配信ネタイラストを頂いてむしゃむしゃしてやった。
今は反芻している。
西部センク協会三課所属、ムルソーは動画配信者である。
配信内容は主にセンク協会として行う決闘の様子で、その戦い様を視聴者に見て貰うことで己の研鑽に繋げ、かつ集客効果も狙っている。
競争の激しい人気商売の決闘活動において、不特定多数が簡単に視聴できる配信は結構効果があるらしい。
以前の彼はプライベートの配信をしないと明言していた。
する意味が分からないし、こちらが見て欲しいのはあくまで決闘中の姿なのだからと。
高額な課金をされても頑なに却下していたが、配信による集客効果に目を付けた協会から直々に命令が為されたのだ。
『人気を集めるため、プライベートの配信も可能な限りするように』と。
命を受けた直後の彼は、それはそれは酷く気落ちしていた。
普段の仏頂面でも俺なら分かる機微の範囲で大きな体さえ小さく見えるほどに。
協会のためとはいえ、安息のプライベートまで公開するのは確かに辛いだろうと俺も同情した。
……それが少し前の話。
「今朝食べたのは蒸したポテトにバターを乗せたものです。スパイスを掛けると一層食欲を惹き付けます」
リビングのソファー。
協会の騎士服よりずっとラフなシャツ姿でカメラとモニターへしゃべる恋人。
確か今日は決闘が無く、午前中は雑談配信をすると言っていたか。
人を独りベッドに残して仕事熱心なもんだ。……自分も人のこと言えた立場では無いが。
歯ブラシを咥えたまま、こちらに気付いていない後ろ姿を眺めつつクロゼットの方へ。いつまでも彼のシャツを借りたままではいられない。
「む……それには答えられません。ええ、ですから…………はぁ」
おや、何やらトークの歯切れが悪い。
誰が相手でもいけしゃあしゃあと両断するように喋るムルソーがどうしたのか。
「…………彼は、私のフィアンセです」
は。
……は?
「ハァ⁉ おいこら!」
とんでもない言葉が聴こえてすぐさまソファーに駆け寄った。
今なんつったこのガキ!
「おはようございます」
「おはよう。ってそうじゃない! お、お前!」
「グレゴール、寝間着姿が映ってしまっている。先に着替えて来てはどうか」
「ああ、あんさんのシャツだもんな……っだから違う! そもそも着替えようとしたんだよこっちはぁ!」
寝癖も直してない髪をかきむしる。
こいつ、自分が何を言ったか自覚はあるのか?
「お前、その、フィアンセって」
「何か間違いが?」
何も疑っていない深緑が下から伺ってくる。純真風を装いながら。
ああもう、分かってやってるんだろう。俺がその顔に弱いってこと。
「………………、……間違って、は、ない……が…………」
現に恋人同士だし、昨夜も、まあ。
とはいえ、しかし、だが、と文句を続けようとするとムルソーが人差し指を自分の唇に当てて言葉を遮る。
そしてすっかり忘れていた現実の非常へ俺を放り投げた。
「それではリスナーの皆さま、彼を一旦着替えさせて参りますので少々お待ちください」
モニター側へそう言いマウスを操作。
思い出した。
ずっと配信中だった。
「……」
俺の視界は青くなり、赤くなり、白くなってから黒く落ちる寸前で持ちこたえる。
色々と、そう、色々と言いたいことはある。
これから考えないといけないことも、多分、山ほどある。
髪を撫でる大きな手の温かさにときめいている場合ではない。
「この、ばか!」
抗議の意を込めて右手で形の良い額を弾く。
不意を打たれ若干怯む大男にひとまず満足し、一人でクロゼットへ向かうのだった。