盃日暮れの時間が早くなってきた秋の初め、出張先での仕事が終わり、今日はこのまま直帰の予定で少し腹を満たしてから帰ろうと飲食店を探して入った路地で一件のアンティークショップが目に入った。
日本のものが中心らしくショーウィンドウには細かい細工の入った飾り棚や焼物が並んでいる。
ふと目線を上げるとショーウィンドウの奥にいた店主らしき人物と目が合い、それが誰か認識した時には店の戸が勢いよく開かれていた。
「久しいな毛利公!やっと来てくれたな!入ってくれ」
「っ、貴様は…」
徳川!と声を出す前に店内へと引きずり込まれ、ニコニコとあの頃と変わらぬ笑顔のまま「貴殿は変わらないなぁ」「営業職でもやっているのか?」などと一方的に喋りながら足の踏み場もないほど物で溢れた店内を進み普段こやつが使っているのであろうカウンターまで連れてこられた。
カウンター前の床に置かれた大きな箱や置物を退け、その開けられたスペースに引き出された椅子に座らされる。
「少し待っていてくれ」
口を挟む間もなく奥へと引っ込んでいった徳川を唖然と見送り、面倒なことになったと深くため息をついた。
じたばたしてもどうしようもあるまい、と店内を見渡せば前の世で見知ったものがいくつかある。
壁に掛けられた刀は独眼竜の持っていた一本ではないか?あちらの大鍋は…思い出したくもないな。
出すところに出せば国宝になり得るものが雑多に置かれている。
多分此処にあるものは我が知らぬだけで全てが奴とその周りの者に関係のある品しかないのであろう。
とんでもないところに入ってしまった、ともう一つため息をついたところで奥から「待たせた」と声と共に桐箱を抱えた徳川が戻ってきた。
「やっと貴殿にこれを渡せる」
そっとカウンターに置いた桐箱の蓋を外し、中身を覆っていたうこん布を捲ると中から出てきたのは紫の盃。
思わず椅子を蹴飛ばして立ち上がる。
「……いらぬ」
「いいや、貴殿に必要なものだ」
「いらぬ!!」
嫌な汗が背中を伝う。
「このようなもの、受け取る謂れはない」
「しかし貴殿の物だ」
「違う!!」
ちがう、ちがう、これは我のものではない、あやつが勝手に…!!
ぐっ、と右腕を引かれその掌に盃を握らされる。
今世では一度も手にしたことなどないのに、いやに手に馴染む。
その馴染み深い重さにドッドッと心臓が早鐘を打つ。
徳川が何か言っているが耳の奥がキンと鳴って何も聞こえぬ。どうせ絆だとかまたくだらぬことをぬかしているのだろう。
そんなものありはしない。我とあやつの間にはそんなもの、一欠片もないのだ。
耳の後ろがドクドクと脈打っている。息が上がる。
目の前の徳川が歪んで見える。
ふ、と突如全ての音が消え、徳川の声だけが耳に入る。
「なあ、毛利。元親も会いたがっているんだ」
そんなわけがなかろう。
気がついたら桐箱を抱えて大通りに立っていた。
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