俺の顔は俺は俺の顔が嫌いだったんだよ。アンタに会うまではな。
タイトル:俺の顔は
母親に手を引かれて歩かないといけないくらいのガキの頃から、俺は自分に対しての周りの評価が気に食わなかった。
「あら~、かわいい」
「育ったらいろんな男を誘惑する美人になるわね」
「将来が楽しみね、ママみたいになるのかな?」
どれも総じて顔のことばかりで嫌になるし、性別も間違えられ続けてきた。
上記のような言い方はまだマシで、キモイ変態野郎なんかに誘拐されそうになったことも数知れずだったし、心配した親が片時も離れないときもあったようだ。
俺がこんななまっちろい女みたいな顔を嫌いになるにはこれで十分すぎるだろう。
年を取れば親父のように堀の深いゴリラのような顔になれるだろうか。血は繋がっているから望みはあるはずだと、親父を真似て銃の腕をこっそり練習した。
言ってもガキの小遣いで買えるBB弾を詰めるだけの玩具の銃だったが、遊ぶ程度には事足りたものだった。
そんなある日、徐々に一人で出かけることができる日が増えてきた中、メインストリートから一つそれた道を歩いているときに、遠目に見たことある姿に気が付いた。
あれは確か、根暗くんじゃん。
そいつは教室の隅でいつも訳わかんないものを作ったり、ノートに何かを書いては悩んだり喜んでいるやつで、休み時間になると一人外に行ってこっそりとゴム鉄砲で銃の練習をする俺とはまったく接点がなかった。
あいつも外に出かけに行くことがあるんだな。と失礼なことを考えていると、ガラの悪そうな大人の男たちが二人、根暗くんに近づいているような気がしてしまい、何故か分からないが俺はじっとクラスメイトと男たちの動向を見守ってしまっていた。
すると男たちが根暗くんの後ろにピタッと張り付いた瞬間、慣れた手つきで小さな身体を持ち上げて走りだした。
俺は瞬時に危ない状況だと判断し、向かって通り過ぎようとする男たちに持ってきていたBB弾入りの銃を構えて撃った。
弾は正確に肩と膝裏に一発ずつ当たり、男たちは悶絶するように倒れる。
痛いと喚く男たちの傍で、投げ出され困惑しているクラスメイトの手を掴んで逃げるように走りだせば、気づいた男たちが罵声をこちらに投げてくる。
蹲る大人なんかこれっぽっちも怖くなくて、舌を出して煽りながら人通りの多いメインストリートへと無事に出ることができたのだった。
「危なかったな、お前」
上がる息を抑えながら話しかければ、クラスメイトは目を輝かせながら詰め寄ってきた。
「キミすごいな! あんなに流れるような射撃ができるなんて!」
今まさに大人に攫われかけていた癖に、怯えることもなく褒めてくるクラスメイトに少し照れ臭くなる。
「別に……あんなんたまたまだし。っていうかあそこの通りはガラが悪い奴が多いの知らないのかよ」
「もちろん知っていたさ。でも近道だから仕方ない」
まろい頬を困ったように掻きながら言う言葉に、俺は「なんの?」と聞き返した。
「気になるかい? 助けてくれたお礼に案内するよ」
ふくふくと柔らかい手で俺の腕を掴み走り出したそいつに、俺は是非を答える間もなく連れていかれることとなった。
おそらくコイツの言う近道を避けた行き方で、狭い道や塀を超えた先に小さな屋敷があった。
「ここ、お前の家か?」
「いいや、遠い親戚が住んでいたらしいが、今は誰も住んでいないよ」
慣れたように少し錆びれた鉄の門扉を弄って開く。これは立派な不法侵入である。そんな姿を見て、成績優秀なただの根暗な奴ではないと悟って面白くなる。
「お前、なかなかの悪ガキだったんだな」
「銃を街中でぶっ放すキミよりかは大人しいもんさ」
そう言って肩をわざとらしくあげるので、痛くない程度に拳を当てる。
「俺はスタンリーだ。お前は?」
一緒に開いた門をくぐって、草木が好き勝手に伸びた庭らしきところで相手に問いかける。
「ゼノだよ。キミのことは前々から知っていたよ」
学校で顔について何か言ってくる奴らをのしていけば、あちらこちらで好きかって言われている自覚はあるので、自然と顔は渋くなる。
「知ってたのかよ……」
「当たり前さ。キミは良くも悪くも目立つ存在だ」
面白そうに笑うゼノに対し、今まで言われてきた言葉が脳内に流れ出す。
”女男”、”生まれてくる性別間違えてきたんじゃないのか?”、”暴力より家庭科極めてろよ”
笑いながら向けられた悪意を黙らせるためだけに拳を使ってきたら、後に残ったのは空しい結果だけだった。
こいつもこの顔を馬鹿にしてくるのだろうかと身構える。しかし言われた言葉はてんで違うことだった。
