「え、わっ」
家に入るなり抱きついて来た恋人。
急すぎて思わず押し返すも一層強く抱き寄せられる。
勿論、彼を拒否したかったわけではない。ただびっくりしただけだ。
「ムルソー?」
「……」
ぎゅうぎゅう抱きしめたまま無言を貫く。
どうしたのだろう。今日の決闘で嫌なことでもあったのだろうか。
「……疲れたか?」
確信の無いやんわりとした勘で言ってみる。
すれば上の方にある頭が僅かに動き、肯定を示した。
彼は誰よりも真っ直ぐで、求めるものに対して非常に貪欲だ。
それは強さであったり、理想であったり、……俺、であったり。
その道のりは決して楽ではなく、当然疲れもするだろう。人間だから当然だ。
彼の背中に手を回す。抱きしめ返して、もっと体が密着するように。
彼曰く、俺を抱きしめると癒されるらしい。こんなおっさんなんか抱きしめて何が面白いのか理解できないが、吐息混じりにそう言われてしまえばそれ以上反論できなかった。
だから彼が疲れたというのならいくらでも抱きしめられるし、抱きしめ返す。彼に俺ができることならしたい。
「……グレゴール」
「んー?」
「…………ありがとうございます」
降りてくるささやかな感謝。
本当に真面目なやつだ。
だから惹かれるんだが。
「別に、なんてことないさ。気が済んだら着替えて、ゆっくり夕飯にしよう」
広い背中を撫でてあやす。
なら、もう少し。
素直で可愛いわがままに建前だけの苦笑をして、仕方ないなと抱きしめた。