インカーネーション物心ついた頃には母は居なかった。とうの昔に亡くなったと父が言っていた。
父は元々海兵だったそうで、愛想は無いながらも、町の人たちからは尊敬され慕われていた。再婚の話など、娘である私の耳にさえ何度か入るほどだったが、それはもうきっぱりと全て断っていた。母のほかに伴侶を持つなど、頑固な父には考えられないようだった。
それほど母を想っているわりには、父の薬指は空いたままだったが、作る機会がなかったんだ、という言い訳のような理由しか教えてくれなかった。母とは海兵時代に出会ったらしいが、馴れ初めを訊いても、血腥い話もあるからな、などとはぐらかされた。
はっきりしているのは、私の髪は母譲りだということだった。長く伸ばした金髪を、父はたいそう大事にしてくれた。美容に疎い父は三つ編みにさえ苦戦したが、手際の悪さに私が文句をつけると、あいつと同じことを言うなあ、と心底嬉しそうに苦笑するのだった。九つを数える頃には自分で髪を結うようになったが、父の大きな手で髪を梳いてもらったことは、幼少期の幸せな思い出のひとつだ。
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