メモの書き方にはご注意を。レイマシュふうふ小話3
エプロンのポケットに入れている伝言ウサギが鳴り響く。魔法道具管理局局長を務める夫であるレインが、魔法を使えないマッシュにも使えるようにと改良して持たせてくれたものだ。
「じいちゃんからだ。なんだろう。」
相手はマッシュの養父であるレグロからだった。マッシュの実家は深い森の奥。今の住まいからは遠く頻繁に会うのはやや厳しかったのもあり、こうして時折連絡を取り合っていた。
「もしもし、じいちゃん?」
「マッシュか、今話しても大丈夫かの?」
「うん。お店も今落ち着いてるから、大丈夫だよ。それよりどうしたの?」
「それがのう、ちと困ったことがあってのう…」
レグロの困惑したような、ややくぐもった声がマッシュの鼓膜を震わせる。
「……という事なんじゃよ。」
「それは…!」
。.:*ฺ✤ฺ
レグロとのやり取りを終えたマッシュは伝言ウサギを切ると、急ぎ足でお店のドアに掛けている看板を「close」に変え、いつもより早くお店を閉めた。
「一大事ですな。」
エプロンを畳んでリビングのソファに置き、私服のシャツに着替えて、出掛ける準備をする。
「あ。」
何かを思い出したように、マッシュは後に帰ってくるレインが分かるように、簡潔にメモを書き残して家を出た。
。.:*ฺ✤ฺ
マッシュが家を出て数十後に、仕事がいつもより早めに片付き、早く帰れる事に足取りが軽い何も知らない夫のレインが帰って来た。
「マッシュ、戻ったぞ!!」
いつもなら「おかえりなさい、レインくん」と可愛い足音を立てて駆け寄りお出迎えのキスをしてくれるのだが、今日に限ってそれが無かった。
「…マッシュ?」
レインは大好きな名前を呼ぶ。だが返事は無い。それどころか、部屋が妙に暗い。不気味なほどの無音な空間がレインを不安な空気に包まれてゆく。パチン、とリビングの明かりをつけるとテーブルに置いてあるメモに目をやった。
「あいつが書いたのか………なッ!!!!?!!??」
メモを読み終えたレインはゾッと血の気が引くような感覚とともに手が痙攣のように震え出す。メモには確かにマッシュの筆跡で
『実家に帰らせていただきます。』
と、だけ書かれていた。
「うそ……だろ……?マッシュ……?」
今オレは、愛するマッシュから三行半…すなわち離婚を突きつけられてる….!?
ーーオレが、アイツに何か気に障るような事をしたのか?
ーー気をつける様にしていたが、言葉が足りなかったか?
ーー夜の性活(セックス)に不満を与えていた?…たまに、無理矢理な時もあったからな。
思い当たる限り自分の至らないところを脳内で探し出すが、心当たり…いやむしろ心当たりしかない。マッシュはとても優しいから、知らない内に我慢をさせていたかもしれない。それが重なって、今……。
今まで築き上げてきたものを、オレが壊してしまった…?
レインは追いつかない状況で、頭がクラクラして視界が回る。グッと何とか堪えて、冷静になって考える。
「嫌だ……。」
離婚だけは、絶対にしたくねえ!!!!
マッシュのいない人生なんて、オレの何の意味も持たない。謝りに行かねぇと…土下座でも何だってしてやる。離婚だけは絶対に避けたい!!
「許してくれ、マッシュッ…!!!」
レインはグシャっとメモを握りしめて、今までにも無い早さで、先ずは愛兎達に夜ご飯を与える。一大事ではあるが、どうしても譲れない優先順位が愛兎の世話である。愛兎達がご飯に夢中になっているところで、逃げ出さないよう愛兎部屋の扉を閉めて、そのまま勢いよく家を飛び出した。その勢いでドアを壊したかもしれないが、そんなこと今はどうだって良い。
チッ、箒なんか乗ってられるか!
