化粧によって一層整った顔。ふわりと広がるドレスの裾。三面鏡に映るマスターは今、日常的に戦闘に出ている士官学生とは思えない程遠いおとぎ話の美しい姫のような儚さを纏っていた。
「綺麗っす。マスター」
鏡に映るマスターの後ろで立っている自分は果たして上手く取り繕えているだろうか。何とか出せた声は確かに本心なのに、本当に言いたいことは喉の底につっかえて上手く出てこない。
ほんとう?とマスターが柔らかく微笑むのを見て黒くなりきれない感情が心の中をぐるぐると回り始める。これでも表情を引き締めているつもりなのだろうが、隠しきれていない彼女の嬉しそうな顔の起因は実の所自分では無いことがこんなに恐ろしく、焦燥に駆られるとは思いもしなかった。
頬を微かに染めて少し俯いたマスターと反対に鏡越しに冷えた視線が捉えている。
それに気づいてない彼女が聞こえるか聞こえないかの声で物思いに耽って小さく呟く。
「ペンシルヴァニアも気に入ってくれるかな?」
ましてや、あの男がだなんて。
どうでしょう、アイツはそういうのは疎いですから。
そうやって皮肉を込めた返答さえも出来ない自分にも腹が立ってきた。
直前でもマスターに申し込めばこんな自分でも手を重ねて踊ってくれるだろうか。たかが学校で開かれる小さいダンスパーティーなのに。そのたかがさえ終にアイツを越すことは出来なかった。ダンスパーティーの開催予告の後、マスターを誘おうと浮ついた気持ちのまま何度か誘う練習を鏡の前でしていた自分が今は恨めしい。意気揚々に向かった先にいた、和やかに笑う少しぎこちない2人。その距離の近さに気づけないほど自分は鈍感でも能天気でも馬鹿でもなかった。これほどスナイパーの鋭い勘を恨めしく思ったことはない。
「髪、結わせて頂きますね」
ブロンドのサラサラした髪を少しずつ少しずつ編み込んでゆく。
マスターのためにヘアセッティングをしているはずなのに一番彼女を譲りたくないアイツのためにもなってしまうのが腹立たしかった。こんなことになるなら初めから断れば良かったのに。それでもあの輝いた顔で頼まれてしまえば結局承諾してしまうのだろうか。貴方は手先が器用だから頼ってもいいかなと告げられてしまえば、その言葉で少しは自分の望みは絶望的ではないと勘違いできるだろうか。
すこしずつ、整えられた髪先へ指が滑っていく。指通りがいいからかこの心を押しとどめる作業も過ぎていってしま時間も何もかも止められない。
嗚呼、このままだと貴方を引き留めていられる時間がもうすぐ終わってしまう。
「そういえばケンタッキーは今日誰と踊るの?」
突然投げかけられた質問に何も知らない無知な彼女に無性に今から貴方を攫ってもいいか聞き返したくなった。
「今日はあいにく一人なので」
拗ねた態度はついに隠せずつっけんどんに答えた自分を不審に思ったマスターが鏡の中の自分を見つめる。
「ケンタッキー?……どうかしたの?」
貴方も勘のいい優秀なスナイパーなのによりによって俺の気持ちは気づけないのか。暗い気持ちを抱えながらも今マスターに告げた所で動揺させてしまうだけなのだろうと冷静に分析できてしまう自分がどうしようも惨めだった。
「いえ、何でも…ほら!終わりましたよどうですか?」
「わぁ!いい感じ!」
目線が自分から逸れる。もうそのままでいい。これ以上情けなくていじけた幼い顔は見て欲しくない。
いいんだ。今引き留めても振り切ってアイツの所へう行ってしまうのだろうから。
だから最後にこれだけ。
「マスター、仕上げですよ」
あなたに似合うだろうとつんできた数輪のブライダルベールを散りばめればドレスと相まって一層華やかになる。
「あれ!時間ヤバっ!ケンタッキー、ありがとうね!また後でお礼するね!」
「はい、行ってらっしゃい」
ヒールとドレスの裾に少し慣れない様子でパタパタと走っていく様子が愛おしくて伸ばしたはずの手は姿が見えなくなっても上がることはなかった。