月夜の迷いごと 「今まで苦労をかけたな」
師は穏やかな口調で、口許に笑みまで浮かべてこれまでの働きを労ってくれた。
普段であればどれほど誇らしく、喜ばしく思ったことだろう。
けれど今、それは絶望感を伴い明帆の胸を押し潰した。
お払い箱になったのだ・・・・・・
明帆の師への敬愛は崇拝に近いものがあった。
昇山し、拝師の礼を行った時から、端麗な容姿をもつその人の優美な所作に強い憧憬の念を抱いた。表情を抑えた怜悧な面は俗人とは一線を画す不可侵な崇高さとして映り、ただひたすらに敬った。師の命には何の疑念も差し挟むことなく、盲目的に従った。
そうしていつしか、師の望むことを察し、先回りしてご機嫌取りを行うようになっていった。そんな明帆を、師は傍へと取りたて、重用した。
17512