「パルチザン!!」
自身の魔法で剣の上に足を掛けて飛んだ。
早く、早く、マッシュに会いたい。
レインは急いで、マッシュの実家がある深い森へと向かった。
。.:*ฺ✤ฺ
一方で、マッシュの誤ったメモの書き残しが原因でレインがとんでもない勘違いを引き起こしている中、マッシュは実家にてレグロから大きめのダンボール箱を数箱ほど受け取っていた。
「すまんのう、ワシらだけじゃ食べきれんのじゃ。」
「流石にこの量じゃ、中年と老人の胃にはキツイからな、助かった。」
「良いよ。僕もレインくんも大好きだからあっという間に食べ切るよ。シュークリームの材料にもなるし。あとフィンくん達にもお裾分けしていい?」
「ああ、マッシュの好きなようにしておくれ。お友達にもよろしく伝えてくれ。」
「ありがとう、じいちゃん。ブラッドさん。」
最早バーンデッド家の一員と化しているブラッドもおり、緩い会話をしながらひと時を過ごす。すると激しく扉の叩く音と共に、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「すみません、レイン・エイムズですっ!!マッシュを…どうかマッシュに合わせてくださいっ!!お願いしますッ!!!」
慌ただしい、焦りの混じったレインの声がいつもとは違う緊迫感が漂っていた。
「レインくん?なんか様子が…変…?」
「開けてあげなさいな。」
「うん。」
マッシュが加減を覚えた扉をそっと開けると、勢いよく入ると同時に指を綺麗に揃え、頭を床につけて土下座の格好をする。
「マッシュ、すまないっ!!オレが至らない故に…だから頼むッ、離婚だけは…離婚だはしないでくれっ!!」
「えっ…?」
「「えっ??」」
「オレに不満があるなら教えてくれ…出来る限り改善する。」
「あの、話が見えなi…」
いきなり入ってきては土下座して離婚はしないでくれだの、自分のことで何がいけなかったかを語り始め、全く話が見えずに困惑するマッシュ。後ろにいるレグロとブラッドもいるにも関わらず、レインはひとり話を続ける。
「やはり言葉が足りなかった事か…?オレは言葉にするのは下手くそだ…だが、オレはお前が好きだ。好きを超えて愛している。」
「レインくん…嬉しいけど、ほんとにどうしt」
「嘘偽りは無い!!本当だ!!」
「話聞かないな、この人は…」
『何が起きてるんだ、コレ…修羅場?え、修羅場なの??ってか俺らのこと見えてなくない??』
『ワシにも分からん…。』
三人から見て話が見えないこの状況下。平坦な話し方ではあるが、マッシュは話を聞いてくれず、ましてや被せられている事に若干の苛立ちが込められており、一方でレグロとブラッドは修羅場に巻き込まれてしまった?と互いに見合って小声で話す。レインから見たらマッシュしか見えておらず、二人の存在など無視して話を続ける。
「それか…セックスに不満だった…か?前戯が長いとか、回数が多いとか、不快にさせてしまったか?」
「それは無いけど。あの、落ちつi…」
「マッシュの善がる顔があまりにも可愛いくて、つい調子に乗って無理をさせてしまう事もあったと深く反省している。」
「本当に話聞かないな、この人は。」
『えっ…ちょっ…こんな話俺らが聞いていいやつじゃないよねっ!?大丈夫か、じいさん!!』
『息子夫夫の夜の事情を、出来れば聞きたくはなかったのぅ………』
レグロは両耳を塞いで何も聞いてないぞ、とマッシュにジェスチャーを送るが、マッシュにはそれが見えていない。すると、それまでずっと微動だにしなかったマッシュがゆっくりとレインに近づき、すっと屈んで目線を落とす。
「レインくん、顔を上げてよ。」
「あ、ああ…ってっ…!」
レインが顔を上げると同時に、ぼすっ、と鈍い音が響いた。マッシュがレインの頭を軽く乗せるくらいの手刀を喰らわせた。
