、綾斗の自室の前に辿り着いた。
家の中は好きに動いてもいいとされているが、必要とするものが全て用意されている俺用にあてがわれた部屋以外は基本的に行かない。
綾斗の部屋に来るのは初めてのことだった。
出掛けると聞いていたので家主がいないことは分かっていたが、なんとなく音を立てないようそっと扉を開き、中を確認する。
綾斗らしいきちんと整理された部屋がそこにはあり、音源の元はさらによく聞こえるようになった。
初めて入る部屋に落ち着かない中、音が出ている物を探す。
あった、机の引き出しの中。
音源の元を手に取ってやっぱりそうだったかという納得感と少しの驚きを感じる。
俺の携帯だ。
綾斗の奴、ちゃんと持っていたのか。
処分したものだと思っていたし、こんなにあっさりと見つかる場所にあるとは夢にも思っていなかった。
画面には綾斗からの着信が表示されている。
俺の携帯にかけてくる、ということは俺宛てなのだろうか。
恐る恐る通話ボタンを押すと、切羽詰まったような声が聞こえてきた。
『…リツキ?』
「おー、リツキだけど。お前、俺の携帯まだ持ってたんだな」
『ごめん、時間がない』
どうやら本当に俺宛の電話だったらしい。
取り上げた携帯にかけてくるなんてよっぽどのことなのだろう。
急いでいるのか、ぜえぜえと荒い呼吸をしながら言葉を続けようとする綾斗の言葉を待つ。
『玄関の開け方を教える』
「……は?」
突然、何を言っているんだこいつは。
聞き間違いかと思ったが、綾斗は先ほどと同じ言葉を繰り返す。聞き間違いではなかった。
「な、なんだよ、いきなり。俺のこと外に出したくないんじゃ…」
『俺の自室、机の引き出し。あそこに一個目の鍵が入っている。次、俺の自室クローゼットの中』
「待てって! 突然どうした!?何があったんだよ!」
混乱している俺を置いて淡々と説明をする綾斗の言動が全くわからない。あれほど頑なに外に出そうとしなかったのになぜ突然外に出す気になったのだろう。
電話越しに聞こえる綾斗の呼吸音はどんどん荒いものに変わっていく。体調でも悪いのだろうか。
『気が変わった。お前を外に出してもいいと思った』
「…なんだよ、それ。今までのは何だったんだよ!」
『ごめん』
「謝罪なんていらねえ! なんかあったんだろ、言えよ!」
『………外を見たらわかる。鍵の開け方を教えるから、自分の目で見てくれ』
「はあ…?」
外を見ればわかるって、どういうことだ。
綾斗は本当に余裕がないのか、途切れ途切れに玄関の鍵のありか、開け方を懇切丁寧に伝えてきた。
『覚えたか?』
「聞きながら携帯にメモした」
『よし。あと俺のクローゼットに防護服がある。それを着て外に出ろ』
「ぼ、防護服?」
『袋に入った新品がいくつかある。それを使え』
クローゼットを開いて服をかき分けると、綾斗の言っていた通り新品だと思われる防護服が掛けられていた。
「なあ、これって…」
『外に出るタイミングはリツキに任せるけど、家にある食料を全部食べ切ってから出るのをオススメする』
「なあ!」
『…ごめん』
相変わらず人の話を聞かない綾斗は一言謝ると通話を切った。
慌てて再度掛け直すも、出ることはない。
「外を見ればわかるって、なんだよ…」
綾斗の言葉。異様に厳重にされた玄関扉。防護服。
言い知れぬ不安を感じるがそれに気づかないふりをして、鍵を探し出す。綾斗の言葉通りの場所に鍵は全て隠されていた。
玄関の鍵を全て開放してから、防護服を身に纏う。
電話口の綾斗はなぜあんなにも焦っていたのか。
なぜ突然俺を外に出す気になったのか。
そもそもなぜ俺を監禁していたのか。
…自分の目で確かめよう。
ドアノブを掴む手が震えるのがわかる。
震える手をもう片方の手で握って無理やり震えを抑えつけて、勢いづけて扉を開く。
半年以上ぶりに、俺は外の世界へと足を踏み入れたのだった。
(以下あとがきという名の独り言※別に読まなくていいです)
あんな生活を続けても未来に希望なんて一切ないよな、と思う中一番最悪なパターンは食料確保中に綾斗が外敵要因にやられてリツキ一人になることだろうと思ったのでその最悪を書きました。
なんとか連絡が間に合って外には出られたものの、綾斗に守られていたリツキが終わってしまった世界の中で生きていけるのかどうかも問題ですが、外の世界を見て愕然としながら綾斗は自分を守るために監禁していたことと同時に外に出させてもらえたのと電話口の綾斗のあの状態だったことから導き出される答えに辿り着いてしまったリツキの行く先を考えるとまた最悪な気持ちになれて最高ですね。