「キミは小さなことに気づいてよく小さな子たちの面倒を見てあげているし、泣いている子に対してこの前なんかお菓子をあげていただろう? 学校にお菓子を持ってくるなんてなんて悪い奴なんだと、思わず目をつぶってしまったよ」
おお、なんて嘆かわしい。なんて大げさに言うゼノの言葉に思わずポカンと口を開けてしまう。
「それ、だけか?」
「ん? 他に目にしたキミの悪さかい? 確かにこの前からかわれていた女生徒を助けるためとはいえ、すぐに手を出すのは感心しないな」
「ちげーよ! お前も思ってるんだろ? この顔のことを!」
自身で顔を指さして強調すれば、相手は目を丸くしてから首をかしげるのだった。
「顔? どこかおかしいのかい?」
ゼノは両手を伸ばして俺の頬を掴み、じっくりと顔を見てくるので、逃げられない俺は戸惑うばかりである。
「目は二つだし、鼻も口も僕と同じく一つだ。そうだろ?」
ニコッと本当に当たり前のことを言われてしまい、俺は思わず吹いて笑ってしまった。
「確かにそうだ! 俺もゼノも目は二つだし、鼻も口も一つだわ」
顔の造形なんか気にしない、ただ誰が見ても事実のことを当たり前のように言ってくれるゼノに、悩んでいた気持ちがふわっと軽くなるのを感じた。
頬を触るゼノの手があったかくて、優しくて重ねるように手を置く。するとくるっと手を回されてしまい、逆に両手を掴まれてしまった。
「さぁ、見つかる前に中に入ろう。ここに入るところを見られたら怒られてしまうからね」
なんて軽くウインクをしながら俺の手を引っ張り、ゼノは俺の手を再度引っ張って屋敷の中に連れ込んだのだった。
中に入ればそこは、サイエンスの授業で見たような。いやそれ以上に様々なものがそろった実験室のような部屋に案内された。
「なんだこれ、悪の秘密組織かよ」
「組織ではないが、秘密なのは正解だよ」
よく分からない瓶詰めが並ぶ棚や、変な形の機器を縫うように進めば、大きな机にテレビのようなものがあり、その前に横に長い板が置かれていた。
「なにそれ、テレビにしたらまるっこいな?」
「あぁ、これはパソコンのモニターで……見たほうが早いかな」
ゼノはそういうと電源を付けて、インターネットで世界中の者たちと情報のやり取りができることを教えてくれた。
「世界中って……英語以外も交じってるだろこれ」
「なぁに、日本語や中国語よりまだましだよ。あそこの”漢字”という字体が特殊だし、日本なんてそれに加えて”ひらがな”や”カタカナ”が混じってややこしいんだから」
ゼノは見てみるかい? と聞くので、少し興味を持って”漢字”というものを見てみたが、固そうで何かのデザインのように思える。
「これってなんて読むんだ?」
「それは薔薇(バラ)って読んでね。意味は花のRoseらしいよ」
「はぁ⁉ 漢字やばいな……俺覚えられる自信ないわ」
「僕も全てを覚えられたわけじゃないが、基本は英語でのやり取りだから不便はないよ」
画面に並ぶやり取りの文字を改めて見て、確かに英語だけど分からない用語がたくさん並んでいるので再度ゼノに質問する。
「今は何の話を相手としてるんだ?」
するとゼノはケロっとした顔で話し出した。
「スーパーカミオカンデについて話してた」
まるで当たり前のように出てきた単語だったが、何一つとして分からなくて眉をひそめた俺を見て、ゼノは説明の体勢に入った。
ざっくり要約すると、1983年に日本の神岡鉱山という場所に「カミオカンデ」という宙から飛来するニュートリノという素粒子を観測する機械があり、それを更に高性能にした「スーパーカミオカンデ」が出来上がるらしいから、それについて今後の宇宙で確認される物質についての可能性などを議論しているらしい。
「なるほど」
要約をしてみたが、脳に大量に入る情報は途中で受け取り拒否を行って、ゼノがいう宇宙物質の名前さえも耳から左へと抜けていくばかりである。
唯一ゼノが頬を赤らめて嬉しそうに語るほど、好きなことなんだなということだけは理解した。
「いいじゃん。原子だ、なんだと細かいことは分からないけど、ゼノがしたいことなら俺、必要なら手伝うよ」
「本当かい? いやぁ嬉しいな。実は試したいことがあってね」
また難しい単語で、頑張って俺に説明してくれたゼノには悪いが、とりあえず俺の銃の腕を見込んで試したいことがあるらしいことだけ分かったので、二言はないと頷いたのだった。
まさかそれが電磁投射砲(レールガン)を作るから、実際に撃ってみてほしいというとんでもないお願いだったことは、初めて友達になりたいと思って嬉しくなっている俺には知らない話である。