「僕、レインくんと離婚なんかしないよ。」
「マッシュ……ほんとか……?」
ようやく見れたレインの顔は、ここに来るまで、泣いていたのだろう。涙で目の周りと鼻が赤く染まり、時折ぐずぐずと鼻を啜っていた。普段は神覚者としての厳格な風格を纏っているが、マッシュの前ではただの一般青年と何ら変わりない、純粋にマッシュが大好きな男だった。
マッシュは続けてレインに言った。
「言葉より行動で僕を好きだって事も充分に伝わっているし、もちろんさっき言ってくれたのも凄く嬉しかった。あとセックスだって不満は無いよ。レインくんが優しくしてくれるから、何度もイッちゃうくらい気持ち良いし。」
『息子の口からそれは聞きたくはなかったぁーッ!!』
『じいさぁーーんッ!!』
マッシュは何の恥ずかしげもなく淡々と話すが、内容が聞くに耐えない羞恥心でいっぱいのレグロはあぁ…と項垂れ、倒れそうなところをブラッドが支える。
「そもそも、何で僕とレインくんが離婚する話になっているの?」
「それは…お前がこのメモを残してたから…」
「メモ?」
レインはポケットからぐしゃぐしゃになったメモをマッシュに見せた。後ろから覗くようにレグロとブラッドもそのメモを見る。
「あー…この書き方は…」
「場合によっては、なぁ…。」
「…?このメモが何で離婚になるの?ただ実家に帰るって書いただけなのに?」
「えーっと…どう言ったらいいのやら…。」
レグロとブラッドは理解しているが、書いたマッシュ本人は全く分かっていなかった。どう説明したら良いかとレグロ達は考えるが、離婚しないと分かったレインはそれについてもうどうでも良くなったのか、さっきまでの必死さが消えており、やや気の抜けた様子で言った。
「それは夫婦が喧嘩したり、色々な理由で別れを切り出すのによく使われる台詞だ。…特に妻側がな。」
「え、そうなの?」
「詳しくはオレも知らん。だが…まあ、そう言う事だ。」
「なんてこった。僕はそのつもりで書いたわけじゃないのに……。」
「…マッシュは、何で実家に帰っていたんだ?目的の主語をつけてもらわねぇと分かねえだろうが。」
「あ、それはですね、これを貰いに来たんです。」
レインの的確な指摘にレグロとブラッドは小さく『それだ』とツッコむ。マッシュは机に置いてある数箱のダンボール箱から真っ赤な林檎をひとつ取り出し、レインに見せた。
「じいちゃんとブラッドさんが、商店街のくじ引きで林檎をたくさん貰ったそうで、それのお裾分けを貰いにこっちに帰ってたのです。美味しそうでしょ?」
「……りんご…。あー…そうか…。そうだったのか…」
『なんかよく分からねえけど、一応?解決したっぽいな?』
『…そうらしいのう…?』
マッシュとレインには聞こえてない程度の小声でレグロとブラッドが話す。まだ頭には「?」がついているが2人の様子を見る限り、とりあえず解決した模様でひとまず安心する。
そしてようやく心の底からホッとしたのか、気が抜けたレインはマッシュをもう離さない、と言わんばかりの強さで抱きしめた。
「良かった……。ほんとうに……別れなくてよかった…。」
「別れませんよ。あ、でもレインくん。人が話してる時に被せてものを言うのは良くないですよ。僕の話、ちゃんと聞いてくださいよ。」
「あぁ…すまなかった。お前も…ちゃんとメモは主語を書けよな。こんな思い、二度としたくねえ…。」
「ごめんなさい。気をつけます…。」
「ああ…。好きだ、マッシュ。愛してる。」
「ふふっ。僕も大好きです、レインくん。」
先程までの嵐はどこへやら。抱きしめ合って愛を確かめ合う2人を見て、主にレインから終始存在を置き去りにされているレグロとブラッドは色々と言いたいがまずはこうぼやいた。
「……他所でやってくれねぇかな。」
「……他所でやってくれんかのう。」
終