目の前に差し出される真っ赤な薔薇の花束。
視界を覆わんとする大輪に呆然とする俺を逞しい腕が抱きしめる。
「誕生日おめでとうございます。グレゴール」
耳に心地よい声でようやく理解した。
そうだ、今日は俺の誕生日だった。
このところ忙しくて日付感覚も怪しく、そもそもこれくらいの歳になると誕生日なんて些末なことになってしまう。さっぱり忘れて後で気づく、なんてこともザラにある。
だから余計に驚いた。そういえばそうだったと。
「ありがとな」
「いえ」
抱擁を解き再び向き合う。
薔薇の濃い香りが立ち上り、自然と頬が緩んだ。
「自分の誕生日なのにすっかり忘れてた。知ってたんだな?」
「ええ。貴方のことですから」
知ってて当然と言わんばかりの態度。
……一体何まで、どこまで知っているのだろう。ふと過る疑問はさておいて。
「なぁ、この後俺んちに泊まるわけだけど、ちょっと寄り道していいか? ケーキ買おう」
「構いません」
待ち合わせのホームから並んで歩き出す。
いい歳の男が薔薇の花束を片手に、しかも浮かれてという姿は少し照れ臭いが、せっかく彼がくれたものなのだ。何も恥じることはない。
夕飯も特別なものは用意していないからついでに何か見つくろう。
ムルソーが来る前になんとか片づけた部屋で、取り急ぎでテーブルもセットして。
自分の誕生日がこんなに楽しいなんて何年振りだ。
何よりす、好きな男が隣に居る。
嗚呼、今夜は楽しくなりそうだ。