創作小説 振り返るとやけに影が長く伸びていて、手を振ってみればそれは同じように手を振りかえしてくれた。そうしてその手を収めてみると、同じように影もその手をぶらりと地面に向かって落とす。
ポケットの中に入っているスマートフォンを取り出して時間を確認してみれば、時刻はまだ十六時半であった。随分と日が短くなったものだと、頬を撫ぜる乾いた風にそんな感想を抱いていた。
遠くでスズメが甲高い声で鳴いている。その忙しなさは何かを訴えかけているようで、それから次いでカラスの鳴き声が聞こえてきたものだから、嗚呼、カラスにいじめられているのだと世間に知って欲しくてピィピィ声をあげているのだろうなと思って、くだらない思考だと一蹴した。
電気自動車のわざとらしい走行音が脇を通り過ぎていく。その後に自転車のサドルを漕ぐ音と、それからガソリン車のよく聞く走行音が聞こえてきて、それが何だか懐かしくてゆっくり瞬きをした。かと言って、空飛ぶ車が一般的な交通手段になった未来からタイムスリップしてきたわけでもない。普通に車の走行音なんていつも聞いているものであるし、何だったら十分ほど前にも聞いたような気がする。だけれども、どこかノスタルジックな気持ちになったのである。稀に、こういうことがあった。
こうしているうちにも、茜色と呼ばれるオレンジ色の光はすぐに背の低い建物の向こうに沈んでしまって、こちらに向かって手を振り返してくれる黒くて長い友人とも別れることになるのであろう。
再度手を持ち上げて横に振ってみれば、地面に映る平面的で長い、表情のないその人は同じように手を振り返してくれた。バイバイ。もう、帰るから。今日の夕飯は焼きうどんだって、さっき時間を確認した時に通知で見たから、早く帰りたいんだよね。そう、俺、焼きうどん好きだから。醤油の焼きうどんが好き。だから、とっとと帰ろうと思って。
腕を下ろして、影に向かって背を向ける。目の前にある赤々とした光は随分と地面に近づいていて、こちらの顔を覗き込むかのように視界に入って眩しかった、
もう三十分もしないうちに空は真っ黒に染まり上がるのだろう。その真ん中で月がこちらを見下ろしてくるのだろうけれど、きっと星が見えることはない。現代社会、街頭やコンビニの灯りは案外と明るすぎるのである。
すり減ったローファーの底がひび割れたアスファルトの地面を蹴る。間抜けな音が鼓膜に響いた。